第7話 魔術師レイジー

 遠くで響くのはガトリングの銃声。あれが聞こえている間は、戦っている証だ。そう不安を抑え込んで、もう何回目になるか忘れた行為を繰り返す。ライフルのグリップ付近にあるボルトを起こして薬室を開き、薬きょうを輩出して、弾を込める。ボルトを下げて薬室を閉鎖する。そして、剣を振り上げて間近に迫っていた人形に銃口を向けてトリガーを引くが……何で? 弾が出ない! 一瞬の混乱の後にその理由に気付いた。しまった、蒸気か! そう慌てはするが訓練で身に着けていた動きは体が勝手に行ってくれて、銃剣で人形の頭部を貫いた。


 人形……つまり機械兵の弱点は人間とほぼ同じ、胸と頭部だ。胸には内燃機関があり、そこを破壊されると動きが止まる。でも、内燃機関は非常に強力な火力である為、白兵戦での破壊には細心の注意が必要なんだ。燃え移っちゃうかもしれないからね。頭部のメモリギアは人間で言えば脳、思考を司る部位だから、破壊されたり体から切り離されれば、やはり動きが止まる。だから、基本的には頭を潰したり、首を撥ねるのが鉄則なんだって。


 痛みを感じない機械兵が相手の場合は、確実に動きを止めなきゃダメだってベアトリクスやラーナは言ってた。だから、彼女たちが負ける時は大抵死ぬ時なんだって。その言葉を思い出すと、どくどくと心臓が早鐘を打つ。……大丈夫、こっちはこっちで片付けて早くあっちに合流しないと。ボクは一息つく間もなく、空になった蒸気タンクを抜き取って、新しいものに変えた。


 ボクの傍ではサンドラが蒸気剣を抜いた。人形相手だ普通の剣だとやはり辛い様子で、数体の首を切ったあたりで剣が折れてしまったんだ。サンドラにとっては使用に不安が残る蒸気剣は使いたくなかったんだろう。でも、戦闘を早めに終わらせるには使うしかないんだ。


 蒸気剣は扱いが凄く難しい。蒸気の力で剣速と衝撃を上げる事が出来る片刃の剣。刃の無い側に蒸気噴出孔がついていて、柄の部分にあるトリガーを引くと剣部分に循環している蒸気を一瞬噴き出す仕組み。その勢いを利用して敵を切ったり、刃の軌道を無理やり変えたり、蒸気でめくらましをしたりするんだ。鍛えてあり、尚且つ柔らかな手首でないと扱える代物じゃない。ボク達の中ではサンドラ以外は使えないし、サンドラも使用には不安が残りますわって言ってた。


 その蒸気剣をサンドラは臆せず振るう。ドリルを突き付けてくる人形の一撃を、凄い度胸で踏み込んで避けて、すれ違いざまに刃を一閃。人形の首に届くかどうかと言う所で剣は蒸気を吹いて、速度を増して振るわれる。人形の首は見事に空を舞った。切断面から吹き上がったのは真っ黒なタール……。その背後ではマリオン大佐が引き戻した手首を付けなおしている。大佐は既に十体は倒していた。ボクは二人に感嘆しながら、人形の頭を打ち抜く。正直に言えば拍子抜けだ。人形たちはマリオン大佐よりは弱い。これは……通路の向こう側で戦っているエリックやベアトリクスの方が大変かもしれない。あっちには、強化蒸気鎧が投入されているのは確かだろうから。


 すでに半数以上の人形を倒したボク達。では、レイジーと魔術を使う男は如何なっているのかと言えば、不可思議な力の応酬が続いている……訳では無くて、レイジーが一方的に守りに入っている状態。魔術を使う男……鍔の在る中折れ帽に黒ベストのそいつは、不可思議な風の刃を操る。見えない斬撃がレイジーに放たれるけれど、レイジーは特に傷つく事は無いのは、防御に徹しているからか。でも、その顔には当惑の表情が浮かんでいた。


「大口叩いた割には守り一辺倒か!」

「……。」


 相手の力が予想以上だったのかな。今はレイジーが抑えてくれているけれど、このっままじゃ不味いかも。そう思ったボクの耳元に、まったく場違いで可笑しげな声が響いたんだ。


「三下過ぎる相手に戸惑っているだけじゃて。」


 え? 何? 慌てて振り向いたボクの視界には何も見えない。お爺さんの声が聞こえたんだけど……。


「ライネさんっ! 前! 前!」


 サンドラの叱咤が響いた。慌てて向きなおれば、槍を構えて突っ込んでくる人形。危ないっ! って思った時にはすでに遅く、槍の一撃がアルジャーノンを傷つける……事は無かった。何故なら、その穂先はばっさりと見えない刃で断ち切られていたから。


「ライネ、集中。」


 声はレイジーの物だった。黒ベストの男の顔が驚愕に歪んでいる。如何やら、レイジーは自分に放たれた不可視の刃を、ボクを襲った槍へと跳ね返して見せた様だ。内心、皆に謝りながら、ボクは銃剣を突き出して槍を断たれた人形にとどめを刺した。


「……これも己のまいた種なのかね。ライネ、ライフル貸して!」


 レイジーが叫んだ。一瞬、考えたけれど大丈夫だろうとボルトを上げて薬室からライフル弾を排出してからライフル自体を投げた。くるくると回転してレイジーの方へと飛んでいくライフル。レイジーがキャッチするのを尻目にアルジャーノンの拳で人形の頭を一つ砕いた。


「弾!」


 続いて、ライフル弾を投げ渡せば、それもレイジーはキャッチする。無論、その間にも黒ベストの男は懸命に、不可視の刃で攻撃しているけれど、レイジーの近くでそれらは霧散しているようだった。力量差があり過ぎるんだと、ここに至ればボク等は全員そう認識できていた。


「おお、ランドグリーズ。盾を壊す者、気高き勇士の守り手ヴァルキリーよ。我が一撃に汝の加護を。」


 レイジーはライフル弾に指先を当てながら、そんな言葉を唱えて。指先で何か文字をライフル弾に描いてから弾を込めた。そしてゆっくりと銃口を黒ベストの男に向けた。男はいつの間にか地面に降りていて、肩で息をしている。


「……誰に教わったのかは……まあ、大方予想は着くけど。奴がまともじゃなくて不運だったね。いや、まともだったら、また殺し合いが始まっただけか。」


 その言葉は、本当に嫌そうに聞こえた。先ほどまでの殺意、凍り付くようなそれは完全に消えている。今一度だけ困った様に男を見やったレイジーは、しかし、躊躇なく引き金を引いた。ライフルの発射音が響くと同時に、魔術を使っていた男の前で一瞬だけ弾が止まった。それでも、弾は唸りを上げて回転して……男の右腕を貫いた。ライフルを片手に持ち男に近づくと、レイジーは告げた。


「……退けば見逃す。退かないならば、殺す。」

「殺せ……、殺せ! 今殺さないと後悔……するぞ……。」

「別に私は博愛主義者じゃない。あんたが、機械兵やあっちの連中を纏めて、とっとと引き上げてくれりゃそれで楽で良い。そっちも全滅しちまったら意味ないんだろう?」


 黒ベストの男は言葉につまり、考え込んだ。痛みと出血で意識を失い掛けたが、すんでの所で踏みとどまり。


「……撤収だ。」


 そう言葉にすると、生き残っていた人形達がボク達から距離を開けて、土砂を上っていく。その内の一体が己の纏うボロを切り裂き、黒ベストの右腕に巻き付けて止血する。その動きに一番驚いていたのは、手当てを受けた当人だった。


「……次はこうは行かねぇぞ。」

「……あんたにそれを教えた奴から距離を置くと良い。使い捨てがオチだ。そして、私を本気にさせたければ、自分自身でその力を磨け。……その力の源は風の神エエカトル、翼ある蛇。風は全方位から吹くそうだ。」


 レイジーは人形に肩を担がれて撤退する黒ベストにそう告げた。その意味は分からない。それに、そんな神様の名前なんて聞いた事は無い。それでも、黒ベストは何も言わず、挑むようにレイジーを見てから気を失ったのか、担がれながら項垂れた。


「まるで、忠言ですね。」


 マリオン大佐がレイジーに語り掛ける。何処か、怒っているような感じを受けた。レイジーは肩を竦めて、息を吐き出す。


「蛇神ならばより上位者を知っているからね、然程怖くはない。それに、そうだな……慢心を捨て風神の意味を悟れば、相応の魔術師にはなるんじゃないのかねぇ。」

「……敵を育ててどうするのですか?」

「私の敵にはなるだろうが、フラハティの犬にはなるまいよ。それにね……サングィン・ネブラの怨霊に食わせるには、性根がまともそうだったからなぁ。」


 遠くで響いていたガトリングの音も次第に止んでいく。あっちは大丈夫だろうか? まだ何か言いたげなマリオン大佐を押し留めて、レイジーはボクにライフルを投げ渡してきた。そして、分断された連中の様子を見に行こうと告げた。正直、幾つもの疑問が出てきて、聞きたい事が沢山あるけれど。それでもまずは皆との合流が先決だ。


 ボク達は黒ベストや人形が掘った穴から、バンカーをこっそりと抜け出す事にした。脱出用経路はあるらしいけれど、それだと遠くに通じているから分断されたエリック達に会うのが遅れるし、何より外の様子を見ておきたかった。居場所がばれた以上は、ここに留まり続ける訳には行かない。脱出するにしても、外の様子を確認しないと始まらない。


 ボクはアルジャーノンから出て、皆と一緒に土砂を何とか登っていく。こんな土砂の山をアルジャーノンを着て登ったら、また崩れてえしまう。登り始めてどれ程時間が経ったのか。出口が見えた頃に、プロぺラが回る音が幾つも響いた。蒸気運搬機だ。まさか、援軍だろうかと身を硬くしたけれど、その音は遠ざかっていく。本当に撤退したようだった。出口からまずマリオン大佐が出て、周囲を確認してボク等を導いた。外の様子は……酷いありさまだ。


 オアシスを囲っていた木々はなぎ倒されて、蒸気式重砲でも打ち込まれたみたいに大地は抉れていた。これが最初の衝撃の原因だろう。それから人形達を使て空気口を掘り広げながら進んできたんだろう。分断された皆は無事だろうかと、ボクは周囲を伺いながら通路の入り口へと向かう。入り口付近は激しい戦いの跡が広がっていた。


 散乱するのは機械兵たちの壊れた体。キュニョー型を纏った人形までいた事に驚いた。如何やらガトリングを撃っていたのも人形だったようだ。恐る恐る通路の入り口をのぞき込もうとして……ばったりとベアトリクスと顔を見合わせた。


「ライネ? そうか、終わったのか。……流石にヤバかった。」

「皆は?」

「無事だ。鹵獲したガトリングが最後の頼みだったが……使わずに済んでよかった。」


 ボク等の話し声にひかれて皆が集まってくる。エリックもラーナもリーチェも無事だった。サンドラもマリオン大佐もそばに寄って来れば、ボクは自然と安堵の息を吐き出した。


 空には未だにスカイスチームがその巨体を誇示していたけれど、フラハティも一晩で何度も兵を送る真似は出来ないみたいだ。ボク達は最初の襲撃をこうして切り抜けたんだ。

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