第3.5話 ルフス・テンペスタース

 ボク達がご飯を食べている間もレイジーは眠り続けていた。居住区にはベッドは幾らでも空いているし、ずっと占拠されていても問題はないんだけど。ボク達がシャワーを浴びてすっきりしたり、今後の事を大佐たちと話し合ったりしている間も、レイジーは眠り続けていた。そこまで寝ていると流石に不安になってくる。だから、時々変わりばんこに様子を見に行こうって話になったんだ。


 丁度、ボクがレイジーの様子を見に行った時の事だった。レイジーが寝ている居住区の建物に入ろうかと言う時に、レイジーがうなされて居るのかうめき声が聞こえた。慌てて建物の扉を開けて中を覗いても、レイジーはベッドの上で静かに横になって居る。今の声は何だろうと不思議に思いながら足を踏み入れると……心臓が凍り付くかと思うような、気配に辺りが包まれた。


 本当に唐突にそんな状態に陥ったボクは、助けを呼ぼうにも声を上げる事も出来ない。傍に居るレイジーは眠っている。気配の元を探そうと、周囲を見渡すと建物の壁に朧げな影が浮かんでいた。それは、ボクが気付いたのが気に入らないのか、此方に片手を翳し、喉を締め上げた。声が出ない……。苦しい……。このまま死ぬのかなって悔しくて、悲しくて。涙が勝手に零れ落ちる。何だよ、昨日からずっと泣いてばかりだ。


「がっ……は……。」

「おのれ……ルフス・テンペスタース……怨敵……我が……殺す……」


 何を言っているのか分からない。一層激しく喉が締め上げられた。意識が朦朧としてくる。死にたくない……。サンドラ……エリック、レイ……。


霧方きりかたっっ!!!」


 突然、レイジーが跳ね起きて奇妙な動きをした。まるで、ライフルを撃つかのような体勢になり、指先は引き金を引くように動かしながら絶叫を放ったんだ。途端、ボクの心臓を締め上げていたような感触は立ち消えた。滲む視界で影が浮かんでいた壁を見たけど、そこには何もなかった。咳き込みながら、レイジーを見やるとその体勢のままコトンってまたベッドに倒れ込んだんだ。


 その光景に、嫌な予感を覚えた。まさか、さっきの幽霊? みたいのがレイジーを連れて行ったんじゃないかって……。苦しかったけれど、それが怖くて慌ててよろよろとレイジーに近づき、無事かどうかを確認した。……良かった、生きてる。


「レイジーっ! レイジーっ!! 起きてよ!」


 安堵でまた涙がこぼれて出てきた。それほどに今の経験は鮮烈だったんだ。怖かったし、訳が分からなかった。如何したら良いのか分からなくて、右腕で一生懸命にレイジーを揺り動かす。その内、レイジーは目を覚まして……。


「如何した、ライネ。怖い夢でも見たのか?」


 って、僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。落ち着くまでそうしてレイジーは頭をなで続けていたけれど、ボクはこの時は気付かなかった。その視線が、真っすぐに消えた幽霊が居た場所を射抜いている事に。だから、次にレイジーが小さく呟いた言葉の意味も分からなかった。


「死して使役されるとは。哀れな男だ。」


 サングイン・ネブラ。確かにそんな言葉を付け足した。ボクが何のことか顔を上げると、また一つ頭を撫でてレイジーは笑いながら告げたんだ。


「さて、ライネ。君が涙を流した跡を残しっぱなしにすると、ボクの命が危ないから、拭いておくれ。」


 さっきのアレは、ボクが見た怖い夢だったのかなとその時はそう思う事にした。大変だけどボクが生きてきた日常が戻ってきた、そう思えるだけの実感をレイジーが与えてくれたから。

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