第8話 過去

 まずは、フラハティの襲撃を退けたボク達だけれど、問題が生じた。いや、もう、このバンカーが……メルラントの前哨基地が使えない事も問題ではあるけれど、もっと深刻な問題だ。皆と合流して一段落が着いた時の事だ。脱出するにしても今から慌てて逃げだすのでは、数時間後には照り付ける日差しにやられてしまう。だから、夕刻までは持って行く物など選別する時間になった。


 移動はフラハティの機械兵が置いて行った蒸気運搬機、コンテナに運転席、それにプロペラの付いたすさまじく揺れ動くアレに乗って、また旅立たなきゃいけない。今度はベアトリクス達『死の猟犬部隊』やアルジャーノン型も運ぶから二台に別れることになるだろう。今、ベアトリクスとリーチェが一台のコンテナを改造している。鹵獲したガトリング等をコンテナの鉄板に隠れながら撃てるようするんだって。……それ撃つの、多分ボクの役目だよね? 出来るかな……。


 ともかく、ボクはアルジャーノン型に合う武器や盾などを選別していたんだ。その近くで腕の関節部を打ち抜かれたラーナの修理を、レイジーとエリックで行っている。ラーナはリーチェとコンビを組んで戦うメイドさん。ボクと同じような薄い茶色のミディアムヘアと堅苦しい口調がトレードマークなんだ。ボク達は訓練中には彼女の事を軍曹とも呼んでいた。厳しい指導をする教官を鬼軍曹って言うんだってレイジーから聞いてたから。でも、彼女の指導には、何と言うか優しさがあったのは確かだ。そのラーナが撃たれて怪我をしたのは、結構ショックだった。


 それはさて置き、ラーナの修理をしながらレイジーはエリックに構造の説明をしていると、そこにマリオン大佐がサンドラを伴ってやって来た。


「旦那様、お話があります。」


 怖っ! いつも通りに喋っている筈のマリオン大佐だけど、今は凄く怖い。どど、どうしたんだろう……と悩む間もなく思い出した。あの襲撃の時の事だ。レイジーが態々黒ベストの男を逃がしたことをマリオン大佐は怒っていた。……サンドラも浮かない顔で、言葉を続ける。


「相手が人だったから殺したくなかったのかも知れません。ですけれど、説明をしていただきたいのです。あの男を捕らえる事だってできた筈ですわ。それを逃がしてしまっては……。」

「家族の情報が聞きたかったのかい?」


 レイジーがエリックに頼むと小さく告げて立ち上がると、二人の傍に歩み寄りながら指先に付いたタールを布地で拭う。ボクは思わず選別の手を止めてそちらを見入っていた。エリックやラーナもちらちらと三人の方を伺っている。それはそうだ、こんな一触即発の様な雰囲気になった事はない。うう、何だかお腹が痛くなってくる……。


「説明、説明なぁ。……これを話しても、ボクはレイジーで居られるかな……。」


 また、一人称が変わっている。時々、レイジーは自分の事を私じゃなくてボクって呼ぶ。初めて変えたのを聞いた時に何でって聞いたら、大人が何時までもボクではねぇと笑っていたけれど。……でも、あれは何処かウソっぽかった。そんな事を思い出しているボクに気付いたレイジーは、ボクを手招ねいた。


「確かに教えるべき義務はあり、君たちには聞くべき権利がある。何処から話そうか……。」


 エリックとラーナの傍まで移動したレイジーは、そう告げながら皆に座るように促した。そして、レイジーは語りだしたんだ。彼がまだレイジーと名乗らず篠雨 玲人シノサメ レイジ、或いはルフス・テンペスタースと名乗っていたころの話を。それは、ボク達には想像もできないような激しい戦いの物語だった。


 蒸気機関が無い世界は想像出来なかったけれど、電気? とか言うのが世界を動かしてるってレイジーは言った。そんな世界での話だ。レイジーとそいつらの戦いは長く続いていたんだ。そいつらの親玉はレイジーのお祖父さんの友達であり、宿敵となった男。レイジーのお父さんも、レイジーもそいつらと戦ってきた。問題は、そいつ等全員魔術師だったんだ。結社を形成し、各目的を持って闇に蠢く魔術師の結社。


 三つの結社を潰し、漸く引きずり出した親玉と戦い、傷だらけになりながらも勝利したレイジーだけど、仕留め損ねたサングイン・ネブラって名前の魔術師にこの世界に送られてきたって。ボクだけその名前を聞くのは三度目で、何だか怖くなったのを覚えている。そいつは、レイジーが持っていた散弾銃で頭を吹き飛ばされたから死んだ筈だけど。そう言葉を切って、レイジーは深くため息をついた。


「私を憎むあまり怨霊にでもなって、こっちに来たらしい。正確には仕えていた悪神に操られてと言うべきかな。あいつの行動を妨げたと言う事は、その悪神も現世に復活できなくなったわけだからね。」


 そう言って肩を竦めてから、ここからが本題なんだとレイジーは語る。魔術結社にいる魔術師は大抵が悪い奴だ。でも、一定のルールを持ち、一定の譲歩をする変わった頑固者達もいたらしい。あの黒ベストはそんな連中と魂が似ていたと言うんだ。


「黒いベストのあいつは確かに驕っていた。初めて持った力に溺れかけてた。だから、本来の性と会わない事をやっていたんだ。そこは付け込むべき隙だが、あんな真っすぐな馬鹿はそうは居ない。殺したくなかったし、捕らえた所で意味はない。あの手の状況からは自分で自覚して抜け出さなきゃ次は無いんだ。」


 魔術師なんてそんなものだよと肩を竦めるレイジー。誰かは知らないけれど過去の殺したくなかった魔術師と重なったんだろう事は分かった。そして、殺してしまったそいつの代わりにチャンスをあげたかったんだ。これは、傲慢ともいえるけれど。でも、その気持ちは分からなくはなかった。


「ただ、私も誤りがあったのは確かだ。サンドラがお父さんから貰った何かを持っているならば、早々に家族を如何こうするとは思えないが……。それでも、サンドラ自身を如何でも良いと言ったんだ。家族の状況が気になる。そこで、私がスカイスチームに直接乗り込んでその安否を確認してくる。」


 レイジーの告白にしんみりとしていたボク達は、今度は続いたレイジーの発言に大慌てだ。一人で行くとか何を考えているんだって、ボクだって怒って止めたんだ。だからって訳じゃないけれど、少し冷静になったのかレイジーは一つ謝って、頭を冷やしてくるって自分の部屋に戻った。


 遺されたボク達は何とも言えない思いを抱きながら、各自行うべきことを行った。アルジャーノンの兵装は銃剣付きライフルとワーム撃ち銃、それにガトリングって事になるのかな。それぞれの弾の数を考えると、もしかして、ボク一人でコンテナに入る形かな……。それはちょっと、寂しい。


 そんな事を考えていたら、サンドラが傍にやって来た。もう持ち出すべき荷物は選別を終えているのか、腰には無骨な鞘に納まった蒸気剣を下げて、いつでも出発できる態勢だ。早いよ……。でも、その表情は何だか申し訳なさそうだった。


「私、自分の事しか考えていなかったみたいですわ。誰にだって辛い事や苦しい事があるのは当然ですのに。魔術師がどう言う者かは良く分からないですけれど、でも、人には持ち得ない力を持って戦うって事は、考えられないような苦しみだって経験しているのでしょうね。」

「……レイジーはその点は気にしていないよ、きっと。ただ、計算違いがあってそこで凄く責任を感じてるんだと思う。」

「アレはフラハティがレイジーの予測を超えた悪党だっただけですわ。或いは、究極の能率主義者か。後者であれば、刃向かわない限り処刑なんてしないと思いますが……。」


 サンドラはお兄さんとお母さんを思い出したのか、後半は顔を伏せて呟く。ええと、話題を変えないと……。そう言えばフラハティか……。正直、ボクもエリックもその顔を見た事は無いし、どんな奴かは想像でしか分からない。強欲でワンマンなんだと思っていたけれど……。そういうタイプって割と新聞にも出たがるから、顔を知らないって言うのはおかしいな。


「フラハティってさ、どんな奴なの? 手下とかは、見た事あるけど当人は見てないから。サンドラは見た事あるんだよね?」

「いいえ、知りません。炭鉱府の最高幹部の一人とは聞いてますけれど……。」

「え? サンドラは顔を知らないのに、向こうはサンドラを知ってるって訳? それは何か怖いなぁ。」


 すっかり手を止めて、サンドラと話し込んでいたらベアトリクスがツカツカとやって来た。そして、ボクの肩をむんずと掴むと言うんだ。


「ライネ、アルジャーノンの準備だ。コンテナからお前が撃てるか試すぞ。」

「え、ボク私物の選別が……。」

「サンドラと話してる時間はあるんだ、試し撃ちの時間もあるだろう。」


 え、ちょっと、引きずらないでよ、ベアトリクス! ねぇ! あ、サンドラも笑って手を振ってないで助けてって! こんな感じでボクは外に連れ出されて、それからガトリングやライフルをコンテナに空いた小さな穴から撃てるかの実験に付き合わされた。あのさ、外、太陽が昇ってて凄く暑いんだけど! そんな抗議はスルーされて暫く試し撃ちに付き合わされた。……疲れた。


 試し撃ちが終わって飲むオアシスの水は美味しい。本当に美味しい。汗だくの身体にはこれでもかと染み渡る。……一回シャワー浴びないと……。しかし、ここの水もこれが飲み納めかと思うと少し悲しい。一年以上お世話になった水だからね。取り敢えずアルジャーノンを土砂で埋もれている通路入り口の奥に隠して、居住区に戻った。シャワーを浴びて、ひと眠りしたら出発だろう。また、夜が来れば、フラハティが夜闇に紛れて機械兵を投入して来るかも知れない。その頃にはもぬけの殻って言うのが理想だね。流石に日中に攻撃しては来ないと思うけれど……。


 少しだけ不安を覚えながら眠ってみる夢は……不思議な夢だった。

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