第2話 メルラントの機械兵

 ボク達は、今どこの空を飛んでいるんだろう。スカイスチームから離れて大分時間が経つけれど。気持ちのいい季節だけど、蒸気運搬機で飛び続けるのは、辛い。凄く揺れるから。サンドラもエリックもグロッキー気味。ボクだって強化蒸気鎧の揺れには慣れてるけれど、これは別物だ。キツい……。平気そうなのは、マリオン大佐くらい。レイジーは、運転席なので分からない。


 夕方にスカイスチームを脱出したボク達を乗せた蒸気運搬機は、夜通し飛んだみたい。疲れて寝ちゃったから、ちょっと曖昧だけど。そして、お尻や背中が痛くなって夜中に起きてから数時間。もう空が白く染まっているけど、まだ飛んでいるんだ。


「すいません、マリオンさん。何処まで、その、飛ぶんですの?」


 ぐたりしながらも、サンドラがマリオン大佐に問いかける。大佐は上部が開かれているコンテナの縁に両手を宛がい、懸垂する様に身体を持ち上げて周囲を見渡した。


「もうすぐですね、地形に見覚えがあります。30分とせずにメルラント前哨基地にたどり着きますよ。」

「前哨基地……?」


 おうむ返しにエリックが問い返すが、マリオン大佐はコンテナの縁につかまって、懸垂状態を維持したまま、口を閉ざして外の風景を見ていた。何処か懐かしむように、忌む様に。その横顔に浮かぶ表情は何も変わらないけれど、ボクにはそう思えた。



 ガタガタと大きく揺れた蒸気運搬機は、プロペラの回転数を落としていく。ボクには見慣れた光景だけどサンドラは怖かったのか、ボクとエリックの手を掴んでぎゅっと握っていた。そして、着地の衝撃と音が響けば、半ばべそをかいているエリックが小さく悲鳴を上げた。サンドラだって声を上げてないのにエリックときたら……。


 運転席の覗き窓からこちらを確認したレイジーの顔が見えた。大分疲れているように見える。運転中は寝る事も出来ないし、かまどの熱は体力を奪う。正直、一晩中運転する体力がレイジーにあった事が意外だった。その疲れた顔が見えなくなったと思ったら、ぎぃと鉄の軋む音が響き、コンテナの荷物運搬口が開く。開かれた鉄の扉、水平線の向こうから太陽が昇ってきているのが見えた。そのあまりの眩しさに、ボク達は顔を伏せたり、手で覆ったりして朝日を遮ると、レイジーが小さく笑う声が聞こえた。


「目が慣れたら見てごらん、ここが地上さ。」


 最初にその光景を見たのはサンドラみたいだ。彼女は凄いって小さく呟いた。ボクとエリックはどんな光景が広がっているのかと、恐る恐る顔を上げたら、レイジーの背後に広がっている光景に唖然とした。


 山や丘もなく、ただただ砂漠が広がる水平で乾いた大地と、対照的な緑に覆われた泉があった。確かに、死の大地だけれど、そこには生命の源がまだ残っていた。泉の傍には、寂れて人気はないけれど、物々しい建物がぽつんと立っている。


「ここがメルラント前哨基地です。あの建物の中はバンカーに通じています。私はそこの指揮官でした。」


 マリオン大佐が事も無げに告げた。ボク達はその意味も良く分からず、ただただ唖然として緑豊かなオアシスと、その向こうに広がる不毛な大地を見比べていた。



 レイジーがよろよろとオアシスに近づいていく。ええと、オアシスって言うのは砂漠の中にある泉の事なんだって。砂漠化した大地にも地下には水の流れが残っていて、それが湧き出している場所があるんだそうだ。


 そのオアシスの水でレイジーは顔を洗って、水を口に含む。そして、安堵したように息を吐き出した。蒸気運搬機の運転席のドアは開け放たれていて、その内部がいかに暑かったのか、ドア付近の空気がゆらゆらと揺れて見えた。レイジー、頑張ったんだね。


「大丈夫、レイジー?」

「眠い、もう、意識が朦朧としてる。大佐、私だー、結婚してくれー。」


 息も絶え絶えと言った風に、レイジーがそんな事を言った途端に凄い速度でマリオン大佐が走り寄り、素晴らしく綺麗なフォームで右アッパーを繰り出していた。


「がふっ! ふふ、マリオン、良いパンチだ……世界を狙える……ぜ。」


 意味不明な事を言って意識を失うレイジー。倒れるレイジーの身体をマリオン大佐はその首裏と膝裏に両手を差し入れ抱え上げる。サンドラが両手を組んでキラキラとした瞳で、ほう、と息を吐き出して告げた。


「お姫様抱っこですわね、あこがれます。」


 うん、絶対それは違うと思うよ、サンドラ。


 ボク達もオアシスの水を飲むには飲んだけど、一口がやっとだった。おいしい水だけど、グロッキー気味のボク達には、今何かを口にするのはきつい。マリオン大佐はその様子にある意味好都合だと告げた。どういう事と聞き返すと、食べたり飲んだりしては生理現象を誘発して大変だからだとか。もう少し待てば、居住区がある場所に行けるから、そこまでは我慢して欲しいって言われた。……飛び立つ前にトイレ行っておいて良かった……。お腹は空いて堪らないけど、1日何も食べないとか偶にあったからまだ耐えられる……。



 その後にマリオン大佐に誘われて物々しい建物の中に入った。中は外から見たよりも遥かに狭く、それだけ壁がぶ厚かった。部屋の一番奥……と言っても、入り口から数メートルの距離しかないけど。その奥の壁に設置されている奇妙な箱の前にマリオン大佐は立つ。そして、レイジーを荷材のように肩に担いで片手を自由にすると、その箱に何かいっぱい付いているボタンをポチポチと押していく。一体何をしているんだろうと思ったら、重々しい金属音が響いて、その後に蒸気機関が始動する独特の音が響いた。歯車が回り、何処かで蒸気を吹き出す音が響くと、壁の一部が二つに分かれ、人が通れる程の隙間を作る。その奥には地下に降りる階段が現れた。


「こ、これって、蒸気計算機を?」


 エリックが驚いたように告げると、マリオン大佐は頷いた。


「一年近く前までは、計算機技師も生きていたのですが。今は壊れてしまえば、もう直せません。」

「そんな最近までここには生存者がいらしたのですか、マリオンさん?」


 今度はサンドラが驚いたように口元を片手で押さえた。やはり、スカイスチーム以外にも生きている人達は居るんだ。ボクはちょっとした感動を覚えた。そんな会話を重ねながら足音を響かせて、地下に降りていく。この先には何があるんだろう?


 地下の通路は暗い。仄かな灯りは所々あるけれど、暗い物は暗い。ボク達はマリオン大佐を先頭に、そのスカートの裾をサンドラが握り、サンドラの空いている手をボクは右手で 握り、最後に続くエリックがボクの肩に手を置いた。折れた左腕は使い物にならないからね。レイジーは、相変わらず大佐の肩に担がれた荷物状態。寝すぎだよ……。それにしても、大分歩いた気もするし、大した距離は歩いていない気もする。何処まで行くんだろう?


 暫く無言のままに進むボク達。マリオン大佐を信用しないわけじゃ無いけれど、暗い見知らぬ道をただ進むのは……不安だ。不安を抱えるボク達を他所に、ずんずんと進んでいた先頭の大佐が不意に立ち止まった。


「誰だ!」


 大佐が厳しい声で、問いと呼ぶには強すぎる言葉を投げかけた。ボク達には何も見えないが、大佐の動きに不安と緊張が煽られる。サンドラとエリックが握る手に力を込めるのが分かった。


 慣れては来たけど、闇は闇。先に何があるのか、誰かいるのか見通そうと体を傾けマリオン大佐の背の先を見た。途端、まばゆい光が放たれて、目が眩む。


「ライネさん! 大丈夫ですの?」


 目が眩んで反射的に屈み掛けたボクは、手を握っていたサンドラと肩を掴んでいたエリックの二人に支えられる形になった。慌てたようなサンドラの声。ボクは大丈夫と返したけれど、まだ視界は真っ白。


「マリオン、今更何様だ。ここは俺達が占拠した。貴様の指揮下には既に無い。」

「死の猟犬……よりによってお前達が入り込んだか!」


 聞こえてきた声は低めの女の人の物。返す大佐の声も硬い。いやな予感がする。そして、その予感はすぐに現実の物になった。


「貴様っ!」


 不意の叫びは光を持った女の人の物だろう。今まで感じたことの無い悪寒が背筋を走り抜ける。これが殺意、殺気て奴なんだろう。吐き気すら感じるボクらを他所にマリオン大佐が居るあたりで、金属同士がぶつかり合う激しい物音が響く。


 ボク達はこの危機を無事に切り抜けられるの だろうか。いまだ、呑気に寝てるレイジーを微かに恨みながらボクは無事に切り抜ける事を見た事のない神様に祈っていた。


 

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