第15話 過去からの声

 ボク達は緊張の面持ちで、外の様子を伺った。マリオン大佐はグラスをテーブル置き、ゆるりと立ち上る。微かに揺れるスカートが、戦いを予兆させた。その予想に更にドキドキと高鳴るボクの鼓動。ベアトリクスもラーナやリーチェも、すぐに戦えるように、立ち上がろうとしている。サンドラやエリックも口を一文字にして、表情を引き締めている。メイさんやネルソンさんは、そんな雰囲気に臆すること無く悠然とラム酒を飲んでいた。肝が据わっているなぁ。


 レイジーが声を掛けてから、驚くような声だけが聞こえて、後は普通のやり取りになったのか、ここまで声は聞こえない。耳を澄まそうにも、多くの客がいる飲食店だから、怒鳴りあいでもなければここまでは聞こえないんだ。ここは見に行った方が良いんじゃないかと思った矢先の事だった。


「よし! そこまで言うなら決着をつけてやろうじゃねぇか!」

「面白い、やってみろ!」


 中折れ帽の男の声にレイジーの声が続く。ちょっ、ちょっと! こんな所で魔術とか使われたら大騒ぎになっちゃうよ! 慌てたようにボク達も立ち上がった。途端に、外から聞こえてきたのは歓声のような声だった。


「いいぞ、やっちまえ!」

「そこだ! 右のストレートだっ!」


 そんな男達の声が響く。ああ、この流れはスカイスチームでも何度か目にした流れだ。鉱夫達が酔っ払って喧嘩を始めた時の空気と一緒。喧嘩が始まると、関係ない男達も盛り上がって騒ぐんだ。ある意味懐かしい……。


「何だ、この騒がしさは……?」

「荒くれ達の騒がしさは、メルラントではあまりない喧噪ですからね。」

「メルラントの連中は、お上品な奴等ばかりでしたからな。」


 立ち上がったまま、驚いたように隻眼を瞠ったベアトリクスに、マリオン大佐が同意を示し、ネルソンさんが昔を思い出すように目を細めて杯を呷った。


 外でまた歓声が上がった。どっちに賭けるかとか、何処を殴れとか。野蛮と言えば野蛮な歓声は、あまり、メルラント以外知らない死の猟犬部隊の三人には驚きだったみたい。サンドラもそんな場面に出会った当初は、凄く驚いていたのを思い出す。そのサンドラは、今では懐かしげに扉の方を見ながら、席に座り直した。ボクとエリックも、それに倣う事にした。魔術を使う者同士であってもただの殴り合いなら、それは喧嘩でしか無い。喧嘩はある意味対等な相手としか出来ないから、レイジーはあいつを認めたんだろうか。それとも酔ってるだけなのか。あいつは、あの人の……父さんの親戚みたいだし。……あ、サンターナ製鉄の会長さんは、大丈夫なのかな? いきなり喧嘩が始まって。


「そこじゃ、レイジーっ!! その阿呆孫を張り倒せ!!」


 えー……。思わず聞こえてきた言葉にボクは絶句した。周囲もそんな感じだったけど、メイさんだけは笑っていた。なんにせよ、あの様子なら……大丈夫、みたいだね。しかし、レイジーの名前を知っているみたいだけど、いつレイジーはあんなお偉いさんと知り合いになってたんだろう……? ボクが疑問に思うと同時に、外から大歓声が響いた。


「クロスカウンターだっ!」

「どっちが倒れる?!」


 盛り上がってるなぁ。程なくして、黒髪の男が勝った! て、また騒がしくなった。レイジーが勝ったみたいだけど、本当に何しに行ったんだろう……。喧嘩しに行くとかあまりレイジーらしくない。ボクが思わずそう呟くとマリオン大佐が冷静に答えをくれた。


「旦那様は、メルラントでの数年間はアルコール類は摂取しておりませんでしたし、スカイスチームでは主にビールでしたからね。それをいきなり高濃度のアルコールを摂取したので……。」


 つまり、酔っ払っていたんだね。そう言えば強い酒は久々に飲むような事を言っていたから、そうなんだろう。一人で既に三杯目を飲んでいたし……。呆れた様な空気が場を支配していたけれど、それはボク達だけで。その後、中折れ帽の男に肩を貸した見知らぬお爺さんと、レイジーが店に入ってきてカウンター席で再開を祝して乾杯してた。周りの男達も杯を掲げてレイジーの勝利を祝っていた。あ、中折れ帽の男は店に入ってきてすぐカウンターに突っ伏してたから、既にグロッキー状態だね。


「男って奴はですな、時折ああやって羽目を外すものでしてね……。」


 冷めた視線でそちらを見ていたボク等に向かって、ネルソンさんだけがレイジーたちのフォローをしていた。




 結局、ボク達が船の寝室に戻る頃になってもレイジーは飲み続けていて、ボク達が寝た後に漸く戻って来たらしい。羽目の外し過ぎだと思うんだけど……。案の定、次の日には頬を少し腫らして青い顔をしたレイジーが、頭が痛いとか胃薬飲みたいとか言ってた。そんなレイジーをマリオン大佐が世話をしている食卓は新鮮と言えたけれど、大の大人がみっともないなぁ、とも思う。水ばかりがぶ飲みしているレイジーに、メイさんが声を掛けた。


「今日は見てもらいたいもん見に行くから、しゃきっとおしよ。」

「……へい。」


 多分、抗弁しても無駄だと思っている様で、レイジーは素直に頷きを返して、マリオン大佐に入れてもらった水をまた飲んでいた。その様子にため息をついてメイさんがマリオン大佐に言ったんだ。


「あまり甘やかすと、付け上がるじゃないかい?」

「其処まで甘やかしている心算は無いのですが……。」


 普段の大佐は確かにそこまで甘くしていない。けれど、今は甲斐甲斐しくお世話しているから、そう思われるんだろう。或いは、実はそう言う性なのかな? どちらであるにせよ、あんまりマリオン大佐に心配かけちゃダメだぞ、レイジー。


 それから暫くして、メイさんに案内されて船を降りた。向かう先は、『ウエスト・サンドハーバー』から少し離れた場所にあるんだって。レイジーがまだあまり早く歩けないから、のろのろと向かった先に。砂塵舞う荒野の只中に、ポツンと小さな建物が建っていた。これも土で作られ建物だけど、街の方に建っている家とかに比べるとあまりに小さい。ここに何が在るのかと怪訝そうに首を傾いだボクを見て、メイさんは軽く笑っていった。


「これは出入り口を覆っただけの建物さ。見て貰いたいものは下にある。」


 そう言って、扉を開けると建物の中には円形の穴と梯子があるばかりだった。


 梯子を下りたその先には、何人かの技師たちが古い機械を弄っているのが見える。男の人も女の人も一心に、幾つもの計器が付いた機械を何やら弄って居るんだけど、はっきり言ってこれが機関部なのか別の何かなのか見当もつかない。メイさんは一言挨拶だけして、奥へと進んで行く。ボク達も慌ててその後を追った。


 そして、最奥にメイさんの言う『ある物』があった。それまで、あの機械は何かとか話していたボク達は、それを見た瞬間に押し黙ってしまった。そこに在ったのは腕が吹き飛び胸部装甲に穴の開いた蒸気鎧。戦いの傷跡の生々しさもそうだけど。そのフォルムの洗練されながらも兵器としての攻撃性を露わにした姿に気圧された。


「機動蒸気鎧セイヴァリ、過去の戦争の主力兵器の一つ。こいつ自体は、まあ死んでいるんだけどねぇ。……ネイっ! 姉さんが来たんだから顔位見せな!」


 メイさんの声に暫くしてから脇に寄せてあった寝袋の一つから応えが返る。欠伸しながらボサボサの短めな金の髪が特徴的な、メイさんと同じく褐色肌の女の人が下着姿で寝袋から這い出てきて、ボク達に気付いて動きを止めた。……レイジーやエリックも居るからね、一騒動起きるなとボクは思ったんだけど。その人、ネイさんは小首を傾いでレイジーやメイドさん達を見てから、がばっと跳ね起きた。


「レイチェルの言ってた、あれ、あれ、ええと、技師とか機械兵? マジで? 姉さんドンピシャ? ああ、ええと、さっそくここの機構だけど……」


 別の意味で一人で盛り上がってた。


 その後、一気にテンションがマックスまで上がってしまった妹さんをメイさんがどついて正気を取り戻させた頃に、件のレイチェルが来た。メイド服はマリオン大佐の物と大体同じ、つまりメルラントの機械兵。自由になって、あのバンカーを離れた機械兵だったんだ。そのレイチェルは、『ウエスト・サンドハーバー』で世話になっていた。そこで、ネイさんと知り合って、研究を手伝っているんだって。


 ネイさん達の研究は過去の機械の構造を調べて、今に復活させると言う物なんだけど。半年前、この地下の機械群を見つけ、探っている時に発見したのが、この機動蒸気鎧セイヴァリなんだそうだ。大体の機能は死んでいるらしいのだけど、何故か付いている小型の蒸気計算機だけは生きている事を突き止めたんだって。蒸気機関に繋げて起動しようとするけど、アクセス不可って表示されるだけ。そこでレイチェルが思い出したのが自分達を解放したレイジーの事。メルラントの生き残りだった技師オルグランさんにアクセス方法を教えてもらっているから、上手く行くんじゃないかって話をネイさんにしたんだそうだ。ネイさんは、それをお姉さんのメイさんに話して見かけたら連れてきてと頼んでい置いたんだって。


 流石姉さんだ、と褒めるネイさんを横目で見ながら、あれまぁ、あんたがねぇと連れてきたメイさんの方が、レイジーを見ながら驚いていた。メイさんは、そう簡単に見つからないと思ってたんだろうね。そんな訳で大体のあらましが分かったので、早速レイジーがアクセスを試みることになった。きっと何気ない感覚でしか無かったと思う。


「げ、この大きさでメルラントの中枢蒸気計算機と似た様な能力なのな。」

「過去の遺物の方が優れてるってのは、その分、戦いが激しかった証拠だね。」

「企業間の争いでなぁ……。」


 ネイさんと話をしながらレイジーがセイヴァリ内部の小型モニターを外に引っ張り出して、じっくりと見ながら下の方に付いている小さなギアを、カチカチと回していく。暫くすると、ぶぅんと音が鳴ってモニターに文字列が凄い勢いで表示されては消えるを繰り返し始めた。


「カマタリコーポレーション、セイヴァリ支援用メモリギア『フブキ』Ver23……?」


 レイジーは文字列を読み取っているのか、そんな言葉をつぶやいた。途端にセイヴァリの内部から声が聞こえた。まるで作り物みたいな女の人の声だった。


「ハローワールド。セイヴァリ支援用メモリギア『フブキ』起動しました。状況整理、確認。本機は死の灰を撒く八人の一人『フェイスレス』フラハティとの交戦を最後に機能停止。パイロット心肺停止の為、『フブキ』がその交戦記録を司令部に提出します。」


 そして、思いも掛けない名前がその作り物めいた女の人の声で告げられた。今、何と言ったの、この『フブキ』とか言う物の声は。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る