第9話 旅立ち
目を覚ます頃には、皆は準備を終えていた。ボクだけがまだ少し残っていたから、焦って準備を進めた。これもベアトリクスが悪いと思うんだけど、当の本人は早くしろとか言ってた。何か理不尽だ。
正直、私物って言っても着の身着のままにスカイスチームを逃げ出した時のボク達には持ち物は少なかった。けれど、このメルラントの前哨基地での1年と二ヶ月で結構私物は増えてたんだ。ここは偉い人が逃げ込んでいた場所でもあるし、保存食や服なんかは貯えがあったから。
一番嬉しかったのは工具類の充実かな。サンドラは服が相応にある事に安堵してたけど、ボクは強化蒸気鎧とその整備工具があった事が嬉しかったんだ。エリックは蒸気計算機が普通にある事が嬉しかったみたいだ。暫く体を鍛えながらその扱い方を教わってたからね。……ここに来てからの時間を思い返して、思わず手が止まりかけたけど、慌てて持って行く私物の選別を続けた。もうすぐ日が暮れてしまうから、急がないと。
レイジーの考えでは日中に攻撃は仕掛けてこない筈だと言う事だ。もし、それが可能ならば。つまり、フラハティがスカイスチームを牛耳る立場にいたならば、送り込んできた連中が殆ど機械兵ばかりとは行かなかっただろうって。昼間から堂々と討伐隊でも組織して攻め込めばボク達に勝ち目はない所か、逃げ出すのだって無理だ、そうレイジーは思っているようだ。
そこで改めて思う。ボク達は実戦と言う奴を経験したと言えるけれど……。それでも、何とか切り抜けられたのは相手が主に機械兵だったからだと思う。つまり、習ったことを躊躇なくぶつける事が出来る相手だから、何とかなったんだ。もしこれが人間相手だったら? いや、機械兵たちがもっとマリオン大佐やベアトリクス達の様に自分の考えで動いていたら……? ボク達に……いや、ボクに人が殺せるのかな? ボクは即答できない。これはサンドラやエリックも同様だと思う。
一方でレイジーやマリオン大佐は多分殺すんだろうと思えた。実際に、マリオン大佐は一人殺している。ボク達を助けるために、だけど。スカイスチームから大佐に放り投げられた男が居た筈だ。……あんな奴、如何なっても構わないけれど……もしかしたら家族とか居たかも知れないと思う時があるんだ。それを考えると、気持ちが沈む。二重の意味で。
誰かを悲しませてしまったかも知れないと言う罪悪感と、ボク達とレイジー達では考え方が違うのかなって言う思いと。助けてもらって、面倒見てもらっているのにこんな事考えるのは良くないんだけど……。時々、少し怖かった。
さっき見た夢の中でのレイジーは、その思いを補強している所もあったけれど、ボク達と変わらないって思える所も有ったんだ。見たい夢を見ただけかも知れないけれど、それでも、そう思えたんだ。だから、少しだけ良かった。あの夢を見れて。……何て言うか良く分からない夢だったけれど。大体、銃を撃つのに蒸気充填が無いとか、どう言う構造してるんだろう? お伽噺じゃあるまいに。
また、止まりかけていた選別を慌てて続けて、全ての工具の選別を終えたのは大体1時間後位だ。日はまだあるから、今のうちにここから逃げ出す準備を終えないとね。……ああ、またあの揺れに長い事揺られるのか……。今となってはスカイスチームを逃げ出した際の思い出として一番に印象に残っている。
色々済ませて、皆がどの蒸気運搬機に乗り込むか割り振りを決めた。……ボクとレイジー、それにアルジャーノンが一緒のコンテナになった。運転席にはベアトリクス。サンドラとエリックは違う運搬機のコンテナでラーナも一緒だ。運転席にはマリオン大佐とリーチェ。人数が増えたし、強化蒸気鎧もあるから運搬機は2台に成らざる得ない。この辺は夜は冷えるから、コンテナ組は毛布も持ち込んだ。
向かう先は、スカイスチームに匹敵するほど人が集まる場所であるアンダーランド。地下に広がる大きな街なんだって。他にも二つ、人が沢山集まっている場所があるみたいだけど、少し遠いらしい。それに、アンダーランド以外の話は、メルラントが滅びる前に得ていた情報なので精度が悪いって大佐が言っていた。
蒸気運搬機の炉は十分に暖まっている。もう、いつでも飛び出せる。ここメルラントの前哨基地に来る時に使った運搬機は旧式でコンテナに屋根が無いタイプだったけれど、今回使うのはフラハティが差し向けた連中が使っていたものだ。コンテナにも屋根があり、寒さは凌ぎ易い。けれど逆に強い日差しに晒され続ければ、内部の温度は上がる一方だ。屋根は開閉できるから開ければ良いんだけど、砂漠地帯の日差しは強烈だからね……。こんな砂漠地帯を飛んでるスカイスチームの日中はどうなんだろうね? レイジー曰くスモッグである程度カットされてるんじゃないって言うけれど。
それぞれが割り振られた運搬機に乗り込む。乗り込む間際サンドラはボクに手を振っていた。エリックが羨ましい……。楽しい会話とか一杯するんだろうなぁ、それしか暇潰せないし。一方、ボクと一緒に乗り込むレイジーは何か難しい顔をしていた。サンドラの家族の事を気にしているのだと思う。良かれと思ってやったことが裏目に出れば、誰だって気に病む。だからと言って、ボクが無責任に大丈夫だよなんて言える問題じゃない。……東のアンダーランドに向かて蒸気運搬機が浮かび上がっても、レイジーはずっと難し顔をしていた。
ガタガタと揺れるコンテナの中、鎖で固定されたアルジャーノン型の炉を暖めたままにしているのは、フラハティの追撃を受けるかもしれないからだ。万が一の時は、ボク等が盾となり戦うためにこの割り振りになっている。あちらに大佐やメイドさん二人を配置しているのも、ボク達が落とされた場合に何とか二人を守り切れるようにって訳。見ようによっては、ボクは切り捨てられた見たいだけど、これは仕方ない。強化蒸気鎧を扱えるのはボクしかいない、蒸気鎧専用の武器以外では空を飛ぶ蒸気運搬機に有効打を与えられない。レイジーの魔術だって、何処まで有効か、何処まで振るえるのか不透明らしいし。
緊張の時間が続いたけれど、スカイスチームの姿が遠くなったと運転席のベアトリクが怒鳴れば、漸く安堵できた。今から運搬機を差し向けたって追い付かれる筈も無いからね。周囲は砂の海、潜っているのでもなければ襲ってくる奴らは簡単に見つかるし、何よりこの暑さと急激な冷え込みで倒れちゃう筈だ。……後はこのガタガタと揺れる振動に耐えれば、新天地にたどり着けると言う訳……だよね。
アルジャーノンの炉を冷やそうかと立ち上がった所で、大きく運搬機が揺れた。アルジャーノンがガチャガチャと鎖を鳴らすほどの揺れ。ボクはよろけてしまい、倒れるかと思ったけれど衝撃は来なかった。レイジーに支えられていた。ボクはビクッとして固まってしまった。……ボクは、男の人に触られるのは、怖いんだ。これがレイジーでなければ、叫んでいたかもしれない。
身を硬くしたボクを気遣うようにそっとレイジーはその手を離した。助けてもらって、こんな反応をしたら悪いなって思うんだ。思うんだけど、そうなってしまうんだ。色々と思い出しそうになるのを堪えて、レイジーに言った。
「ごめん、ありがとうね。」
「気にしなさんな、人生色々あるさ。」
軽く笑ったレイジー。それだけで少し気が楽になって、ボクは息を吐き出した。そして、レイジーの着るジャケットの下……懐が少し膨らんでいる事に今気が付いたんだ。
「銃でも入れてるの?」
「ん? ああ。使えるのか試していないけれど、私が昔使っていた銃だよ。蒸気を使わないんだ。」
そう言って取り出した銃は、蒸気バルブも蒸気充填可能なタンクも管もないシンプルな作りの銃。……言わなくても分るよね。夢でレイジーが使っていた銃が其処にあったんだ。ボクは動揺を抑えて、そうなんだと相槌を打った。ボクが少し様子がおかしくても、さっきの状況の延長と思ったらしくレイジーは特に何を言わなかった。ただ、弾は残り12発。弾倉一個分しかないって語っていた。そうか、その銃は12発で弾切れになるんだね。
他愛もない会話を交わすボク達を他所に、夜の空を蒸気運搬機は飛んでいく。アンダーランドにどの位で付くのか分からないけれど、早くこの揺れから解放されたいな……。
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