私も見たい!


「あ、でも私……友達は作っちゃいけないんだった」


 暫し嬉しさで舞い上がっていた心詠だが、すぐに我に返って父との約束を思い出し、沈み込む。実際それが原因で唯一の親友が今命の危機に晒されているのだ。流石にこんなにも早く約束を破るのは薄情者だと心詠は思った。

 その様子のおかしさに、刀冴は心詠の事情を尋ねる。話を聞き終えた刀冴は、親友の安否を共に心配した後、しかし金持ちは大変なんだな、という軽い返答をわざと明るい口調で言った。


「でもまぁ、俺なら平気だろ」


 それからそんな事を口にしたのだ。心詠は意味が分からず首を傾げた。


「友達になった事すら、秘密にすりゃいい。いつも近くにいるのが友達ってわけでもないんだから」


 その意見には目から鱗であった。心詠は大きな瞳をパチパチさせて刀冴の言った意味を脳内で処理する。


「離れていても、友達?」

「互いに友達と思ってりゃな」

「じゃ、じゃあ、私トーゴと友達になってもいいの!?」

「お、俺は別にお前と友達にならなくても……」


 刀冴が恥ずかしさのあまり否定しかけると、心詠の目にうっすらと涙が浮かぶ。それは卑怯だ! と思いながらも刀冴は慌てて言い直した。


「わ、わかった、友達になってやるから……!」

「ほんと……?」

「ああ」

「離れてても……?」

「ああ。ってか今は近くにいるだろ」


 刀冴の答えにわかりやすく花開くように笑顔を浮かべた心詠は、それはそれは愛らしかった。思わず刀冴が頰を染めてしまうほどに。それを誤魔化すために、刀冴は話題を慌てて変える。


「そ、そんな事より今はこれからの事を考えるべきだろ」

「あ……そう、ですよね……」


 途端にしゅん、と萎れる心詠に、忙しい奴だなと刀冴は溢した。こんなにコロコロと感情が移り変わって疲れないのだろうかと心配になるほどである。


「……ひとまず、アイツが帰ってくるまで注意点をいくつか教えといてやる」


 大体いつも遅くまで帰ってこないから、と付け加えて、刀冴は説明し始めた。


 まず、男は非常に短気だ。時にはただ返事をしただけなのに殴られる。返事をしなければそれはそれで殴られる。ただ、それは自分が引き受けるので心配しなくていい、と告げた。


「どれだけ殴られようと、絶対助けようとすんなよ。お前が殴られる。怖かったら部屋の隅で耳塞いで目瞑ってろ」

「でも……」

「絶対だ。約束しろ。じゃなきゃ友達にならない」

「や、約束します、する!」


 他にも、トイレは今のうちに済ませておいて、男がいる間はジッと部屋で静かにしている事、泣き声をあげたり喋ったりしない事、お腹が空いてもひとまず我慢する事、など。とりあえず一言も喋らずジッとしていれば昼前に男は起き出して出かけるから、と刀冴は言う。けれど心詠は、その話があまりにも酷かったので頭が追い付かない。


「い、いつも、そんな暮らしをしているん、しているの……?」

「……まぁな。別に慣れれば大したことない」

「大したことありますっ!」


 突然心詠が大きな声を出したので、刀冴は慌てて心詠の口を手で塞いだ。それからしばらくそのままの状態で聞き耳を立て、特に異変はない事が分かるとほっと安堵の息を吐く。


「大声はやめてくれ……近くにいたら気付かれる」

「ご、ごめんなさい……」


 でもあんまりにも酷い生活だったから、と心詠はじわりと涙を浮かべた。その様子を見て刀冴は肩の力を抜くと、仕方ないだろと頭を掻きながら言う。


「もう少し、大きくなるまでの我慢だ。それに、今はお前がいるから、話し相手が出来て……まぁ、その、少しありがたいし」


 誘拐されてるのにこんな事言うのはおかしいか、と刀冴は照れたように頰を掻いた。その言葉は心詠にとっては嬉しい事だったので、ブンブンと首を横に振って答える。


「私も、この場にトーゴがいて良かった……心強いです、だよ!」


 相変わらずおかしな口調でそういう心詠に、刀冴は少し吹き出しながらそうかよ、と答えた。それから心詠の頭に手を置き、真剣な眼差しで念をおす。


「だから、お前が殴られるわけにはいかない。約束守れよ? お前の事は俺が守ってやる。いずれここからも出してやるからな」

「う、うん……でも、それじゃあトーゴは」

「俺は俺で何とかするから気にしなくていい。趣味もあるし」


 そう言って刀冴は内緒だぞ、と言いながら本棚の本を取り出し、その奥にしまってある宝物を見せてくれた。


「カメラ……?」

「両親の……形見なんだ」

「写真撮るの好きなんです、好きなの?」


 好きというか、と言葉を濁し、刀冴は少し考えてから想いを口にする。


「例えば凄く感動する景色や、光景を見たとするだろ? それを写真に残したとする。で、後でその写真を見た時、どう思う?」


 そう聞かれて心詠は考えた。海外旅行に行った時、確か海に沈んでいく夕日が綺麗で写真を撮った覚えがある。でも、出来上がった写真を見るとなんだか物足りなさを感じた。それを刀冴にそのまま伝えると、そうだろ? と刀冴は言う。


「それが、なんつーか悔しくてさ。だから俺は、写真を撮るのが好きってわけじゃなくて……」


 その感動をそのまま切り取れたらって思うんだ。刀冴はそう言って少し口角を上げる。


「その感動を、人にも伝えられたらすげぇと思わねぇか?」

「うん……うん! とても凄いと思う! 私も見たい!」


 恥ずかしそうな、そしてどこか誇らしげな刀冴の姿を見て、心詠は初めて経験する高鳴る鼓動というものに頰を紅潮させるのだった。

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