第14話 意図せぬ再会

 あの物騒な会話を聞いてから、更に三日が経った。あれから、天候にも恵まれ強風も無く、ワーム達も大人しかったおかげでメイ・トランスポート船団は『ウエスト・サンドハーバー』に無事に着きそうだ。その所為か、日中から船員さん達が荷物の点検やらで船倉の確認を忙しそうにやっている。


 見張りの時間でも無いから、こうして甲板を一望できるブリッジの一角でぼんやりと船員さん達を見ていた。三日前の会話を聞いてから、何と言うか気持ちが晴れない。砂の海は基本的には晴天続きだけど、ボクの心は曇り空だ。


「何だ、サボってるのか?」

 

 そんなボクの背中に声を変えてきたのは、ベアトリクスだ。隻眼を細めて可笑しげに告げる彼女に、ボクは少しだけ笑って挨拶を返した。一声かけて去って行こうとしていたベアトリクスは、ボクに何かを感じたのかボクの傍らに立って、同じように甲板を眺めだした。


「随分と浮かない顔だな。スカイスチームが武器を集めてる話が気になるのか?」

「……気にならないと言ったら嘘になるよ。ボクはあそこで生まれ育った。そのスカイスチームが地上の人たちに迷惑を掛けてたのもショックだったけど、何より……戦争の道具を揃えているのが怖い。」 

「武器を揃えるのは仕方ない。力が無きゃ、自分たちを護れない。……だが、集めているのが奴だったら……如何転ぶかな。」


 ベアトリクスの言葉にボクは頷いた。もし、フラハティが武器を集めているのであれば、何が起きるのだろうか。まさか、ボク等を追う為だけだったら、そこまで武器を揃える意味は無い筈だ。既存のキュニョー型をそこそこの数揃えて圧倒すれば良いだけだ。それに対抗できるのはきっとレイジーだけだから。


 でも、伝え聞く噂はそんなレベルの話じゃない。飛翔石絡みの兵器もそうだけど、それ以外も大量に買い揃えている。代価は……最も高価な歴青炭れきせいたんやそれに次ぐ無煙炭むえんたんだそうだ。これも地上の炭鉱から、強引に持ち去った物でしかないのだけれど。でも、世界をゆっくりと一周できるスカイスチームとの取引は、地上の人にも有益らしい。海の向こうの見知らぬ品も取引材料と出来るのがスカイスチームの強みとメイさんは言ってた。


 それ以降は特に会話もせずに、二人で甲板の様子を眺めていると、サンドクルーザーが大きな汽笛を鳴らした。そして、見張り台から声が響く。サンドハーバーが見えたって。船首の方へと視線を向けると確かにうっすらと街の様な物が見えた。全部砂地だから、分り辛い……。


「さて、ライネ。寄港時や出港時に襲われやすいって言うぜ。護衛としての仕事にと取り掛かるぞ。」


 そう言ってベアトリクスは、ボクの背中を一つ叩いた。

 


 それから、日が沈む前には『ウエスト・サンドハーバー』にメイ・トランスポート船団の四隻は寄港した。石造りの港に接舷して、ボク達は『ウエスト・サンドハーバー』に降り立った。ここは控えめに言っても埃っぽい。それでも、地平線に沈む夕日が赤く染め上げた街並みは、確かに遠い異国を思わせた。


 船上では分からなかったけど、地面はしっかりとした岩盤で、砂の海とは明らかに違うと分かる。なだらかな登り勾配の岩盤、その上に立ち並ぶのは乾いた土で出来た建物だ。ギラつく太陽に照らされている所為かムラなく乾いていて、一瞬石造りの建物かと思った。それにしても、砂を巻き上げて吹き抜ける風の所為で喉がいがらっぽくなる。


 メイ・トランスポート船団の船は今から荷下ろしだ。流石に手伝える事はないし、邪魔になるからボク達は近くの食べ物屋でも行こうかと言う話になった。クレーンが荷が詰まったコンテナを下ろして、港で働く人達が強化蒸気鎧を動かして、数機がかりでそれを受け止めていた。ここで稼働しているのはスカイスチームと同じワット型が多いけれど、不思議な蒸気鎧も見つけた。


 鎧と言うよりは手足の付いたフレームと言うべきかな。蒸気鎧より一回り以上大きいし、重い荷物も運べるみたいだ。物珍しそうに見ていたら、荷下ろしの監督をメイさんに丸投げしていた副船団長のネルソンさんが声を掛けてきた。そして、ボクの視線の先に気付けば、あれはニューコメン型の改造鎧だと教えてくれた。道理で大きい訳だ。装甲部分を取っ払い、腕や下半身だけに蒸気が行き渡るようにしたんだそうだ。燃費も向上して、何より装着者……と言うか搭乗者が熱でやられないと言うのが利点だそうだ。


 色々とあるんだなぁと、僕が感心していると不意にボク達に声を掛けてくる人が居た。


「おおーい、レイジーじゃないか! それに……まさか、ライネとエリックか? 大きくなったなぁ!」

「え、この声は……?」


 突然、ボク達に向けられて発せられた声に、僕もエリックも聞き覚えがあった。それは、決してサンドハーバーで聞くような声じゃない。スカイスチームのカザード地区でしか聞けない声だ。そちらに視線を向けると、声の主であるスコットさんが大きく手を振っているのが見えた。、鉱夫の一人で、レイジーをスカイスチームに連れて来た人、って言えば覚えているかな? 


 居る筈の無い人がここに居る。そう気付くのにそれほど時間は掛からなかった。フラハティの罠かとも思ったんだけど、カザート地区の人達は、サンターナ製鉄に肩入れしている。だから、フラハティとは相対している筈だ……。そんな事を考えているボクや、メルラントで出会った死の猟犬部隊であるベアトリクスとリーチェとラーナが警戒する中、レイジーは気さくに手を挙げて何の躊躇も見せずに歩み寄っていく。


「スコットさんじゃないか、如何したんです?」

「話せば長いんだがな……。今では地上暮らしだ。」

「え? 折角戻ったのに……。」


 レイジーが驚いたように目を丸くして言った。スコットさんは、あの時は世話になったのになぁと苦笑を浮かべて。それから真面目な様子に変わって、少しだけ声のトーンを落として言った。


「何て言うかなぁ、スカイスチームは駄目かもしれん。フラハティの野郎の力が強くなり過ぎた。横領の罪を着せて、サンターナ製鉄さんの会長をはじめ家族諸共スカイスチームから追放するって宣言してな。」

「……パストルの旦那や家族を? いつの事です?」

「お前さんらが逃げ出して、三ヶ月目にはそんな事態さ。俺達は大恩あるサンターナさんの一族と共に地上に降りたんだが……。一緒に降りたのはカザード地区やゴドウィン地区から、たったの数十名。七年前の暴動の時にどれだけ世話になったと思ってるんだ……。」


 え? サンターナ製鉄と言えば、スカイスチームにおいてかなり力のある会社だった。空飛ぶスカイスチームの部品の生産や、土台部分の修繕なんかは製鉄会社でやっているからだ。余りの事にボクはポカンとしてしまったが、レイジーは軽く頭を左右に振るだけで持ち直したようで会話を続けた。


「降りられる人の方が少ないでしょう、スカイスチームは何せ安全だ。……それで、奥さんのキャサリンさんもご一緒に?」

「ああ、キャシーには迷惑かけちまってるが……っと、すまねぇな、レイジー。俺は荷下ろしを手伝いに来たんだ。」

「ええ、気を付けて。」


 一通りの会話を終えて、スコットさんの背を見送ってからレイジーは皆の方へ戻って来た。そして、重々しい口調で言うんだ。


「飯でも食いながら、今後をどうするか考えよう。雲行きが大分怪しい。」


 そう言って天を仰ぐレイジー。空は雲一つないけれど、夕日に照らされて赤く染まっていた。




 そこそこ混みあってる食べ物屋のテーブルに並ぶ料理は、どれも美味しそうだった。羊肉の串焼きは美味しそうに匂い立ち、豆のスープは黄色い色合いで香辛料を思わせる。ゴマのペーストにニンニクとかハーブとか混ぜたムースっぽい見た目の料理や、塩漬けにして発酵させた魚の塩を洗い流して、オリーブ油とレモン汁、それに刻んだ野菜を混ぜた料理とか、味の想像もできない。最初は伺うように食べていたけど、大体好きな味が見つかり、銘々が好きなように食事をした。レイジーと何故か一緒についてきたメイさんやネルソンさんはラム酒で一杯やっている。


「いやぁ、しかし、まずいねスカイスチーム。完全にフラハティの天下みたいだ。」


 皆がひとしきり食べて、飲んでとしてから、メイさんが口を開く。グラスの中のラム酒を揺らしながら、船乗り連中からの噂を集めてきてくれたみたい。話によれば、武器の買い付けは落ち着ているらしいけれど、幾つかの大きな街の情報を集めているって。『アンダーランド』、『ブラックキャニオン』、そして『ベースキャンプ』の三つの街の情報を高値で買ってるらしい。


 武器を買い、次に情報を買う。そう聞くとメイドさん達やレイジーは嫌そうな顔をした。何を想像したのか、考えたくはない。だけれども……。


「父は何を発見したんでしょう。」


 そう呟くサンドラの声は、深く沈んでいる。きっと、全ての事の発端はお父さんにあると思っちゃってるんじゃないかな。そんな事は無いと思うけれど。でも、如何言ってあげれば良いのか分からず、ボクは何も口に出せなかった。


 しばしの沈黙の中、不意に店の外が喧しくなった。何だろうとそちらに視線を向けても、店の外の出来事だから良く分からない。ただ、お爺さんと若い男の人が言い合っているようだった。ん……? この若い男の人の声、何処かで聞いたような……?


「ルシオ! お前、よりにもよって、そんな事をしでかしていたとは……っ。」

「言い訳はしねぇよ、でもさあ、祖父ちゃん。力が欲しかったんだ、あの大暴動だって、力でねじ伏せられれば……バレリアノ叔父さんだって死ななかったはずだ!」

「だが、お前が襲った相手は、バレリアノが愛した女の子供じゃぞ! 失敗して良かったわい! そうでなければ、儂がお前を撃っておるわ!」

「それは……っ!…………面目ない。俺が阿呆だった。」


 その聞こえてきた会話にボクの胸は無駄にドキドキしていた。その名前は。確かにお父さんと呼ぶ事になったかもしれない人の名前で。そして、若い男の声は、あの襲撃時に中折れ帽を被っていた男の声だった。サンドラも声の主には気付いたのか怪訝そうな顔をしていたけれど。不意にレイジーは立ち上がって、店の外へと出ていき。


「よぉ、三下。私に撃たれた腕の調子は如何だい?」


 と、より騒ぎが起こりそうな物言いで声を掛けていた。すると、それまで食事もせずに水だけ飲んでいたマリオン大佐が、盛大に溜息をつきながらレイジーが飲んでいたラム酒のグラスを掴み、一気に飲み干し立ち上がった。そして、呟くように言ったんだ。


「意図せぬ出会いが多い日ですね。最も、旦那様が火に油を注ぎに行きましたが……。」


 と。

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