第18話 進軍

 走り出したレイジーの背を追って、マリオン大佐だけが駆け出そうとした。でも、未だ動けずにいる面々に気付けば、一度止まってそちらに視線を投げかけて。


「恐れや疑念はありましょう。ですが、旦那様は『ウエスト・サンドハーバー』での騒乱を収めるべく動き出しております。ここで別れるにせよ、あの地が安全で無ければ如何しようもないのでは?」


 その言葉は主にメイさんに告げられているようだった。考えてみれば、メイさんにはレイジーが魔術師である事を教えていない。教えようもなかったし、力を使わなきゃ信じられるはずもない。だけど、それが返って良くない方向に転ぶかもしれないと思えた。……でも、そんな考えはメイさんを、いや砂の海で生死を掛けて荷物を運搬する船乗りを甘く見ていただけだった。


「そりゃ驚きはしたさ。恐怖だって覚える。あんな力を持っていながら何でこの子らを助けるだけに終始しているのか、もっと自由に生きようとしないのかも不思議さね。でも、まあ、人間そんなもんだしねェ。」


 そう告げやれば、ボク達の背を軽く叩いてメイさんも駆けだした。肩を竦めてベアトリクス達も駆け出せば、マリオン大佐はレイチェルに言った。


「このスカイスチームの機械兵の首を撥ねて、ネイさんを呼んできなさい。使える部品があれば取り出して頂きたいのです。」

「分かりました、大佐。」


 そのやり取りが終わる頃には、ボク達もマリオン大佐も駆け出していた。確かにレイジーの力は恐い。でも、その力の持ち主はレイジーじゃないか。皆が良く知る気の良い魔術師だ。その過去を全て知ってる訳じゃないけれど、彼が悪意ある人間ではないと言う事は知っている。それで十分じゃないか。



 砂埃に巻き込まれながらも荒れ地を駆け、息を切らしながら辿り着いた『ウエスト・サンドハーバー』は、砂の海の港町は酷い有様だった。倉庫からは火の手が上がり、多くの強化蒸気鎧が破壊され転がっていた。これは……。ネルソンさんを含めた船団の人達や、スッコトさん達は無事なんだろうか? スカイスチームの大暴動の日を思い返して、勝手に震えだす体をマリオン大佐が肩に手を置いて、軽く擦ってくれた。 


 ボクの不安を他所に、例の恐ろしげな……地下に眠っていたあの蒸気鎧とも、今の時代に動く蒸気鎧とも全く違う印象を与える火を噴く蒸気鎧が燃え上がる倉庫を前に奇妙な動きをしていた。新たに現れたボク達には興味を示さず、ただ上空を警戒するように、きょろきょろと周囲を見渡し、空を見上げるを繰り返している。よく見れば、そいつの仲間だと思われる同じ型の蒸気鎧が、横たわっていた。レイジーの言う投槍が……放たれた三発の弾の最後の一発が貫いた結果だろう。


「人間なんて眼中にないって感じだな」

「いきなり空から閃光が降ってきて仲間を倒したとなったら、そっちを警戒するよ。」


 自分達を平然と無視する蒸気鎧の動きにベアトリクスが呆れた様に告げたが、ボクは何となくフォローを入れてしまった。連中からすれば、自分達を傷つけられる相手は居ない筈なのにいきなり仲間を倒されたんだから、そりゃ怖いだろうと。


「弾数は残り九発か……。」


 他に仲間がいないかを確認してからレイジーが呟いた。その手には未だに蒸気を用いない銃が握られている。見知らぬ文字が刻印された見知らぬ銃は、酷く恐ろしげに見える。あの、倉庫前に陣取る蒸気鎧と同じように。しかし、そう感じたのはボクだけなのかもしれない。何故ならエリックは普通に問いかけたから。


「レイジー、その銃じゃなきゃ魔術は使えないの?」

「いや、銃と言うより弾が重要なんだ。あちらに居た頃に戦いに備えて準備していた特別製でね。以前は使い切る前に片が付いたんだが……こちらでも使う事になるとはね。」

「時間さえあれば、ライフルの弾でも準備できるの?」

「そうだな……必要な力場が無いから威力は落ちるだろうが、時間さえあればライフル弾でも行ける。でも、何でだい、エリック。」


 レイジーが、蒸気鎧を気にしながらもエリックに視線を向けて問いかける。エリックは額にしわを寄せて蒸気鎧を睨みながら言った。


「俺、ずっと考えてたんだ。あいつら、来るのがあまりに早すぎるって。確かに、あのメモリーギアの起動を感じてここに来たのかも知れないけれど……。スカイスチームからここまで1時間位で来れる訳がない。」

「確かにそうだ。するとエリックはどう考えている?」

「昨日、レイジーが喧嘩してたあいつが連れてきていたのか、そうじゃなかったら……『アンダーランド』を攻めに行く本隊から派遣されたんだと思う。」


 そう言うエリックもそこまで自信があるようでは無かったけど、確かにそう考える方が自然だと思った。フラハティと思われる奴が……武器はもう買わず、情報を買っていると言う事実。こんな蒸気鎧まで用意できて、何機も使えるならば事を起こす事も十分考えられる。何が目的か分からないけど、もし、本当に人類を滅ぼしたいなら、今は大きな街を蹂躙してしまえば良い。……それにしても、いきなりの攻撃で吃驚したり、レイジーの力に怖がったりしていたボクと違いエリックはずっと考えていたんだ……。


「つまり、九発では心許ない数が居る筈だと?」

「まだ遠くかも知れないけど。数機とは言え派遣した蒸気鎧が……。ワット型とかでは到底敵わない蒸気鎧が戻らないってなったら……。」

「戦力の逐次投入はしない筈、来るならば全機で来ると言いたいんですの?」


 エリックの言葉にサンドラが問いを重ねた。サンドラは顎にそっと指先を当てて何か考えだして。それから、ベアトリクスを見やってから、小さく息を吐き出して告げた。


「優先順位によると思いますわ。でも、何はともあれ、あの蒸気鎧は無力化しなくては。……レイジー、頼ってばかりで申し訳ないのですが、出来ますか?」


 サンドラの言葉に頷きを返したレイジーは、無造作に蒸気鎧の前に躍り出た。そして引き金を引いて、弾を放つとさっきも唱えていた呪文を唱える。弾は弾かれたみたいだけど、すぐに閃光が迸って蒸気鎧の胴を貫いた。


「大いなる砂嵐の主よ、勇猛なる軍神よ、嵐の化身よ。我、汝の助力に感謝し、その力の御身に返還する事を望む。……久々に使ったから、暫く物の役にたった無いと思う。」


 久々でなくても一日は使い物にならないからなぁとレイジーはボク達の方に戻りながらボヤいた。その背後で、漸く蒸気鎧が大地に倒れ込んで、大きな音を響かせた。



 その後は、生きている人たちを探すことになった。けれど、それは然程苦労なく見つける事が出来た。大部分の人はメイさんの船や停泊していた他の船の乗って、如何に被害を被らずに逃げ出せたんだって。船には武装もあるからね、まだ戦えるとも思ったらしい。その彼等が脅威が消えたと感じたら、船を出て港にやって来たんだ。


 如何も、レイジーが蒸気鎧を倒すところも見られていたみたいで、騒ぎになるかと思ったんだけど……。それほど大きな騒ぎにならなかった。ルシオ・サンターナが、メルラントでは敵だった中折れ帽に黒ベストの男が、皆を守る際に魔術を使っていたから、皆そう言う物だと認識してたみたい。以前は不可視の刃しか放てなかったルシオは、風圧で放たれた炎を防いだり、逃げ遅れた人を担いで凄い速さで駆けたりしたんだって。あの時、レイジーがルシオを殺していたら、サンドハーバーはもっと酷い事になっていたと思う。


 今回の襲撃で……港の人が十名ほど、それにメイさんの船の乗り組み員が二名が亡くなった。その程度で済んで良かった、そう『ウエスト・サンドハーバー』の長だと言う白い髪のおじさんは言っていたけど……。


 ボクは釈然としな気持ちのまま、火を消し止められた倉庫を前で倒れた蒸気鎧を調べている人達を見ていた。すると、蒸気鎧の一つから声が響いたんだ。


「分隊、応答せよ。定時に戻らねば、本隊は進軍先『アンダーランド』に先に向かう。繰り返す、分隊、応答せよ。定時に戻らねば……。」


 エリックの予想通りの展開だったようだ。次の目的地は、これで決まったようなものだ。ボクは何度となく繰り返される作り物の声を聞きながら、頭の中でフラハティの野望を打ち砕いてやる、そう何度となく考えていた。

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