第11話 フライングワーム

 レイジーと一緒のコンテナで飛んでいた夜の事だ。そろそろサンドクルーザーが停泊しているかもしれない場所に差し掛かろうと言う時だった。蒸気運搬機の操縦席から声が響いた。操縦席に居るマリオン大佐の物だ。


「サンドクルーザーの船団を発見しました。ですが、フライングワームに襲われているようですね。ライネ、すぐにアルジャーノンは動かせますか?」


 マリオン大佐は冷静に、的確に状況を伝えてくれた。


「すぐに動かす!」


 ボクは急ぎ立ち上がれば、コンテナの壁に背面を見せて固定してあるアルジャーノン型の傍に行き、炉の出力を上げてハッチ開閉装置に蒸気が巡るのを待つ間に鎖を解いた。そして、ハッチを開けて内部に潜り込む。襲撃に備えて、炉には火はくべてある。それでも、機動には少しだけ時間がかかるかな。


 アルジャーノンの中、装着者に直接触れる箇所は柔らかなクッションで覆われていて、その下には断熱材が入っている。おかげで内部は言うほど高温では無いけれど、暫く動いていると如何しても熱が籠って辛くなる。そうなる前に終わらせないと茹で上がっちゃう。


 今まではそんなに長く強化蒸気鎧の中に籠っていた事は無い。荷下ろしの時は必ず休憩時間があったし、戦いに使うようになってからは短時間でケリが着いていたから。今後もあまり長い時間を乗り続けないようにしないといけないと思いながら、蒸気が駆動系に巡るのを待った。アルジャーノンは小型な所為か、すぐに蒸気が駆動系が巡った事を計器が知らせる。


 コンテナの中をゆっくりと回り、ベアトリクスが作った覗き窓へと向き直ると、レイジーも立ち上がって、ボクにガトリングを差し出した。ガトリング、銃口が四つ束になったような形の無骨な機械。それを持って除き窓に差し込みながら状況を確認する。


 砂の海の上に四隻の船が浮かんでいる。船はそれぞれ灯りをともして、空を警戒しているようだ。線のように遠くまで伸びる灯りを、不意に遮る影が一つ。長細く船並みに大きな影が、六枚の透明な羽根を羽ばたかせて船に襲い掛かった。頭にある長い牙が人間を食べようと左右に開き、空を切った。これがフライングワーム……本当に飛んでいる。


「コンテナを傾けます。射線上に船が居ない時に撃ってください。旦那様はガトリングの蒸気機関クランクを回してくださいね。」


 マリオン大佐の指示に従い、ボクが持つガトリングの本体に蒸気循環用の管で繋がっている蒸気機関を動かすために、レイジーが懸命にクランクを回し始めた。すると蒸気がガトリングの本体に充填しだした。今度はボクが狙いを付けながら手回しクランクを回せば良い。凄く面倒だけど、銃身が回転して連続して弾を吐き出すこの銃はとんでもない兵器だと思う。


 徐々に高度を落としつつ、コンテナが傾けば絶好の射撃チャンスがやって来た。フライングワームはボク等の事などまったく気にしていなかったが、それがワームにとっては不幸だった。耳をつんざく様な凄い音を奏でながら、ガトリングの銃身は回転し火を噴く。蒸気鎧越しでも凄い音だけど、生身でその音を聞いたレイジーはクランクを回す手を離して、両手で耳を押さえている様だ。レイジーの耳は大丈夫だろうか?


 弾が当たれば、紫色の体液をまき散らしてフライングワームは身を捩る。グネグネと、空中で痛みに耐えかねたかのように悶える様は、気持ちが悪い。それでも、ワームは逃げ出さずに、怒ったようにボク等の方へ平べったい顔を向けて、牙だか、顎だかを広げて威嚇する。蒸気運搬機では一たまりもないだろうと思いながら、ボクは懸命にクランクを回す。レイジーも頭を振って気を取り直して、再び懸命に回して始めた。


 マリオン大佐は運搬機を旋回させて、ワームの狙いを晒そうとするが、ワームは妙にギラつく目でボク達を捉えて、視線を逸らさない。でも、それが今回一番のワームの不幸だ。ボクは射線をワームの顔に合わせてクランクを回す。帯状に連なる弾は残り少ない。これで決まらないと不味い……。そんな焦りを含んだ攻撃だったけれど、上手くワームの頭を弾は打ち抜いて、空を飛ぶ長虫は失速して砂の海に落ちた。


 ほっとして、クランクを回す手の力が抜けた瞬間、フライングワームが再び砂の海から浮上しようと身を擡げた。吃驚したボクを尻目に、ワームは物凄い速さで体を食い千切られて行く。砂の海に奇怪な何かが泳ぐように揺らめいている。


「サンドシャークの餌食になったようですね……。それはそうと、サンドクルーザーの船団から光信号が来てます。ジョ・リョ・ク・カ・ン・シャ・ラ・イ・ホ・ウ・ネ・ガ・ウ……。如何しましょうか?」

「願ったり叶ったりだ。上手くすれば用心棒として雇ってもらえるかもね。」


 マリオン大佐の声に、耳を気にしつつもぜぇぜぇ息しているレイジーがそんな言葉を返した。これが武装砂上船団『メイ・トランスポート船団』との邂逅だった。

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