第19話 家族
『ウエスト・サンドハーバー』が襲撃を受けてから一夜明けた。攻撃してきた連中の本隊は『アンダーランド』に向かっていると思われるけど、それが偽の情報の可能性もあるとして、見張りを立てつつ港の復旧が開始された。レイジーは即戦力の一人として、リーチェを伴いすぐに動けるように町の中心地で待機することが決まった。犠牲になった12人の死体は早朝に燃やされて、その灰は風と共に砂の海に消えた。これが、この辺の葬儀の遣り方なんだって。
マリオン大佐やメイさんの所の船医は昨日から大忙しだ。死者はあんな襲撃を受けたにしては少なかったけど、怪我人は沢山いるんだ。怪我人の中にはネルソンさんやスコットさんもいた。それに黒ベストの男ことルシオも。彼はマリオン大佐に腕を見て貰った際に、怒られていた。以前の襲撃の事じゃない。レイジーに撃たれた怪我が碌に癒えていないのに戦ったから、傷が開いたんだそうだ。それじゃ、力は十全と振るえなかっただろうとレイジーにも咎められていた。
そのルシオが、腕に包帯を巻いて、サンターナ製鉄の会長さん……じゃ、ないのかもう。ええと、パストルさんと共にボクやサンドラエリックの所に来た。如何しても会って言わなきゃいけない事があるんだって言って。メイさんの船での事だし、問題は何も起きないと思うけど……。それでも、ベアトリクスやラーナが随伴する事は必要だとメイさんが答えたら、それで良いって言う事になって、会う事になったんだ。正直、どういう顔をすれば良いのか分からない。
ルシオは、船室に入ってボク達の顔を見るなりに帽子を脱いで頭を下げた。そして、きっぱりと言ったんだ。
「以前はお前達に攻撃を仕掛けてすまなかった。謝って済む問題じゃない。だが、まずは謝らせてくれ!」
……そう言えば、レイジーがルシオを見逃した際に言っていたっけ。あんな真っ直ぐな馬鹿はそうは居ないって。何ら言葉を飾らずに、年下であるボク等に彼は躊躇なく頭を下げて非を認めたんだ。正直驚いた。そう言うタイプにはあの時見えなかったから。
「阿呆な孫が大変なご迷惑をお掛けしました。許してくれとは申しませんが、あなた方の力となる事を許していただけませぬか?」
それ所か、サンターナ製鉄の会長さんまでボク等に頭を下げて、そんな事を言うんだ。確かに今はスカイスチームを追われて力は無いかも知れないけど。でもサンターナさん達を慕って数十名は危険な地上に一緒に降りたんだ。ボク等にこんなにしてまで謝らなくても良い筈なのに。
「申し出は嬉しいのですけれど……。その、お孫さんは直接的に攻撃した方なので分かるのですが、如何して会長さんまでその様に
「確かに
「え? ボク?」
この話の流れには更に驚いた。何を謝る必要があるのかさっぱり分らなかった。ボクがきょとんとしていると、パストル・サンターナさんは最初からボクがライネだってことを知っているように真っ直ぐに視線を向けてくる。厳つい顔だけど皺の多いお爺さんの顔だ。ボクを見る目が細まり、そして泣きそうな表情に変わって、ゆっくりと頭を下げたんだ。
「儂が……儂がもっと早くに、ヴァレリアノと貴方のお母さんであるカリナさんの結婚を認めておれば、あの暴動に巻き込まれずに済んだはずじゃ。本当にすまない……すまない……。」
……ああ。この人はずっと気にしていたんだ。そりゃ、もっと早く結婚の話が出て、引っ越ししてれば暴動に巻き込まれなかっただろう。でもさ、子持ちの下層民を大きな会社の一族に迎え入れるって凄い決断じゃない? むしろボクなんかは、色々と分ってきた時に思い返して、良く許したなと思ったくらいだ。それを、この人は決断が遅かった、そう気に病んでいたんだ。謝らなくちゃいけないって思いながら。……如何したら、良いんだろうね。何て言えば良いのかな。ボクは、何を言うべきなんだろう。全く言葉が出なくて、何故か視界が滲みだして……。ずっと頭を下げたままのお爺さんに何も言えなくて……。
「ライネ、何か言ってあげなよ。誰が悪い訳じゃないよ、あの暴動は。」
「私には察する事もできない事情です、でも、誠意ある謝罪は受け入れるのが良いと思うんですの。」
エリックとサンドラが声を掛けてくれる。そう、そうだね。ボクが何も言わないとずっと頭を下げっぱなしだもんね。それは、お年寄りに悪いじゃないか。
「あ、あのね、会長さん。ボクはその事は気にしていません。母さんと、その、父さんが亡くなったのは辛いけど。皆が支えてくれたし、今こうして生きてるから……。それに、ボク等に関わらなければ父さんだけは生き残……。」
「馬鹿を言うもんじゃありません!」
突然に船室の扉が開き、少し汚れていたけど身なりの良いお婆さんが声を張り上げながら入ってきた。
「話は聞かせて頂きました。ライネさん、貴方達親子とヴァレリアノは縁で結ばれたのですよ。それをその様に卑下するように言わないでくださいな。それに、あなたはヴァレリアノを。あの子を父さんと呼んでくれた。ならば、あの子も、我が子の為、愛する者の為に逝ったのだと、私も少しは心慰められるのです。勝手な言い分ですが。」
そう言って、お婆さんは有無を言わさずにボクを抱きしめた。ボクと同じか少し小さいくらいの背丈なのに、力強い抱擁だった。
「ごめんなさいね、突然こんな婆がお邪魔してしまって。私はイサベル・サンターナ。そこの宿六の妻です。」
お婆さんは、会長さんを示しながらそう言った。宿六って……大きな会社の会長さんだったのに。それにしても、お婆さんとは、と言うより上層民とは思えない力強さだ。触れる指先の硬さが、力仕事とかしてきた人の手であることを如実に示していた。上層民だから楽をしているって考えは、大きな間違いだったとはっきりと分かった気がする。
「ボクの方こそごめんなさい。お父さんを悪く言う心算は無かったんです……。あの時まで、母さんは幸せそうでした。出来たら、それがずっと続いてくれたら……って。」
そこまで言葉にできたけれど、後は何も言えなくなって、お婆さんに抱きしめられたまま、ボクは泣いていた。
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