メイの船団と共に ~遠い過去からの刺客~

第10話 砂の海

 メルラントの前哨基地を飛び立って、既に三日が過ぎた。蒸気運搬機は夜間に飛んで、夜明けが近づくと地形的に日を避けられる場所に降りて、休むを繰り返した。日中は極力飛ばずに過ごすのは、この日差しの所為。コンテナと言う鉄の箱の中、この日差しの中を飛んだらボク達蒸し焼きになっちゃう。


 食料は、まだ充分あるけれど、水が結構目減りしている。積み込んだ三分の一はもう消費しちゃった。こうやって減っていくのを見るのは不安だね。でも、これ以上は積めないんだ。水も腐るっていうし。一応、後二日も飛べばオアシスがある筈らしいけれど……。


 砂ばかりの場所でも、丘みたいに盛り上がった場所や、窪んだ場所があって日差しを避ける事は出来るんだ。それに、積み込んだ生活用品の中には日除け用の布地もあった。それと棒を使えば、平地でも即席の日除けが完成するって訳。日差しで砂が温められる前に作らないといけないけどね。一回日陰を作ってしまえば、空気が乾いているから、体力はあまり消耗しない。けれど……日が傾くまでは日陰で過ごさなきゃいけないから、そっちの方が辛いかな。揺れない地面を堪能しながら寝ちゃえば良いんだけどさ。


 で、日が落ちれば再び蒸気運搬機で飛ぶんだ。目指すのはアンダーランド……の前に、サンドクルーザーっていう砂の海を走る商船が行き交う場所があるんだって。そこで物資とか、手に入れられるかも知れない。それに……運が良ければその船でアンダーランドまで行けるかもって。そっちの方が良いなぁ。三日も飛んだけど、運搬機の揺れには全く慣れないから。


 フラハティの追手もない事から、運搬機に乗り合わせる面子は日々変わった。サンドラと一緒だと色々とお喋りできて嬉しい。エリックはレイジーと一緒になった際は結構話をしたらしいけれど、その内容は教えてくれなかった。男と男の秘密だってレイジーは笑っていた。そのエリックと一緒になったのが昨日だけど、昔話を結構した。幼馴染だからね、エリックの方が年下だけど。エリックは泣き虫だったからなぁとボクが言えば、ライネは昔からガサツだからとエリックは舌を出す。少しだけ、スカイスチームに居た頃を思い出して、懐かしくなった。


 サンドラとレイジーは何を話しているんだろうねと言えば、少しだけエリックは困ったように僕を見て言うんだ。


「ライネはさ、サンドラの事どう思っているの?」

「え? ……そ、それは……。」


 友達だと思っていると言おうとして言えなかった。ボクは、もしかしたらそれ以上を望んでいるんじゃないかって、時々思うから。言いよどむボクにエリックはサラサラの自分の髪をかきあげながら言った。


「レイジーと少し話したんだけど、ライネはサンドラの事好きなんじゃないかなって。」

「ちょ! ええと、友達としては好きだけど……。」

「俺はそれだけとは思わない。別に悪い事じゃないと思うんだ。でもね、俺もサンドラ好きだから……。」


 つまり、レイジーにそんな相談をしたんだろうか。慌てるボクを尻目にエリックは天を仰いで言葉を続ける。釣られて見上げたボクの視界には、満天の星空が見えた。


「だって、女の子同士って変でしょ?」

「うーん、変とは思わないんだけどね。でも、俺はすごく複雑なの。二人には幸せになって欲しいけどさ、でも、俺もサンドラが好きだしどうしようって。」


 エリックは、最近では珍しいくらいにボクと喋っている。この機会に本音で語り合おうってことなんだと思う。だから、偽りのない言葉を告げてきている。そして、ボクが引っ掛かりを覚えている事柄の一つを端的に言って見せた。つまりね、ボクだって女の子同士でもサンドラが好きだ。でも、エリックも好きなんだって分ってた。二人には幸せになって欲しいけれど、ボクもサンドラが好きなんだ……、つまりエリックと同じ思いを抱いている。


「で、レイジーはなんて?」

「あー……。レイジーはこの手の話は全く分からない。」

「えー……。」


 色々と知ってる年長者の意見を聞きたかったけれど、まるでこの方面はダメみたいだ。エリックの相談にも、そうなの? って驚いていたみたい。それじゃ、ボク達だけが分かっているのかって言うと、そういう訳でもなくマリオン大佐が気付いてなかったんですか? って言ってたって。っていう事はだよ、それってつまり……。


「サ、サンドラも気付いてるかな?」

「流石に気付いてると思う、レイジー並みじゃなったら。」

「……って言うかさ、もしかしてレイジー、ボク達の事言っちゃうんじゃ!」

「あ、それは大丈夫。」


 その点に関しては、はっきりとした口調でエリックは告げてから笑った。マリオン大佐にいざと言う時は頼んだからと。ああ、それならば安心だね。それから、エリックとは色々な事を話し合った。サンドラの何処が好きとか。二人して振られたら如何しようとか。こんな話をしている間は、運搬機の揺れも我慢できた。そう言えば、サンドラとお喋りしている時も我慢できたなぁ。


 

 夜明けが近づいたから、運搬機は降り立つ。ベアトリクスとリーチェが運転席から降り立てば、手際よく日陰を作るために棒を立てて布地で天井を作った。遅れて着地したサンドラ達が運搬機から降りて来る頃には、立派な日陰の完成。ボク達はサンドラの様子をこっそり伺ったけれど、普段と変わらない様子で話しかけて来たので、ほっとした。レイジーは……なんで伸びてるんだろ……。そんな考えも、エリックとさっき話していた内容を思い出して、もしやとマリオン大佐を見る。彼女は親指を立てて自分の行った仕事を誇っていた。うん、マリオン大佐、グッジョブ。


 結局、その日はレイジーは伸びたまんまで日が暮れた。色々と聞きたい事あったんだけどなぁ。時々聞こえるお爺さんの声の事とか、ちゃんと相談したかったんだけど。そんな事をのんびり考えて、夕刻を迎えれば伸びてるレイジーとボクが一緒のコンテナに乗る事になる。前哨基地を飛び立った日と大体同じ割り振り。但し、今回運転席に座るのはマリオン大佐。


 ボクもみんなみたいにコンテナ自体乗り換えてみたいけど、射撃用の穴が開いてるコンテナしかボクは乗せてもらえない。強化蒸気鎧を扱えるのはボクだけだから仕方ないね。フラハティの追手は居なくても、サンドワームとかフライングワームとか出てくるかもしれないし……見た事無いけどサンドシャークとかサンドメガロドンとかいるって言うし。鉄の船を噛み千切ってしまうシャークとか言う化け物は砂の海を好むんだって。……レイジーはその話を聞いた時に、真顔でサーファー呼ばなきゃって言ってたけど、何の話なんだろう?


 ぶんぶん唸りを上げて回るプロペラ、ドンドンと揺れ動くコンテナ。普段だったら寝れる筈も無いのに、話をする相手もいないと何だか眠くなってきた。何とか抗っていたけど、結局眠気に負けて、ボクは寝入ってしまったみたいだ。そして、見た夢は……昨日、エリックと昔話をした所為か、過去の夢を見てしまった。


 あの時は、異常だった。怒声や罵声が飛び交って、子供心にピリピリした空気を感じていた。やがて起きるスカイスチームの大暴動は些細な出来事が原因だった。ある鉱夫の一派が、処遇の改善を要求して起こした運動は、瞬く間に広がった。だけど、元々は荒くれ者の鉱夫の事。行いが段々エスカレートして、他の鉱夫達といざこざが始まってしまったんだ。いざこざが集団の喧嘩に変わって、そして……とんでもない暴動騒ぎに発展した。


 あの頃、ボクは10歳くらい。母さんと二人で暮らしていたけど、最近、男の人が家に遊びに来るようになった。父さんの顔は知らないけれど、それが何となく嫌でその人に良く文句を言っていた気がする。でも、その男の人は怒らずに、豪快に笑っていた。そして、ボクの顔をじっと見て、君のお母さんを大事にしたいんだって言ったのを覚えている。勿論、君もって。


 あの人は、喧嘩は強かったみたいだけど、鉱夫の様にそれを誇ったりしなかった。もしかしたら、元は上層民だったのかも知れないって考えていた。今では、それが正しかったことを知っている。スカイスチームの製鉄業を支えるサンターナ製鉄って会社があるけど、そこの次男坊だったんだ。大暴動が無ければ、ボクはそこの一族になってたかもね。でも……あの日、母さんが、死んでしまった。


 理性なんて吹っ切れてしまった男達が、ドアを破り、嫌がる母さんに伸し掛かり……母さんは最後まで抵抗して……そして、殺された。血に酔った獣がボクにまで迫ろうとして、それで……あの人が、ボクを助けた。母さんの亡骸を見て、あの人は吼えて、周囲に居た荒くれ者を全部叩きのめしたけれど……。あの人は、ボクがお父さんと呼ぶ間もなく、母さんと同じところに行ってしまった。優しかった母さん、一人で僕を育ててくれた母さん。そして、お父さんになってくれたかもしれない人。その二人をボクは失ったんだ。


 あの時から、ボクは大抵の男の人が怖くなった。苦手意識が無いのはしわしわのお爺さんやレイジーくらいだ。それとエリックね。同年代の子は、大きくなるに連れて、ちょっと怖かったけれど、エリックは怖くない。泣き虫だったこと知っているからかな。


 結局ね、バレリアノさん……お父さんは、カザード地区だけじゃなくて、幾つかの地区で暴れてた酷い連中を叩きのめした。自分の命と引き換えに。最後には、ナイフで刺されながらも母さんの名前と謝罪の言葉を口にしながら、暴れてたらしい。助けられたカザードさんがそう言ってたから、間違いないと思う。



 そんな時の夢を見て、自分の叫び声で起きた。相変わらずぶんぶん唸りを上げて回るプロペラは煩い。今はその煩さが心地よかった。伸びてたレイジーに気付かれていないか、そっとレイジーに視線を投げかけると……レイジーはうなされていた。ごめん、アキヒト君、お父さんを守れなかった、ごめんって。そして、最後にキリカタ、必ず殺すって。それが、ボクの……お父さんの最後みたいで、悲しくなった。せめて、少しは夢見が良くなるようにと思って、レイジーの傍によって膝の上に頭を乗せた。


「大丈夫だよ、大丈夫。死んだら、ダメなんだよ?」


 そう呟きながら、そっとレイジーの頭を撫でた。……みんな、何かしら抱えて生きてるんだ。ボクも母さんと父さんの分までしっかり生きなきゃ。そう決意を新たにした。砂の海を飛ぶ夜は、そんな夜だった。

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