君が気になるからだよ


 もはや刀冴は驚かなかった。しかし冷めた眼差しで見る事は仕方ない。


「おはようトウゴくん。良い朝だね」


 またお前か、と口に出そうとしてやめた刀冴は、スタスタと駐輪場の方へ向かった。しかしその途中でスッと目の前に立ち塞がる人物。


「君は今日から、そっちに用はないと思いますよ?」


 金髪のショートカットがサラリと揺れる。全く悪意のない声と表情ではあるが、なんとなく苛立ちを覚える刀冴。


「どういう意味だ」


 口を開かないことにはこの状況をどうにかするのは無理だと悟った刀冴は大人しく話を聞いてやることにした。


「今日から私たちと車で登校するからだけど?」

「何を勝手に決めてんだよ」


 その答えを心詠は飄々と答えてみせる。無駄に美少女オーラを撒き散らしているのがさらに腹立たしい。


「だって、帰りも自転車に乗らないならもう問題ないでしょ?」


 なぜそれをお前が知っている!? あと少しでそう叫びそうだったが刀冴は耐えた。


「……お前、プライバシーって言葉知ってるか」

「もちろん。馬鹿にしないでくれる?」


 射殺さんばかりの眼光も眩しい笑顔で跳ね返された刀冴は今度こそガックリと項垂れた。なぜかお嬢様に勝てる気がしない。


「ちゃんと約束は守るよ? 君が毎朝私たちと登校して、同好会の話を聞いてさえいてくれれば、あの教室をいつ使っても構わない。スペアキーも用意したから君に預けるし」


 そう言いながら青い石のシンプルな飾りのキーホルダーに付けられた鍵を人差し指にかけてチャラチャラ音を鳴らして振る心詠。刀冴はその音に思わず顔を上げ、怪訝な表情を浮かべた。


「スペアキーって……作っていいのかよ」

「共犯者だね! ま、バレてもなんとかするから」

「金か」

「お、だんだんわかってきたじゃない」


 もう色々と、突っ込むのはやめたいと思った刀冴である。このお嬢様に常識というもこを懇切丁寧に教えてやる気もなかった。


「ね、お願い。どうしてもダメ?」


 そう言って両手を組む心詠は、決して媚を売る態度ではなかった。あくまでも真剣にお願いするスタイルである。その姿に刀冴は深く長いため息を吐いた。


「……朝だけ、だからな」

「……っ! うん! ありがとう! やったー、タバサー!」

「良かったですね、コヨミ様」


 子どものように無邪気に喜ぶ心詠を横目で見つつ、刀冴は断る理由もないからだ、と自分に言い聞かせて乱暴に頭を掻く。別にお嬢様の頼みを聞いたわけではない。条件が良かったからなのだ。


「この流れでお金も受け取らない?」

「受け取らねーよっ!!」


 調子に乗るな、と一喝すると、心詠はチロッと舌を出してやっぱりダメかと呟いた。油断ならない女である。


「……そもそも、なんで俺に拘るのかわかんねぇ」


 誰かに聞かせるつもりでもなかった刀冴の独り言ではあったが、心詠はしっかりそれを拾ったようだ。少し考える素振りを見せた後、ふわりと笑顔を浮かべると簡潔に答えを述べた。


「君が気になるからだよ」


 だからなぜそれが自分なのかがわからないんだ、と刀冴は思ったが、それを口に出していう前に束咲が手配した彼女の車が道路に停車したようだ。黒塗りではないところに少しホッとする。


「さ、乗って! 昨日の野球部三角関係について熱く語るよ!」

「…………」

「それは楽しみですね、コヨミ様」


 乗り込む動作を一瞬止めた刀冴だったが、後ろからグイグイと背中を押す束咲によって車に無事乗車してしまう。この男装女も侮れないと、刀冴は再認識するのだった。




 車内では、ひたすら窓枠に腕を掛けて頬杖をつき、窓の外を眺めていた刀冴。盛り上がる心詠の熱弁に時折一言二言口を挟む束咲、の図が出来上がっていた。かと言って、ちゃんと話聞いてる? などの文句を言うわけでもない。少しうるさいのを我慢すれば、これと言って問題もなさそうだと刀冴は胸を撫で下ろしていた。……のだが。


「それじゃ。いつでも教室使っていいからね。また明日の朝」


 心詠の声を聞きつつ、刀冴が先に車から降りると、一斉に登校中の生徒から注目を浴びてしまった。


 まぁ、そうなるよな、と刀冴も考えていないわけではなかったので思考を切り替える。一応教師たちには、同好会に入ってもらう代わりに朝は車で送ってあげることにした、という話になっているらしいが、他の生徒は知るよしもない。ちなみに、諸々の細かい事情については笑顔とお金で揉み消しているとか。腹黒い。


「それに、君や私たちに面と向かって事情を聞いてくる人、いる?」


 その心詠の意見には一理あった。後は周囲の雑音を自分が気にしなければいいだけであり、その点については今更慣れたものなので刀冴は開き直っていたといえる。

 そんなわけで、自分の後に車から降りたであろう束咲や心詠の方には一切目もくれず、刀冴はマイペースに教室へと向かった。思った通り、誰もが気にしつつも声をかけにいくことはない様子。


「……頼もしいですね」

「そうだね」


 そんな彼の後ろ姿を見て、二人は呟く。それから、車の運転手にいつものように労いと帰りの時間について声をかけてから、ゆっくりと歩き出した。刀冴を追うつもりはない。


 歩く間もあちらこちらで「なんで阿久津くんが高嶺さんたちの車に?」のようなヒソヒソ話が聞こえてくる。聞こえてくる時点でヒソヒソの域を超えているのだが、当人たちは気付かないのだろうか。

 そして、ここまで騒ぎになっているというのに、誰も心詠たちにも聞いてくる者はいない。刀冴に話しかけるのは怖いし、二人に話しかけるのは恐れ多いと思っているのである。心詠の読みは見事的中していた。


 こうしてあやふやな噂がものすごい勢いで学校中に広がっていったが、心詠達は気にすることもなかった。むしろ、噂が広がるのは好都合・・・なのだから。


 こうなると気になるのは教師たちの対応なのだが、生徒から事情を聞かれた教師は誰しも「私は何も知らない!」と若干蒼褪めながら言い張ったという。

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