第29話 迫る決戦の時

 衝撃的な話を聞いたボクとエリックは、我を取り戻すとサンドラの元へと急いで向かった。何て声を掛ければ良いのか分からないけれど、ともかく声を掛けなきゃって思ったんだ。


 サンドラのお父さんは、お兄さんには気を付けろと言っていたけど。そんな警告を伝える間もなく、こんな事が起きた事に目が回る思いだ。あまりに多くの事が起きると、考えが纏まらない。だけど、今一番傷付いているのはサンドラだと思う。だから、行かなきゃ……。


 サンドラのいる場所を聞きながら、岩山に開いた洞窟を通り抜けていく。そして、漸くサンドラが身を休めている洞窟に辿り付く。それは医務室代わりに使っている然程深くない洞窟の一つだ。洞窟の入り口にはルシオとレイジーが立って話し込んでいるのが見えた。ボク達の足音に気付いてか、此方を見たルシオが声を掛ける。


「心配なのは分かるが、まだ入るな」

「何があったのさ!」

「お前らがラーナに連れられて、墜落現場に行った後だ。……サンドラの兄貴が生き残りに混じってやって来た。話があると言うので、会わせたら……首のペンダントを奪って逃げたのさ」


 ……やっぱり。サンドラのお父さんが言う通り、完全にフラハティの言いなりだったみたいだ。ボク達がサンドラのお父さんの事を伝えると、ルシオもレイジーも顔を見合わせて。それから、レイジーが中に入っていった。


 暫くすると、マリオン大佐が慌ただしくラーナを迎えに行き、その後に続いてレイジーに伴われて、サンドラが姿を見せる。その両目には、涙の痕がくっきりと残っていて、痛々しい。家族を斬ってしまったのだから、当然だけど辛そうだ……。


「サングイン・ネブラの得意の術は、召喚と洗脳だ。洗脳と言うのは少し違うか……正確には、精神支配だ。フラハティは、如何やらそのレベルで魔術を使えるようになったらしい。一朝一夕ではできない。少なくとも、数年前からサングイン・ネブラを内に飼っていた事になる」


 レイジーは小さく息を吐き出してから、そう説明を加えた。そして、こうも付け加えたんだ。


「精神支配の恐ろしい所は、元の心を縛ったままにしている所だ。もし、その呪縛を他の術者が破った所で心が縛られた廃人が残るだけだ。解放するには術者を倒すしかない……」


 それが、事実を淡々と伝えているだけなのか、不器用な慰めなのかはボクには分らなかった。


 落ち込んでいたサンドラは、その言葉にどう反応するべきかを考えた挙句に、無理やり笑おうとして、笑えなかった。居た堪れない空気を感じるけど、せめてお父さんの事は伝えないと……。


「サンドラ、そのね、ボク達、君のお父さんを見つけたんだ。怪我は酷かったけど、ラーナが緊急処置をしたから、助かる可能性もある」


 無事だったとは言い難い姿だけど、嘘をつく訳には行かない。だから、こんな風にしか伝える事が出来なかった。でも、ボクの話を聞いて、サンドラはじっとボクを見つめる。そして、エリックも。


「……生きて?」

「生きてるよ。マリオン大佐が慌てて向かっただろう?」


 か細いサンドラの声にエリックがすかさず言葉を重ねた。顔を上げて少しだけほっとしたような表情になったサンドラが、自身の両手に視線を落とした時に、更に言葉を重ねたのもエリックだった。


「気絶する前に言ってた。サンドラに伝えないとって……兄に気を許すなと。兄は、最早別人だって」

「……兄からは、父と母を撃ったと聞きました。ペンダントを奪って、走り出した兄を追いかけていくその最中に……父も母も……もうこの世にはいない、俺が撃ったって!」

「サンドラのお父さんはまだ生きてる!」


 激高しかけたサンドラに、ボクも声を張り上げてその肩を掴んで叫んだ。まだ生きてるんだよ、サンドラ……。お父さんだけでも、まだ生きてるんだ! それだけは伝えなきゃいけない。それだけは、忘れちゃいけない。家族はまだ生きてるんだって。


「ねぇ、サンドラ。俺達、サンドラがお兄さんを斬ったとしか聞いてないけど……お兄さんは死んでしまったの?」


 ボクとサンドラがにらみ合う中、不意にエリックがそんな事を聞いた。エリック……その言葉はちょっと無神経じゃない?


「半分死んでいるようなもんだ。むしろ、サンドラのペンダントを何処かに飛ばした際には既に精神的には死んでたようなもんだな。避け切れない一撃では無かったが、心ここに有らずと言う感じで受けてたから」


 エリックに答えを返したのは、レイジーだった。レイジーは……いつも通りと言えばいつも通りだけど、何もこんな時に……。


「じゃあ、治るよ」

「おうおう、随分楽天的じゃねぇか」


 ルシオがしかめっ面でエリックに言葉を投げかける。ルシオが絡んでるようだけど、この二人は割といつもこんな感じだ。でも、その言葉にエリックは肩を竦めて言った。


「だって、煩い連中が騒いだって事は、サンドラの一撃は甘く入ったって事でしょう? 致命的な一撃だったら、文句なんて言いようがない。それに、直ぐにマリオン大佐が診たんだったら、傷は問題がないだろうし」


 あ、そうだ。何だっけ、さっきジェーンが言ってたのは……。離間の策? とかって奴だったって言ってた。そうやって騒ぎ出すには、サンドラの一撃が手加減している物でなかったら、騒ぎ様は無かった筈だ。エリックは、細い金色の髪を弄りながら更に言葉を続けた。


「心についてはレイジーはさっきなんて言った? 術者を倒せば、元に戻るかも知れないんでしょう? だったら、ここで悩むより、それに賭けた方が良いよ。どのみち、フラハティは倒さなきゃいけないんだ」

「そりゃそうだが……。お前、結構色々考えてるのな?」

「当然だろう? 俺はルシオより先に、レイジーに弟子入りしてるからね」


 ああ、確かに。魔術じゃないけど、蒸気計算機や機械兵のメンテナンスなんかはレイジーが教えていたんだ。つまり、考え方とかにも影響が出る訳だ。その答えを聞いて、ルシオは少しだけ可笑しげに笑い、レイジーだけが何故か若干渋い顔をしていた。


「……そう、ですわね。やってしまった事を悔やむにしても、やるべき事をやらなくては」


 そう言うサンドラは皆の様子に同調する事は出来なかったみたいだけど、それでも、先程よりはしっかりとしたように見えた。そこに、リーチェが走ってきて、マリオン大佐が輸血処置を開始したって告げた。それから、血液の提供を呼び掛けて欲しいって。


 それからは忙しかった。ベアトリクスやラーナに血液の種類を検査してもらい、サンドラのお父さんの物と一致した人から少しづつ血液を分けてもらう事になった。とは言っても、貯めて置けるものではないから、必要になったら呼び出される形にだけどね。そんなこんなで慌ただしい一日が終わり、翌日に成ったらサンドラのお父さんの容態は回復傾向にあった。お兄さんもエリックが考えた通りに傷自体はそこまで深くなくて、今は眠り続けている。


 結構な人数が集まっていた『アンダーランド解放基地』だけど、今は一時に較べれば少し閑散としている。騒がしい連中を、マリーさんやメイさんが追い出す事を決めた際に、騒いでた人達に追従する人達が出てしまったから。これは、サンドラだけの所為では無くて、『アンダーランド』を見捨てようとか、ともかく逃げたいっていろんな考えの人達が集まり過ぎたから起きた結果なんだ。


 レイジーに言わせると、指揮系統の混乱を招く不穏分子はいらないって事らしいけど、みんなはそこまで割り切れない。一時は、同じ場所でご飯を食べたり寝たりした仲間だからね。一体感は増したけど、何処か寂しさを覚えるのも事実だった。


 そこで、ジェットパックをくれたお爺さんが提案したんだ。景気づけに宴会でもやろうって。当初、一番渋ったのはレイジーだったけど、いざ始まると一番酒を飲んでたのもレイジーだった。ボク達はあまりお酒とか飲まなかったけど、皆が楽しそうにしているのを見ると少し落ち着いた。これは、サンドラの家族二人の傷が回復傾向にあるからでもあるけれどね。


 思い思いに語り合ったりしている姿を眺めていたボクは、レイジーとジェットパックをくれたお爺さん、それにジェーンと言う変な組み合わせが食堂から出ていくのを見つけた。気になって、こっそり後を付いていくと三人は岩陰に隠れて話を始めたんだ。


「『ワイズマン』、あんた随分年配の義体があったのね」

「お前さんらの前に現れた姿は、ワシの中年期を模した体だからな。実際は、あの当時でもこんな爺様だ。カラ……いや、ジェーンとは違う」

「『ワイズマン』ねぇ。サルベージャーの拾ってきた部品の鑑定人と聞いていたが」

「そりゃ今の仕事でな。嘗てはこのちっこいのと同じ仕事をしていたよ」


 聞こえてきた言葉に思わず目を瞠った。つまり、あのお爺さんもジェーンと同じ……?


「んで、何でまたそんな告白をする気になった?」

「『アンダーランド』の奥にあるギブスン・スターリングの主要計算回路の破壊をお願いしたい。」

「ちょっと! 何でアレがここに有るのよ?」


 お爺さんお言葉にジェーンが驚きの声を発する。岩陰をのぞき込みたいけど、そうしたらバレるし……。そんな葛藤をしているボクを尻目にお爺さんの説明は続く。


「分からんが、儂の蒸気鎧『オブザーバー』がそこに在ると探知した。ジェーンは知っておるだろうが、『オブザーバー』は索敵重視の蒸気鎧じゃ。あの波長は間違いなくギブスン・スターリングだ」

「前々から聞きたかったが、何でアンタらは裏切るんだ、世界を牛耳ったと言う蒸気計算機を」

「……ジェーンについては知らん。ワシの場合は簡単じゃ。統一政府による戦争の根絶を願い活動した挙句が、企業間の戦争だ。それに絶望していたワシにギブスン・スターリングは囁きかけた。共に戦争を根絶しようとな。結果は、人類の根絶に加担してしまった訳だがな」


 しばしの沈黙は、きっとジェーンの言葉を待っての物だった。ジェーンは躊躇した挙句に一言だけ告げた。


「約束したのよ」


 その重々しい言葉に、流石のレイジーもそれ以上は問いを重ねる事は無く。ただ、確認を取る様に問いかけの言葉を放つ。


「爺さん、あんたの蒸気鎧『オブザーバー』がどんな精度か分からん以上、如何にも出来んよ。」

「そう言うと思ってな、『フェイスレス』が構築させたらしい前哨基地を幾つかピックアップした。この印が最新のもので、こっちが少し古い。」

「……蒸気鎧、持ってきているのか?」

「もう乗る事は無いのでな、索敵ユニット部分をがらくたに紛れて忍ばせてある。……ジェットパックも単なるカモフラージュの心算だったんじゃがな」


 そう告げれば、からからと笑うお爺さん。レイジーは暫し無言で居たけれど、皆に相談すると言ってその地図を受け取ったようだった。



 翌日、案の定、ボク達に出撃の命令が下って、地図に示された場所を襲撃した。そして、地図に記載された通りに前哨基地があり、多くの武器や蒸気鎧が配備されていたんだ。アレが全て運用されて居たら、『アンダーランド』も一たまりが無かっただろう。


 その情報の精度の高さから、お爺さんの言葉通りに『アンダーランド』の奥にあると言うギブスン・スターリングの主要計算回路を破壊するべく、そして、『アンダーランド』を解放するべくボク達は動き出した。

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