察してください、ね?


 新年度が始まった。

 心詠たちは二学年へと進級を果たし、そしてクラス替えも行われた。一学年は全部で十クラス。その中で同じクラスになる確率は低い。


「……金か?」

「何のことかな」


 だが、なんと偶然・・にも心詠と束咲、そして刀冴が見事に同じ二年八組となったのである。寒かった冬の影響で今なお満開となっている桜の木の下。隣で分かりやすく長いため息を吐く刀冴を気にすることなく、心詠はニコリと微笑んだ。


「一年間、よろしくね。トウゴくん」

「私もですね。よろしくお願いします、アクツ」


 一体、どれほどの金額が動いたのだろう。彼女の金なのだから好きに使えばいいとは思うが、稼ぐのに日々苦労している刀冴は微妙な気持ちになる。結局、二人の挨拶に刀冴が返事をする事はなかった。




「さて、この一年は忙しいぞ! 三年生というのは最初から受験に向かって動き始めるからな。学校行事はほとんど二年生が中心になって進めるんだ。みんな、積極的にな!」


 一年時の担任とは違って、今年の担任はどこか熱血だと刀冴はうんざりしていた。ビクビクされるのも嫌だが、一々構われるのはもっと鬱陶しいと思うからだ。


「最初にあるのは体育祭だな。五月終わりにあるから応援団の選出や出場種目について話し合っていくからそのつもりで!」


 体育祭。一年生の時はトンズラした思い出のある刀冴。今年も不参加で通したいと思っていた。授業は比較的真面目に受ける刀冴だが、学校行事に興味は全くなく、昨年も行事だけは全てサボっていた。皆、自分の事を怖がるし、むしろいない方がクラスとしても気が楽だろうとも思っていたのである。

 ホームルームが終わった後のクラスは体育祭の出場種目について話す声が多いようだ。因みに刀冴はサボっても問題なさそうな団体競技を選択する予定である。


「あのっ、高嶺さんたちは、なんの競技に出るつもりかな?」


 そんな中、一人の女子生徒が果敢にも心詠たちに声をかけた。誰かが彼女たちに話しかけているのを刀冴ははじめて見た気がする。それは他のクラスメイトも同じようで、教室内が皆聞き耳を立てているのがわかった。


「私ですか? 運動が特別出来るわけではありませんから、皆さんの足を引っ張らないような競技にひっそりと参加させていただきますよ」


 はにかんだような表情でそう告げる心詠はまさにお淑やかなお嬢様そのものである。周囲からほぅっ、というため息と恍惚とした表情、うっとりとした眼差しが降り注ぐ。

 刀冴はそこにいるのがいつものあの女と同一人物とはとても思えず、やけに苛ついた。思わず半眼になってしまったので二割り増しで怖い。


「じゃ、じゃあ、貴守さんは……?」


 最初に声を出した女生徒に勇気をもらったのか、別の今度は男子生徒が束咲に声をかけた。


「私はコヨミさんと同じ競技にします」


 束咲は爽やかな笑顔で短くそう答えたが、その笑顔には異論は認めないという確固たる意志を感じ、周囲は色んな意味で息を飲んだ。やはり、噂通り貴守さんは高嶺さんのボディーガードなんだな、と。すぐに動けるようにわざわざ男子の制服を着ている、という噂が信憑性を増したと教室内は騒ついたのだ。


 そんな光景をやはり半眼横目で見ていた刀冴は、そういえば束咲についてはよく知らないと思い至る。

 いつも心詠の少し後ろに控え、身の回りの世話を手伝ったり、たまに会話に参加したり、無駄のない所作で心詠のサポートをする隙のない人物である。その噂は案外的外れでもないのかもしれない、と何となく思うが、あの穏やかな佇まいからはボディーガードなどという屈強なイメージは沸かない。気になると言えば気になるが、自分から聞くことはないだろうと刀冴は考えていた。


「あっ、あのっ……! 阿久津くんは……!?」


 そんな事をぼんやり考えていたからクラスの視線が自分に集まっている事に気付かなかった刀冴は咄嗟に答えることが出来ない。名前を呼ばれたから条件反射で反応した。


「……あ?」

「ひっ……な、何でもないっ、です!!」


 その結果、怯えられてしまった。まぁ、よくあるパターンである。

 とはいえ、本人にとっては不本意ではある。勝手に怯えられてしまうのだから。反応と目付きが悪かった自覚はあるので、刀冴はガシガシと頭を掻きながら席を立つと、無言で教室を出て行った。


 その様子を皆は黙って見送り、刀冴の姿が見えなくなるのを待ってから一斉に心詠たちに注目し直した。その揃いすぎた皆の動きに、心詠も思わず目を丸くする。


「高嶺さんたちと、阿久津くんて、どんな関係なの!?」


 これまで誰も触れてこなかった話題に、ついに女子生徒が踏み込んだ。ボブショートの小柄な少女は頰を染め、キラキラした眼差しで心詠を見つめている。今年のクラスは積極的な生徒が多いようである。


「えっと、貴女は……」

「あっ、ごめんね! 私、三木みき美希子みきこ。ミキミキって呼ばれてるんだ!」


 知っていた。何故なら最近観察している中でも心詠一推しの生徒だからだ。絶賛野村くんに片想い中で、同じく野村くんに想いを寄せる境田さんに押され気味なテニス部エースの三木さん。しかし、そんな事を表に出す心詠ではない。三木さんね、と言いながらうふふと笑う。


「それで、えっと……」

「ああ、阿久津くんとの関係ですね? 同好会設立のためにお名前を貸してもらっただけですよ」

「えっ、でも毎朝……」


 車での送迎の事を言ってるのだろう事はわかっていた。だが、全て教える気はないのだ。三木さんの唇に人差し指を当てて言葉を遮ったのは。


「事情があるんですよ。察してください、ね?」


 ニコリと微笑む男装の美女子、束咲であった。

 数秒の後、二年八組から女生徒を中心とした黄色い悲鳴がクラス中に響き渡ったという。

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