第33話 そして、時は流れ
ボクの語る長い話を黙って聞いていた彼等は、戸惑ったり驚いたようにボクを見ている。年若い彼らは、スカイスチームより旅だったあの頃のボクと同じか少し下くらい。その彼らをボクは一人前の戦士に育てなくてはいけないんだ。だから、全てを語ろうと思った。ボクの戦う動機も、旅の中で培った親交も、手痛い失敗も。
ボクが彼らに視線を向けると、おずおずと手を上げる子がいた。彼はまだまだ蒸気鎧の扱いが上手くできない。特にホバー移動が。
「教官は、その……どうやって、その後も戦い続けてきたのでしょうか?」
「言っただろう、成すべき事があるなら立って戦え、そう魔術師に言われたって。ボクは、彼等の死の原因だ。だからね、それこそ死に物狂いで戦っただけだよ」
あの後、皆に会ったボクは素直に全ての事柄を話した。誰も非難する人は居なかったけれど、大きな戦力であるレイジーとマリン大佐の喪失は計り知れない痛手だった。幾らフラハティが死んだとしても、つり合いなんて全く取れない痛手。
でも、その穴を埋めるためにボクは頑張った。ルシオとジェーンと頭の中の師匠に師事を続けて、今ではこの人類の反攻拠点とでも言うべき『ベースキャンプ』において十本の指に入る戦士になった。
と言うか、ルシオを筆頭にサンドラやエリック、それにボクとベアトリクス率いる死の猟犬部隊、そしてジェーンと十本の指の半分以上は元からの顔見知りだけど。あれから、『ベースキャンプ』を目指したボク等はブロークンとリーパーと戦いながらも、ベースキャンプを率いている『コマンダー』と合流した。
このコマンダーも、ジェーンやオールドマン――ワイズマンと名乗っていたあのジェットパックをくれたお爺さんと同じ、死の灰を撒く八人の一人。多数対多数の戦闘や、少数対多数、一対多数と言う戦闘の指揮に特化したまさしく司令官であり、最強と言っても良い戦士だ。蒸気鎧『アタッカー』は長い槍を装備した蒸気鎧で、高速ホバー移動から繰り出される槍の一撃は凄まじい。
フラハティは、彼女がベースキャンプで指揮を執っていることを知り、スカイスチームを落として無力化しようとしていたらしい。敵対するにはかなりの苦戦が考えられたんだろう。
思わず考え込んでいたボクに、別の教え子が手を挙げて質問してきた。
「教官は、そのお話を何故……?」
「補給物資を失うのは痛手だ。だけど、ボクのような取り返せない痛手じゃない。なのに君達はうじうじと考え込み、もう蒸気鎧なんて乗りたくないって感じだったからね。だから、ボクが行った失敗を教えたんだ。立って戦う為の何かになってくれれば良いってね」
ボクの答えに、彼女は視線を彷徨わせ、最後には机に伏してしまう。これは中々重症だなぁ。こういう時は……無理やりにでも動かすしかないか。
「ボクが言いたいのはね、取り返しがつかない事は確かにある。だけれども、立ち止まってはいけないって事。――早晩、補給物資の護衛任務がある。今回はボクが出るが、希望者はついてくると良い。それじゃ、解散!」
手を打ち鳴らしながら解散を告げて、ボクは会議室を出る。ボクの教え子、だけれども、彼らは立派な戦力なんだ。甘やかす事は出来ないし、立ち直るのも自分から立ち直って貰わなければ。……そこまで考えて、自分自身に対する甘さに苛立ちを少し覚える。ボクは、まだ完全に立ち直ったわけじゃない。ずっと、あの二人の死を引きずって行くのだろう。そして、こんな思いをきっと教え子である彼等にも味あわせてしまう。いや、最悪は……。
考え込みながら自室に戻る最中、サンドラが前方から歩いてくるのが見えた。
「また難しい顔をしてますわね、ライネ。教え子たちの事ですか?」
「まぁね。サンドラはこれからコマンダーの所?」
「ええ、スカイスチーム奪還作戦が大詰めを迎えますから。」
「……じゃあ、ボクも前線復帰だ。あの子らがそれまで立ち直ってくれると良いんだけど」
サンドラの腰には、優美な剣が携えられている。何でも常に刀身がしっとりと濡れて、油や血を寄せ付けないんだそうだ。アクア・ウィーペラと名乗る長い髪のおじさんに貰ったってサンドラは言っていた。そう、頭の中の師匠のお弟子さんだった魔術師だね。あの衝撃波が吹き荒れた瞬間にルシオはカリドゥス・プロッケラと言う魔術師と会話を交わし、サンドラはアクア・ウィーペラと言う魔術師と会話を交わした。そして、彼らの武器を得たんだ。
「二人とも、聞いた? また謎の
会話を交わしている僕らに声を掛けてきたのはエリックだ。エリックは相変わらず棒を担ぎ、腰には銃を一丁ぶら下げている。その銃は……レイジーの友達からもらったと言っていた。サンドラやルシオと同じ現象。あの衝撃波は何だったのか、頭の中の師匠は幾つか仮説を立てていたけど、今一つボクにはわからない。分るのは、あの時からサンドラもエリックも魔術の素養を持ったことくらい。
最も魔術師としての力が強いのはルシオだ。彼は今は忙しく動き回っており、人々からは英雄のように扱われている。そして、ルシオは敢えてそういう風に振る舞ってもいる。全てが終わった暁には、過ぎた力を持つ者は排斥されるから。だから、ボク達を護る為に彼は今悪目立ちと言って良いほどに目立っている。排斥されるのが自分だけになるように。どうやら、それがレイジーが言い含めていた事らしい。ボクに何かあったら、お前がこの役目を引き継ぐんだって。
「
「今度はリーパーと打ち合ってたらしいぞ」
エリックが持ってきた情報は、最近噂になっている謎の人物の話。仮面をかぶり、
結局、人を滅ぼそうとするブロークンとリーパーの二人の力は強い。彼らは未だにスカイスチームを乗っ取り、スカイスチームで量産される機械兵を牛耳っている。だけど、フラハティのような徹底した管理ではないみたいで、感情が生まれた機械兵も処分せずに使い続けている。そして、それが厄介な結果ももたらした。自分で考えて、自分で動く機械兵が強いのは、マリオン大佐やベアトリクスの例を出さずとも容易に分る。だって、疲れないし思考速度も判断も衰えないんだ。
それに、あのブロークンとリーパーの二人。如何にもフラハティとは違い、人間味が強い。その所為か、感情が生まれた機械兵の中には、忠誠を誓う者まで出てしまっている。戦いはより激しく難しい局面に推移している。正直に言えば、もっと楽な相手かと思っていたけど。
「まあ、ボク達と接触しないから、どんな人なのかね……」
「謎の
エリックの言葉にボクは頷きを返す。途端、基地内で響き渡るのは襲撃を知らせるアラームだ。けたたましく鳴り響く音を聞けば、雑談を止めて各々が自分の持ち場に駆ける。ボクは格納庫に向かう前に、ある部屋に立ち寄って背筋を伸ばして椅子に腰かけた彼女に声を掛けた。
「また敵だよ、困っちゃうよね。……行ってくるね、マリオン大佐」
身体だけ復元されたマリオン大佐は、動くことなくただただ虚空を見つめている。ボクは少しだけ悲しみを覚えながら部屋の扉を閉め、格納庫へと向かった。
フラハティは死んだ。でも、戦いはまだ続いている。戦う事は悲しみが付きまとうけど、ボク達は生きている限り、立って戦う心算だ。それが、未来に希望を託す行為であり、何より友人であるレイジーが残してくれた
<了>
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