第17話 嵐の齎すもの

 炎がレイジーの右掌に渦巻く様に吸い込まれると、恐ろしげな蒸気鎧は無駄な攻撃を止め、レイジーの前、10メートルくらいの所で止まった。ボクやサンドラ、エリックにメイさんは、レイジーの後ろ姿と、蒸気鎧の姿を視界に収めながら、固唾を飲んでその状況を見守る。けれど、マリオン大佐を含めたメイド達は違った。異音に気付いて地下から上がってきたレイチェルを含めた五人のメルラントの機械兵たちは、その長いスカートを靡かせて動き出した。


 敵の蒸気鎧の武装が良く分からないため、一か所に固まらぬように広がり散開するメルラントの機械兵。荒れ地であっても、その足取りは淀みなく逆に、襲ってきた蒸気鎧を包囲するような動きを見せていたんだけど……。


「下がれ! ここはボクがやる。君等には守るべき者がある筈だ!」


 レイジーはメイドさん達を、厳しい声で叱咤しながら、懐から銃を取り出してその銃口を蒸気鎧に向けた。蒸気を使わないあの銃を。


「砂嵐の主、兄殺しを背負わされし者よ。我に力を! 軍神よ、冥府の蛇神を退けし勇猛なる武神よ。我に嵐たる力を!」


 朗々と告げやるけど、特に何かが変わったような様子はなかった。銃しかない人間い何が出来るのかとでも言うように、蒸気鎧は不気味な沈黙を守ったまま。だけど、それは炎を掻き消したレイジーに、装着者が気圧されているのかも知れない。実戦は少ないけど、訓練はずっと行ってきた。その位の推察は出来る……と思う。……これは、対峙していない第三者だからかもしれないけど。


「何を?」


 メイさんの訝しげな声が耳に届くと同時に、レイジーが動き出す。一歩踏み込んだと思えば、中腰の姿勢になり僅かに上半身を傾けている。ボクだけがその姿を見た事がある。嘗て、メルラントの前哨基地で見た夢の中で。あの時と同じ様にあっと言う間に、蒸気鎧の腕も届く距離まで進んだレイジーは、しかし夢と違って咆哮は上げず、蒸気鎧に銃口を向けたまま引き金を引いた。


「冥府の蛇神を退けし勇猛なる武神、冥府の闇を引き裂く太陽の前兆たる汝。なれば汝は明けの明星。なれば汝は死の光を放つ破壊神と相違なし。」


 立て続けに三発の銃声を響かせたレイジーは、尚を呪文を口にしている。意味する所はさっぱり分からないけれど。すると、また頭の中でお爺さんの声が響いた。


「ある神聖に共通する項目を当て嵌め、別の神の特性を引き出す……。エジプトとアステカか。さて、神性習合とでも言うべきその術、遠き異界で効力を発揮するか。」


 やっぱり、分らない。だけれども、それが何かの魔術なんだとは分かった。


 真っすぐに飛んだ弾、三発は乾いた音が響いただけだから、全て弾かれたようだったけど……。蒸気鎧も眼前に迫ったレイジーに向けて攻撃を開始する。軋みを上げて振り上げた鉄の腕でレイジーを叩き潰そうと、一気に振り下ろす! その速度は、常人ならば避けようもない速さだったけど。レイジーは既に右に避けており、荒れ地に窪みを作る結果に終わっただけだった。大地を殴りつけたからと言って、蒸気鎧にダメージが通る事は無いようで、悠然とレイジーを狙うべく右手を掲げた。


 その光景は昔見た絵を思いださせた。人類に鉄槌を下す神、と言う名の絵。神様が歯車と機械で出来た巨人だったから、今ひとつピンと来なかったけど今の光景にはぴったりだった。でも、機械仕掛けの神の打ち下ろす拳を、人類がただ受ける訳も無い。ましてや、レイジーであるならば。その証拠にレイジーは全く焦っていなかった。掲げられた腕を見据えて、その先の上空を見やったまま動かなかった。避ける必要は既にないとでも言いたげに。


 不意に蒸気鎧へと一条の閃光が降り注ぐ。掲げられた拳を貫いた閃光は、容易く蒸気鎧の右腕を容易く捥ぎ取った。いや、溶かし取ったと言うべきかな。重々しい音を響かせて二の腕辺りから蒸気鎧の右腕は落ちる。装着者は、確実に戦えなくなっただろう。腕が吹き飛べば、良くて失神だろうし、下手すれば死ぬ。


 そう思ったボクの考えを嘲笑うように、蒸気鎧は左拳をレイジーに叩きつけようとでも言うかのように動き出した。前碗部の装甲が開き、中から小型の銃がせりあがって来た。小型って言っても、拳銃よりははるかに大きい。ぎょっとしたのは、ボクだけじゃなかったようで、誰かの息をのむ音が響く。けれど、その銃が弾を発射することはなかった。


 再び、背面上空から蒸気鎧目掛けて閃光が迸った。今度は背面の装甲と前面の装甲を打ち抜き、地面をも抉った。その後から遅れて、衝撃を伴った風が吹き抜けたけど、全て音が伴わない。これが、魔術なんだろう……。頼もしさの前に怖さを覚えながら、蒸気鎧を見つめる。すると、思い出したように機械仕掛けの神は、大地に膝をついた。魔術師に屈したんだ。


 レイジーは、未だに警戒した足取りで最早動く事は叶わない蒸気鎧に近づき、背面のハッチを調べる。その間、ボク達は動く事すらできずにその様子を見つめていた。遠くで、未だに響く銃声と悲鳴に我を取り直した時には、レイジーが装着者をハッチから引きずり出した後だった。


 引きずり出された装着者は、一目で機械人形とわかる彼女等だった。バンカーを襲撃した人形のような機械兵。ボロ布のみを纏う機械人形。右腕は前腕部から吹き飛び、タールをまるで血の様に流している。胸部に空いた穴からも同様に。それでも、動きを未だ止めずに、己を引っ張り出したレイジーを軋みを上げながら見上げ……壊れたのか力なく首を傾けた。レイジーは、その相手を暫く見つめてから、そっと地面に横たえて言った。


「投槍はあと一発放ってあるが、未だに港の攻撃はまだやまない、急ごう。」


 言葉少なにそう告げて走り出したその背を、ボクは一瞬追うべきか如何か迷った。あまりにボク達の知る常識と違い過ぎたから……。助けてもらって居ながら、怖いと感じてしまうのだ。以前よりもその違い、恐怖が明確にはっきりと分った。何故かは分からないけれど。


「致し方あるまい、魔術とは本来秘されるべき物だからな。」


 そう告げる頭の中のお爺さんの声も、今は慰めにはならなかった。

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