第13話 戦争の名残
ここ数日のサンドクルーザーでの生活は、そこそこ快適だった。蒸気運搬機ほど揺れないし、大抵は蒸気機関の音も気になる程じゃない。日中は暑いけれど、窓を開けた船室とかに居れば、日差しは遮れるしそれほど熱も籠らない。甲板で作業するときは、基本的には朝夕が活動時間帯だけど、そうも言ってられない時だけ砂と日差し除けの外套を羽織り、目元以外を隠すようにターバンとか言う長い布地を顔に巻いて活動した。
ああ、口の周りに布を巻くと言っても、息が出来る程度にするのは当然だからね。何でこんな事をするのかと言うと砂の海の砂は細かく、僅かな風で舞い上がるんだって。あまり長い事その砂が混じった空気を吸っていると肺が痛んでしまうらしい。症状としては、咳き込んだり息をするのも苦しくなるんだって。そう言えばスカイスチームの鉱夫の人達の中にも、そんな症状が出てる人は居た。塵肺って言うんだってレイジーは言っていたけれど。メイさん達サンドクルーザーの船乗り達は、
サンドクルーザーでの生活は、そこそこ快適って書いたけど。砂の海の旅は快適とは言い難い。結構な頻度でワームが襲ってくるし、全長10mは有ろうかと言うサンドシャークとか船の側、ギリギリを横切っていくのが見えた事もある。勿論、サンドシャークより大きな鉄鋼船であるこの船にぶつかっても、大した被害は無い。でも、万が一にでもスクリューや舵をやられる可能性は在るらしいから、気が気じゃ無い。
フライングワームは空を飛ぶ平べったくて胴が長い奴。足はいっぱいあり、透明な六枚の羽根をバタつかせて甲板に居る人を狙ってくる。左右に分かれるあごは脅威だ。サンドワームは足の無いグネグネした体を
サンドシャークは基本的には船を襲う事は無い。撃ち落されたり、倒れ込んだワームを貪る姿は何度か見たけど。後は船から落ちた人を食べちゃうんだって。想像したくないなぁ……。後はサンドシャークを大型化したサンドメガロドンとか居るらしいけれど、まあ滅多に見ないって話。レイジーはサーファーでも勝てるのか……とか深刻そうに呟いていたけれど……。本当にサーファーってなんだろうね?
そんな風に船団でお世話になってもう一週間が経とうとしていた。船団は、一度、荷下ろしの為に『ウエスト・サンドハーバー』と言う所に行かなきゃいけないんだって。実は、これボク達が蒸気運搬機で飛んできた方角……つまり西の方にあるんだ。何だか逆戻りするみたいな感じだけど、実際には北に少しズレるらしい。嘗てのメルラントを知っていたネルソンさんの話だから正確だと思う。
『アンダーランド』は、北東の方角にあるんだそうだ。今となっては行く事も無いけれど。まあ、それは置いといて。如何やらその『ウエスト・サンドハーバー』に、メイさんがマリオン大佐やベアトリクスに見せたい物があるらしい。レイジーはメルラントの技師の弟子って触れ込みだから、そのレイジーにも見て貰いたいって。一体なんだろう?
『ウエスト・サンドハーバー』へ向かう途中の夜だった。見張りは持ち回り制だから昼夜逆転の生活から、完全に元通りって訳じゃない。今日は夜の4時間、ボクが見張りをやる事になっている。メイさんは育ち盛りは寝てなって言ってたけど、そう言う訳には行かないとサンドラやエリックと話し合って決めた。それを聞いたメイさんは渋々とボク達が夜の見張りに立つことを許可したんだ。
見張りの仕事は、特に問題なく終わった。交代の人が声を掛けてきたから、異常なしですと伝達して、寝室に戻る事にしたんだ。その道すがらに、砂除けの外套を着こんだレイジーとマリオン大佐がメイさんと話し込んでいるのが見えた。邪魔しちゃいけないかなと思ったんだけど、ボクの部屋、そこを通らないと戻れないからなぁ。軽く頭を掻きながら近づいていくと、こんな会話が聞こえたんだ。
「メイの姐さん。飛翔石を用いた武器ってなんだい?」
「あのねぇ……アンタの方が年上だろう? ……今となっては胡散臭い物ばかりだよ。本来ならば蒸気機関では動かせない程の装甲を持った反重力装甲兵器とか。」
「なるほど、スカイスチームの様な大陸を浮かせる飛翔石の力があれば、僅かばかり宙に浮く兵器も作成可能ですね。」
マリオン大佐は何だか納得しているらしく頷きを返して答えている。それにしても、何だか物騒な話をしている。それって、スカイスチームの何とかって人が集めてる奴だよね……。
「あとは、殆ど蒸気鎧と変わらない程に
「装甲を厚くすれば重くなるからね。ある意味真っ当な使われ方で安堵したよ……。」
「……そんな訳ないだろう? 戦争時は世界に国は一つだけだったらしい。それでも争ったのは企業と言う金儲け至上主義の連中の縄張り争いが激化したからさ。そんな連中が作り上げた禁断の武器の一つも、飛翔石を使うのさ。」
「企業間戦争が、この荒廃の原因か……。しかし、禁断とは穏やかじゃないね。」
「何でも、ギブスン何とかって企業が、その他の企業と争ったとかなんとかってね。……細かな飛翔石をたっぷり詰め込んだ蒸気重砲用のバスターシェル。砲弾が炸裂したら何が起きると思う?」
嫌そうな声で問いかけるメイさん。ボクが何が起きるか想像する前に、マリオン大佐が答える。
「数多の礫となった飛翔石が飛び散ります。……まさか?」
「被弾した箇所にめり込んだ飛翔石の欠片が、勝手に宙に浮かぶんだとさ。無論、重装甲に打ち込んでも意味がない。狙うのは……。」
そこまで語って、メイさんは口を閉ざした。ボクに気付いた様だった。レイジーやマリオン大佐も気づいた様で、一瞬の沈黙が落ちた。でも、すぐにレイジーが口を開く。
「重さを無視するなら、強化蒸気鎧にも使ってたんじゃないのかな?」
「あ……ああ。そうだね。機動蒸気鎧って呼ばれてるものは空中に少し浮かんで推進したらしいよ。あんたらに見せたいのは、実はそれなんだ。セイヴァリと呼ばれた当時の蒸気鎧。」
ボクが色々聞いていたと想定して、レイジーは素早く穏当な方向に話を捻じ曲げたみたいだ。でも、ボクは気が気じゃなかった。バスターシェルが狙うのは、何? 装甲を打ち抜いても、小さな欠片じゃ装甲自体を如何こうできるとは思えない。でも、それを人がたくさん居るところ撃ったら? 欠片は人の身体にめり込んで、それから……。
「ライネ! お疲れ様です、もうおやすみなさい。」
マリオン大佐の声にハッとした。いつの間にか大佐はボクの脇に立ってボクを抱えてくれていた。
「フラハティじゃないよね、武器を買い集めてる人って。それに、そんな武器はもう、殆ど壊れているんだよね?」
メイさんは、殆どが過去の遺物だよ、安心おしと励ましてくれたけれど。レイジーは何も言わずに、視線を彷徨わせるのみだった。……実はレイジーが何を懸念してこんな事を聞いたのか、ボクにも薄々分かっていた。サンドラのお父さんが何を見つけたのか。最初はマリオン大佐たちが話していた通り、貴重な飛翔石を人工的に作り出したのかと思ってた。でも、飛翔石は地上ではまだまだ採れるみたいだ。人工的に作り出したからって、追われる程の事じゃない。
じゃあ、サンドラのお父さんは何を見つけてしまったのだろう。メルラントのバンカー内部で戦った中折れ帽をかぶった男の言葉が頭の中で蘇る。『スカイスチームでは試す事の出来ない兵器の数々の実験が、ここでは可能なのだから。』……これの意味する所は……!
「ライネ、今はお休みだ。下手な考えは休むに似たりさ。……そうであったとしたら、ボクがフラハティを止める。どんな手段を以てしても。だから、安心してお休み。」
マリオン大佐に支えられながら寝室に向かうボクの背に、レイジーからそんな言葉が届けられた。……そこには、底冷えするような決意が秘められているように感じた。
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