こういうのはいかがでしょう?
「彼、人の本音を引き出すプロかな」
「コヨミ様がチョロいのだと思いますよ」
刀冴の去った後の二人は、料理が運ばれて来るまでそんな会話をしていた。自分の表向きな理由を聞いて、裏にも何かあると聞き返してくる人はあまりいないからだ。大体は心詠の美少女っぷりに気を取られ、それっぽい言い訳に納得してしまうのである。
「そんな事ないよ。私はちゃんと人を選んでいるから」
「くすっ。わかっていますよ。冗談です」
事実、心詠の完璧に取り繕われた外面は滅多な事では剥がれない。周囲の噂通り、清楚で大人しく、それでいて芯のある凛としたお嬢様を演じる事は、幼い頃から息をするようにこなしてきた。別にそれは苦ではないが、やはり息抜きというものは必要であり、心詠は乙女ゲームやそれに類する創作物にどハマりしたのである。そして、そんな素を晒け出せる相手というのは数人しかいないはずなのだ。
「彼の事、ずっと見ていたからかな。もう親友みたいに気兼ねしなくていい相手のように思えてしまうのは。つい素を出しちゃう。おかしいよね、彼にしてみればまだ数回しか話したことがないのに」
珍しくお行儀悪く、頬杖をついてそう零す心詠に、束咲は目を伏せる。
「いつか、本当の親友になりたいと望みますか?」
「……わかっているでしょ?」
心詠は姿勢を正し、水の入ったグラスを手に取ると一口コクリと飲む。
「望まないよ」
美しい顔に影が差し、黒髪がサラリと一房垂れた。
「……お待たせしました」
「おぉ、これがナポリタンか! 美味しそうだね」
「良い焼き具合ですね。アクツ、ありがとう」
「俺が作ったわけじゃないんだが」
そんな事わかってますよ、と束咲はハンバーグを早速口に入れる。その食べ方は、およそ一般のレストランには場違いなほど完璧なマナーである。心詠の方も言わずもがなだ。食べているものがナポリタン、という所が違和感をさらに際立たせている。
「これがいわゆるチープな味、というものなのかな。けど癖になるし私は好きだよ」
「憧れていましたもんね」
「よし、次はハンバーガーにもチャレンジしようかな。フライドポテトも気になるんだよね」
二人の反応が良く、話に花が咲き始めたようなので刀冴はさっとその場を離れる。育ちのいい二人だからこそ、口に合わなくて文句言われるかもしれない、と少し様子を見ていたのだ。この二人は文句を言うタイプではないだろうとは思っていたが、自分の好む店の味を嫌がられるのは少々嫌だったためつい気になって聞いてしまったが、いらぬ心配だったようだ。
「あ、トウゴくん。シェフにとても美味しいと伝えて」
「……ありがとうございます」
そんな刀冴の気持ちを知ってか知らずか、去り行く刀冴の背中にそんな一言を投げかける心詠。内心、ほんの僅かに嬉しいという感情が芽生えたが、刀冴はあくまでも店員として対応したのであった。
こうして二人は食事を終えると、少し談笑した後、思いの外あっさりと帰って行った。店の前に高級車が停まった事に周囲が一時騒ついた事を除けば、これといって問題も起こさずに、だ。
「……何しにきたんだアイツら」
「普通に食事に来たんじゃない?」
「……だと良いんすけど」
首を傾げて答えてくれたシアンの言葉に素直に納得出来ないものの、詮索したところで無駄だと刀冴は今日何度目になるかわからないため息を吐いた。
それから閉店の時間までいつも通り仕事を終えた刀冴は帰る準備を始めた。
「すみません。お先に失礼します」
「おー! トウゴお疲れ!」
「また明日なー!」
まだ高校生である刀冴は、ちょうど閉店時間の夜九時までしか働かせられない。本人も店側も店仕舞いまで、とは思うものの、自転車で一時間かけて通う分それ以上は遅くなりすぎてしまうのだ。
「少しでも生活費稼ぎたいだろうから、働かせてやりたいんだがなぁ……こっちも助かるし」
「ま、その分余った料理たくさん持たせてやるけどな」
なるほど、この職場には心優しい人たちが多いらしい、と士晏は思った。それからふと思い立ったように口を開く。
「トウゴくんは、どの辺りに住んでるんです?」
「ん? ここから下り電車で二駅先のとこだよ。ここはトウゴの高校から近いってんで便利なんだとさ」
それを聞いた士晏は少し顎に手を当てて考え事をした。その姿もいちいちイケメンだ。それからおもむろに顔を上げて提案をした。
「あの、店長。こういうのはいかがでしょう?」
士晏の出したアイデアは、誰もが望む意見であったために、即座に採用された。
「だが、シアンは良いのか?」
「全く問題ないですよ。仕事に入る日が同じであれば」
「はっは、そりゃお前、平日は毎日だ!」
「ふふ、承知しました」
刀冴は平日のみアルバイトをしている。なぜなら土日は別のアルバイトをしているからだ。要するに休みなどほぼない生活を送っていた。
「土日は家でゆっくりしたり、勉強したいって言われりゃ、そりゃあダメとは言えないからなぁ」
だが、皆はその事実を知らない。士晏は曖昧に微笑むと、閉店作業に取り掛かるのだった。
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