第3話 死の猟犬ベアトリクス

 暗い通路。そして、殺気を放つ何者か。その人が怒りを露に叫び、手にしたナイフでマリオン大佐に切りかかってきた。それを大佐は、メイド服に似合わない腰のベルトに下げていたナイフを片手で抜き取り、逆手に持ちかえて防いだ。ナイフ同士で鍔迫り合いが始まり、互いの視線が絡み合うとベアトリクスが叫んだ。


「その男を死なせたのか! 我等機械兵の救世主たる男を! 貴様ほどの者が何たる様か!」


 え、どう言う事? ボク等は呆気に取られたけれど、すぐにその勘違いに気付いた。だって、そうだよね。レイジーは殴られて気を失っているだけだし、未だ目覚めないのは夜通し蒸気運搬機を運転して疲れているだけだし。だけど、その言葉に過敏に反応したのは、なんとマリオン大佐だった。ボク達に背を向けたまま、きっと表情は何も変わっていないだろうけれど。背後に居るボク達にも分かる程の怒りが彼女の身体に籠るのを感じた。そして、その怒りは力となって解放される。


「……このマリオンが、むざむざ主を殺される無能に見えるか、ベアトリクス! その役に立たぬ残った目玉もえぐり取ってくれる……。」


 静かな言葉だった。だけど、凄まじい怒りを感じる言葉だ。正直に言えば、物凄く怖い。サンドラが思わずスカートの裾を離すぐらいに。そして、その言葉と共に信じ難い事が起きた。先ほどまで互いの力が拮抗して鍔迫り合いをしていた筈なのに。マリオン大佐が握るナイフが相手のナイフを断ち切った。レイジーを荷物の様に担ぎながら、相手のナイフを断ち切ってしまったマリオン大佐の力は、本当に凄いんだと思う。


 でも、ナイフを断ち切った一撃は、相手に届かず空を切った。最初に怒りを向けていた人は、大佐の一撃に驚いたのか、別の出来事に驚いたのか、急に後方に下がり様子を伺っているようだった。そして、大きな声で告げた。


「リーチェ、明かりを付けろ!」


 その叫びが通路を木霊して少し経てば、ガッコン! と言う音が響いて通路の壁の上部に等間隔に設置されていたランプに明かりが灯っていく。ランプなんて有ったんだ、全然気づかなかった。ともかく、明るくなった通路の先でボク達に対峙していたのは、マリオン大佐と同じような人形さんで、メイドさんだった。


 そのメイドさんはボク達をじっと見やってから、大佐に言葉を発した。


「人間か?」

「それ以外何に見えますか?」

「何処に居たのだ……?」

「空。スカイスチームと呼ばれるあの空中国家。」


 対峙するメイドさんは、ボク達一人一人の顔を見つめてから最後にレイジーを見つめた。その表情は変わらないけれど、何処か安堵したような雰囲気を感じる。レイジーは大佐を恩人って言っていたけれど、人形さんにとってはレイジーが恩人なんだろう。確か、救世主ってそんな言葉だったはずだ。


「……失礼した、マリオン大佐。謝罪する。」

「良いでしょう、死の猟犬の長ベアトリクス、貴方の謝罪を受け入れましょう。旦那様にベッドを、それと後ろの方々には食事と住居を提供して頂きたい。」

「承知した。……ついに己の意志で主を得たか、羨ましいよ、大佐。」


 落ち着きを取り戻した様子の二人は、非常に硬い喋り方でやり取りをしている。まるで、護衛局の軍人さんみたいだ。そんな事を思っているボク達に二人のメイドさんは一斉に振り向いた。対峙していたメイドさんことベアトリクスは、マリオン大佐と同じくらいに整った顔立ちをしている。人形さんだら当たり前なのかもしれないけれど。だけども、二人の容姿は全然違う。


 マリオン大佐は、長く癖のない銀色の髪を三つ編みにして纏め、意志の強そうな、力を感じさせる薄青の瞳と、つんと尖った鼻筋、引き締められた口元も、その意志の強さを表しているよう。気高いとか、そう言う表現が似合いそう。大佐って言葉からそれは伝わって来るけれどね。


 一方の、ベアトリクスは癖の強く、赤みがかった金髪を纏めることなく肩甲骨辺りまで伸ばしている。ウェーブヘアってやつかな。赤みを帯びた鉄色の瞳は、意志の強さも感じるけれど……。右目には眼帯をしているんだ。後で聞いた話だけど戦いで失ったんだって。でも、隻眼である事で歴戦の戦士って感じ。鼻筋は通っているし、大佐とはタイプが違うけれど美人だ。ボク、憧れるなぁ。


 並んでみると結構違う二人だけど、共通点もあるんだ。人形だからとかそう言うのじゃなくて……。見れば分かるけれど何故かメイド服を着ているってこと。メイド服は濃紺のブラウスに白いエプロンドレスと言うオーソドックスな物。頭の飾り……呼び名は良く分からないけど、ともかく頭の飾りも白い。スカート丈は長く足首付近まであり、靴は二人ともブーツを履いている。そして、腰にはごっついベルトを巻いているんだ。そこにはナイフだったり、剣だったりをぶら下げている。後で聞いたけどこれがメルラント中央区護衛部隊の標準装備なんだって。


 居住区に案内されながら色々と話を聞くと、ベアトリクスは結構気さくに教えてくれた。ほかの人形さんもメイド服姿だとか。レイジーが皆に初めて会った時は叫んだ言葉とか……。ベアトリクス自身は又聞きと言ってたけど。え、どんな言葉かって? なんと言うか、らしいと言うか……変だよ。だって、ここは地上の楽園か! って叫んだって。……レイジー、そう言うのが好きなんだね……。


 ええと、彼女達が言うには、メルラントと言う国が昔在ったけれど、亡んでしまったんだって。災害で国土の殆どをやられてしまい、砂漠の海に飲まれた国。最後の王様とその取り巻きが、この前哨基地に立て籠もったのは良いけれど、他に誰もいない生活の所為で徐々に精神を病んで、互いに殺しあったり、メイドさん達……正確にはメルラントの機械兵って言うらしいけれど。そのメイドさん達を襲ったりするようになったんだって。……酷い話だ。でも、程なくして殆どの人は死んでしまって、最後に残ったのが、メイドさん達の世話をしていたオルグランさんと言う技師だけになったんだ。


 そして二十年近く経った今から五年前に、レイジーが血まみれで倒れている所をマリオン大佐が見つけてここに連れて来たんだそうだ。傷が癒えたレイジーはオルグランさんの技術を引き継いでメイドさん達の修理を覚えていった。そして、メイドさん達の意志を自由にする? って言うのを習得したところで、オルグランさんは亡くなった。一年程前の事だそうだ。最後の言葉が彼女たちを自由にしてやってくれ、だったんだって。


 その言葉に従ったレイジーは砂の海の中からメルラントの国の中枢を探し出して、巨大蒸気計算機を起動してメイドさん達に自由を与えた。最も階級が高かったマリオン大佐はレイジーについて行って、中枢施設のガーディアンだった死の猟犬部隊と戦ったんだそうだ。大分痛めつけられたらしいけれど、レイジーが皆の意志を解放するまでは耐え抜いて、事無きを得たって訳。


 死の猟犬も戦いたくて戦った訳じゃないから、意志が自由に成ったらすぐに停戦したって。そんな二人だから仲はあんまり良くなかったんだろうね。仕方ない事とは言え、戦った間柄じゃあねぇ。ともかく、レイジーは人形さん達の恩人になったんだ。何でそんな無茶をしたのか、あとで聞いたら真顔でこう言ったそうだよ。世の中は義理と人情とオチュウゲンで回っているんだって。オチュウゲンが何なのか、良く分からないんだけどね。


 そんな風に一通り、過去の話を聞いた所で居住区と呼ばれる場所についた。そこは、偉い人が住んでいたと言うには、石造りの建物が並ぶだけの殺風景な場所だ。だけど、ボク等の住んでいたカザード地区の建物に比べたら、全然しっかりしていた。スカイスチームでは家は軽い作りが喜ばれたから、上層民以外は石造りの建物なんて建てられないんだ。


「本来、ここは兵士の詰め所ですからね。無骨な居住区が残るばかりです。ですが、地下水脈から水を引き、水道や下水処理は施されてます。一番奥の増設された仮宮殿ではシャワーも浴びれますよ。……ボイラー機関が生きていないとお湯は出ないと思いますが。」


 そう説明するマリオン大佐。その声に気付いてか、ボク達に気付いてか二人のメイドさんがやってくる。大佐やベアトリクスと同じ服装からやっぱり機械兵みたいだ。最早戦っていないベアトリクスを見て、彼女らは安心したのかも知れない。


「リーチェ、ラーナ、食事の用意と住居の清掃を。」

「それと、戦闘用強化蒸気鎧がまだ動くかの確認を願います。ライネにも戦ってもらう必要がありますから。」


 ベアトリクスの言葉の後にマリオン大佐が付け足した。何か今、トンデモないことを言われた気がする。やっぱり何かと戦わなきゃいけないんだ。一気に多くの事が起きて思考停止状態だったボクはハタと気付いた。そうだ、ボクは何のためにここに居るのか。どうして逃げ出さねばならなかったのか。サンドラを守らなきゃいけない。そのためには戦う力は必要だ。


「……敵はスカイスチームか?」

「その有力者の一人。炭鉱府の最高幹部が一人、フラハティ。抱える兵士数は数千は下らない。」

「何故そんな大物が、この子らを狙う?」

「正確には一人の少女を。あとは、その護衛ですよ。理由は不明ですが、炭鉱府が動くと言う事は新たなエネルギーに関する何かか、疑似飛翔石の生成にでも成功したのか。その辺りでしょう。」


 ……ボク達は殆どマリオン大佐には話していない。勿論、レイジーにもだ。でも、大体あっている。サンドラのお父さんは研究者で、何かを発見したらしい。でも、突然襲われて行方が分からなくなった。サンドラの家族は彼女以外、皆捕まったらしい。お母さんも、お兄さんも。幸せだった彼女の家庭はその発見で無茶苦茶にされてしまった。


 でも、ボクにも敵の思惑は分かる。石炭を必要としない動力とか発見されたら、困るのは炭鉱府だ。鉱夫達も困るだろうけれど、また仕事を探せばよいだけだ。元々、炭鉱堀りに男手を取られて、女たちで何とか日常を維持してきたけど、男手があれば皆もっと楽が出来る。だけど、炭鉱府は違う。予算とか権力とか良く分からないけれど失いたくないんだと思う。ボクは黙って二人の話を聞いていた。サンドラもエリックも黙って。マリオン大佐はともかく他のメイドさん達がどんな結論を出すのか少し怖かった。


「つまり、ナイト二人にプリンセス一人か。面白い、主も無く任務も無く暇を持て余していた。俺達にも一枚噛ませろ、マリオン。」

「私が統括する事になるが?」

「いいや、統括するのはレイジーだろう? そうであれば尚更に、だ。」


 何となく渋い感じをマリオン大佐から受けたけど、結局大佐は頷いた。ベアトリクスはボク達の前に立って、口元を僅かに釣り上げて言った。


「そう言う訳だ、宜しくな。しかし、護衛が少し貧弱だな。戦い方も教えてやる。」


 楽しそうな雰囲気で告げるベアトリクスを見ながら、ボクは違う意味で驚愕していた。メイドさん達は……笑えるんだと。

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