昔の話に付き合ってくれる?
誰にも気を使う事なく空き教室でゆっくり仮眠を取ることが出来た刀冴は、スッキリとした気持ちでアルバイトへと向かった。今日からはまた閉店作業まで、とも思ったが、それはつまり士晏に帰り送ってもらう事を意味する。あまり気乗りしないが、一度ちゃんと話をすべきだろう事はわかっていた。しかしどう切り出すべきか。実のところ、わかってはいたけど試験を理由に後回しにしてきた問題であった。
まあそれでも。話しかけられなかったら今日も閉店作業前に帰ろう、そんな逃げ道を自分に作って刀冴は裏口から店内へと足を踏み入れた。
「おう、トウゴ! 今日からまた閉店作業までよろしくなー」
「え?」
「さっきシアンから聞いたんだよ! いやぁ、助かるよ!」
すでに退路を断たれていた。
サッと士晏の方を見ると、あちらもこちらを見ていたようで、目が合うとニコリと微笑んだ。確信犯だ、と思うと共に流石はあの二人の関係者だと納得する。はぁ、と軽くため息を吐いた刀冴は久し振りに感じる頭痛に額を押さえた。甘く見ていた己を呪いたい。
そうしてきちんと閉店作業を終えた刀冴。お疲れ様でしたと挨拶をし、着替え、外に出るまでの間、一切士晏とは言葉を交わしていない。刀冴の後ろからついて歩く士晏は困った弟でも見るように苦笑を浮かべていた。
「……さ、乗ってくれ。自転車も積むから」
流石にここまで来て拒否は出来ない。かと言ってあまり口をききたくもなかったが、無言で乗り込むのも良くない気がしたので、刀冴は軽く頭だけを下げてから乗り込んだ。やはり律儀な男である。
そうして車は走り出す。いつもなら他愛もない話で盛り上がったり笑ったりとしたものだが、今はひたすら無言である。こんなにも長い道のりだったか、と刀冴は思った。何とも気まずい時間が流れている。なので刀冴はいつも心詠の車で学校まで行く時と同じように、窓枠に腕を置き、頬杖をついて流れる夜景を眺めて過ごした。
「……少し、昔の話に付き合ってくれる? 弁解もさせてほしいんだけど」
士晏は刀冴のアパート近くに車を止めてからそう言った。騙されていたのだとわかった今、話を聞かずに帰ることも出来たが、この場で車を停めて言い出したという事は、聞くか聞かないかの選択を刀冴に委ねているのがわかる。そうでなければ、車が走り出してすぐに話を切り出したはずだからだ。
お嬢様たちとの関係を抜かせば、刀冴は士晏を信用していた。腹立たしい気持ちはもちろんあるが、弁解したいというなら聞こうと刀冴は思い、シートベルトを外してから座席に深く座り直した。
「……ありがとう」
「いや。……聞かせてくれ」
士晏はホッとしたように顔を一瞬綻ばせると、再び真剣に顔を引き締めて語り始めた。
「コヨミ様は、幼い頃からよく誘拐されかけてきた。数えきれないほど、ね。でも、僕の家の者たちは優秀だからね、どれもこれも未遂で済んでいたんだ」
僕の家は代々続く、高嶺家を護衛する家系なんだよ、と士晏は付け加える。そして自分はコヨミの兄が本当の主人である、と。ならば何故兄の元にいないのか、と少し疑問を持った刀冴だったが、今は最後まで話を聞こうと口を挟む事はなかった。
「だからかもしれない。十歳だったコヨミ様は、何故親しい友達を作ってはいけないのか、頭ではわかっていても理解出来なかったんだ。本当に危険な目に遭った事がないからね。当時から妹のタバサとコヨミ様は仲が良くて、タバサなら良いじゃないかと常日頃から両親に反発していたんだよ」
人一倍寂しがりやで、友達をたくさん作りたがっていたと、士晏は少し悲しげな顔で告げた。今では想像のつかない話である。
「そんな頃、コヨミ様はたった一度だけ誘拐されてしまったんだよ」
「……え」
困惑したような表情を浮かべた刀冴に少しだけ微笑んで見せた士晏は、一呼吸置いてから語り始めた。
心詠が小学四年生の時の初夏、それは五日間ほどの期間だった────
「タバサは私のお友達なんです! どうしていつもそんな意地悪を言うのですか!?」
心詠は父親に抗議していた。基本的に聞き分けが良く、礼儀作法も勉強も運動も、全てキチンとこなす心詠は、幼い頃から優秀であった。しかし、そんな心詠もたった一つだけ納得のいかない事があったのだ。
「何度も説明しただろう。友達を作れば、その友達が危険な目に合う。だからお前は特定の友達を作ってはいけない、と」
「でもタバサは
「高嶺を代々護衛する家系の子であることは確かだ。だが、タバサはまだ子ども。お前を守れるほど強くはない。いずれその力がついた時、初めて仲良くしなさい」
心詠は、父親の言う事がちゃんとわかっていた。理解もしていたつもりだ。しかし家は近く、同じエスカレーター式の学校に通い、送り迎えも一緒にしていれば嫌でも仲良くなるし、いつも一緒なら安全面も保障されているはずだ。それなのになぜ友達と呼んではいけないのか理解出来なかった。護衛が友達では都合が悪いのだろうか、とも思っていた。
「もう仲良しなんですよ? 今更離れろと言われても困ります」
「生涯離れろとは言っていないだろう。聞き分けなさい」
分からず屋、と脳内でそう叫びつつも頰を膨らませてその場は引く心詠。この頃、こういったやり取りが少し多くなってきていたため、父親も頭を悩ませていた。
結局、臍を曲げながらも了承の返事をしていた心詠であったが、そこはやはり子ども。束咲に対してこれまでとは違う態度など取れるわけもなかった。むしろ、バレなければいいのでは? という子ども特有の短絡的思考により、束咲を連れてこっそり二人で散歩してみたりと、大人の監視兼護衛の目を盗んで抜け出すようになっていったのだ。頭の良い子どもであったために、大人の目を掻い潜る知恵がやたらと回るのだ。
この行動が、後々まで心詠が自分を責め続け、決して自分を許せなくなる事になるとは、この時は考えもしていなかった。
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