第12話 メイの船団

 サンドクルーザーは、とても大きな船だった。蒸気機関でスクリューを回して砂の海を航行すると言うから、ここまで大きな船だと思っていなかった。船団を率いるメイさんにそう言ったら、彼女は笑って言ったんだ。サンドクルーザーには飛翔石が使われているから、大型化できたんだって。


 船は一隻の全長が200mくらい、五つの船倉と四つの蒸気クレーンを備えた貨物船であり、蒸気重砲を二門、ガトリング四門を備えた武装船でもあるんだ。この位の武装は無いと砂の海は渡れないらしい。……フライングワームは流石にここまで大きくないから、船と同じくらいの大きさに見えたのは遠近法の関係だったのだろう。


 ボクは飛翔石がもっと希少な鉱石だと思っていたから、この説明には驚いた。だって、スカイスチームでは飛翔石なんて普通はお目に掛かれないから。少し迷ったけれど、ボク等はスカイスチームの出身で、あそこでは飛翔石は見かけないからと素直に告げたら、メイさんは首を傾いだ。


「スカイスチームに飛翔石を売ってる連中は結構いるはずだけどぇ? 加工が難しいって言うし、空から落っこちない様にため込んでるのかねぇ?」

「如何ですかね、ワシが小耳に挟んだ噂じゃ、スカイスチームの何とかって野郎が武器を買い漁ってるらしいですぞ。その中には、戦争中に使われた飛翔石絡みの武器もあるとかないとか。」

「あんなボロボロの遺物、動く様な物があるとは思えないけれどねぇ。」


 メイさんが首を捻り、副船団長のネルソンさんに聞いたら、とんでもない答えが返って来た。スカイスチームが、地上の武器を買い漁ってる? そんな話は聞いた事が無い。顔から血の気が引いて行くのが分かるくらいに、ボクは動揺していた。もし、もしだよ。その何とかって奴がフラハティだったら……。


「まあ、良いさね。ほれ、ネル爺が妙な事言うから嬢ちゃん、顔色悪くなってるよ。」


 そう言ってメイさんは朗らかに笑って見せた。


 フライングワームを撃ち落したボク達は、危険な状況を助けたと言う事でメイ・トランスポート船団に貸しを作った形になっている。だから、歓待を受けたし、この船団の長であるメイさん自身が態々ボク達を案内してくれているんだ。少し話しただけで打ち解けてしまうある種の人懐っこさをメイさんは持っていた。だから、ボクやサンドラ、それにエリックは勿論、ベアトリクスやリーチェなんかもすぐに打ち解けていた。


 マリオン大佐やラーナは意識的に距離を開けたがっているように見えたのは、万が一を考えたからなのだろう。レイジーは……打ち解けているようにも見えたけれど、何処か壁を作っているように見えた。メイさんがどんな人か正確に見極めようとしているのかも知れない。そういう点では、レイジーはシビアだ。


 船団長のメイさんは健康的な褐色に焼けた肌に金色の髪を無造作に後ろで束ねた二十代半ばくらいの女の人だ。サンドクルーザーの船員が纏う砂除けの外套は、ほぼ身体を隠してしまうけれど、日が昇ってすぐの朝方や、沈む前の夕方は暑さも凌ぎ易く外套を脱いで寛ぐんだって。でも、夜になると甲板に居たら寒いのでやはり着込むことになるんだそうだ。


 そして、好奇心旺盛なのか、メイさんはボク等の事も知りたがった。きっと、ボクもメイさんと同じ立場だったら知りたがっただろう。だから、ボク達は素直に事の顛末を告げた。……レイジーは基本的にボク達の好きなようにさせていたけれど、相手の出方を伺っていた節がある。そのレイジーから視線を逸らさずに居たのが、副船団長のネルソンさんだ。互いに油断ならない雰囲気でも感じ取っているのか、ピリピリした空気を感じた。そして、ネルソンさんを牽制するようにマリオン大佐が、綺麗な指先を順番に折り曲げながらその視線を遮るようにレイジーの前へ出る。


 その時はメイさんとサンドラは話していたから、二人は気付かなかったかもだけど。ボクとエリックはそのややこしい状況に気付いて、緊張していた。サンドラが話し終えれば、メイさんは少し考えるように空を見上げた。そろそろ空も白じんで来ている。夜明けは近い。


「概ねわかったよ。フラハティって奴は、随分と嫌な感じだね。スカイスチームの悪い所を全て兼ね合わせている。」

「悪い所?」

「上から圧力を掛けて、欲しい物を力づくで奪うようなところ。地上の連中じゃ、中々対抗できないからね。炭鉱とかだったら開け合わすしかない場合が多い。……これは、アンタ等の所為じゃないけどね。」


 多少は愚痴も零れるもんさと、メイさんは苦笑した。そう、スカイスチームの人間は地上ではあまり快く思われていないのは確かだった。空を飛んで、地上の人達の生活を無視して資源を集める。それでは、どう考えても悪い感情しか生まれない。ボク達は、地上の人から改めて聞かされたスカイスチームのやり方が恥ずかしくなってしまった。サンドラはうつむき気味だし、エリックは眉根を寄せている。そんなボクらを見てメイさんは肩を竦めてから、うつむき気味のサンドラの頭をくしゃくしゃと撫でた。


 その光景を見て、マリオン大佐はすっと後ろに下がったようだった。レイジーは、ネルソンさんを見やって肩を一つ竦めて口を開いた。


「フラハティに家族を奪われた娘と、労働階級の子供らを責めてやらないで欲しいね。私がスカイスチームの人間であったならば、文句は一身に受けるべきなんだろうが。」

「アンタがそうだったら、真っ先に文句のひとつも出てるさ。ちょいと感じ悪かったしね。でも、まぁ、その位じゃなきゃこの子らを助けてここまで来れてないだろうからね。」


 その言葉に答えたのは、ネルソンさんではなくメイさんだった。レイジーは小声で怒られっちゃったよとか呟きながら肩を竦めていた。でも、それは馬鹿にしている訳では無く、如何やら真っ当に付き合えそうな相手だと判断したみたいだった。



 それから、ボク達は船団の護衛みたいな形で逗留する事になった。この船団には多くに人が乗っていた。船は一隻に何人もの人が居ないと動かないし、荷物の他には人をお客として乗せて運ぶ仕事もしているからだ。だから、護衛の数は多い方が良いって。ただ、問題だったのは行き先だ。ボク達が目指していたのは『アンダーランド』だったのだけれど、その事を話したらメイさんは複雑な表情を浮かべた。


「あそこは碌な物じゃないよ。息抜きだった闘技場が、今では富裕層の唯一の娯楽。下層民は搾り取られて闘技場送りって話がごまんとあった。それで、反乱騒ぎが起きてるって話さ。」


 そう説明を受ければ、とてもじゃないが行きたいとは思わない。サンドラとエリックと視線を向けあって、如何するのかとレイジーを見やった。レイジーも流石にそれは行く訳には行かないと真面目な口調で告げれば、行き先を如何しようかとベアトリクスやマリオン大佐が悩みだした。


 そんなボクらを見て、メイさんが可笑しげに笑ってから口を挟んできた。


「行く当てがないなら、ちょいと船団に付き合ってくれないかねぇ? 護衛要員は欲しいし。それに、ある物について見てもらいたいのさ。メルラントの機械兵や技師だったら分かるかもしれないからねぇ。」


 日当も出すよ? そう付け加えられれば別に拒む理由はない。ボク達はその提案を受け入れたんだけれど……。ふと、レイジーがメイさんに訪ねたんだ。なぜ其処まで面倒見るのかって。その答えは簡単だった。


「ガトリングにワーム撃ち銃、それに蒸気運搬機を買ったら幾ら掛かると思う?」


 だって。ちゃっかりしているよね。レイジーはその答えに大いに満足していた。良く分からない善意より遥かに安心できるって。何と言うか、レイジーもヒネているなって思う。


 ボク達は用意して貰った船員用の寝室が宛がわれ、そこで生活する事になった。余り物の船室だから狭い、とは言え然程揺れもしないベッドで眠れるのならば言う事は無いね。船酔いってのがあるらしいけれど、蒸気運搬機に較べれば如何って事は無いよ。本当にあれの揺れは酷いんだ……。そんな事を考えながら、その日のボク等はゆっくりと体を休める事にした。


 メイさんの言った『ある物』がボク達にどんな影響を与えるかなんて、その時には全く分からない事だった。

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