第4話 新たな日常

 メルラント前哨基地と呼ばれるバンカーでの生活がボク等の新たな日常になった。お日様が恋しくなる地下の生活だけど、外に出れない訳じゃない。何よりここは安全性が高いし、何より暑さも寒さも一定で過ごしやすい事が分かった。


 砂漠地帯は、空にあるスカイスチームよりも昼は暑くて、夜は寒い。一年中そうらしい。空高い方が暑くて寒そうなのに。その理由は簡単だった。スカイスチームは空の決まった軌道を進む船みたいな物で、砂漠地帯以外を飛んでいるんだって。だから、気候が砂漠地帯とは違って、空には雲があるし……何より蒸気機関が吐き出し続ける煙があるからだって。アレは肺を悪くするけど、太陽光を遮ったり、温度を逃がさない役割も担うんだって。後、霧の元に成ったり? なんだか難しい。


 だから、ボク達はお日様を浴びに外に行く時と、戦闘訓練以外ではあまり外には出ない。外での訓練も日が落ちかけないとできない。倒れたら火傷しちゃうもの。ボクは最初の内は訓練する事も出来なかったけれどね。腕、折られちゃってたから。だから、エリックやサンドラが訓練を受けて頑張っている間も、一人静かにしていなきゃいけなかった。……二人が頑張っているのに、僕だけのけ者になった気分。


 最初の内は二人の様子を見ていたりしたんだけど、その内居た堪れなくなって見に行かなくなっちゃった。情けないよね。それが恥ずかしくて、情けなくて、自分にがっかりしていたら声を掛けられたんだ。ベアトリクスの部下のメイドさんのリーチェに。彼女は服装はマリオン大佐やベアトリクスと一緒だけど、やっぱり容姿は違った。ボブカットの金色の髪、丸くてきらきらした茶色の瞳、ふっくらした顔立ちが可愛い感じ。ボクとは明らかに違う女らしさも感じた。


 その彼女が、優しく声を掛けてきたんだ。ボクが塞ぎ込んでいるのが分かるみたい。それで、気晴らしに字を教えてもらう事になった。うん、ボクは荷揚げ場で働いていたくらいだからスカイスチームの文字も碌に書けなかった。だから、彼女は文字を覚えて日記でもつけると良いですよって。ラブレターも書けるようになるしと、茶目っ気たっぷりに笑いながら言い添えて。


 ボクは気恥ずかしさを覚えて、最初は拒絶したんだ。いいよ、ボクには似合わないって。彼女は僕の目をじっと見て、そして謝ったんだ。茶化すような事を言ってごめんなさいって。ボクは、余計に自分にがっかりしてしまったけれど、彼女は僕の右手を両手で掴んで言うんだ。私もラブレター書きたいから一緒に勉強しませんかって。ボクも、意地を張らずに頷きを返した。


 それが、今話している内容の大元である日記って訳。


 逃げ出した日から今までの事を思い出したり、あの時は知らなかった教えてもらった言葉を復習がてら書いたりした。誰かに見せる気なんてさらさら無いけれど、文字を書くのって楽しいな。……万が一、ボク達が倒れてしまっても、何を考えて、何をしていたのか残るのは、何処か救われる気がする。そんな事を考えながら書き続けていた。


 ええと、話が暗くなっちゃうね。話題を変えよう。……そうだ、レイジー。レイジーだけは訓練とかしていないんだ。あの怖い夢を見た後から、レイジーは起き上がって行動を開始した。何をしているのか良く分からないけれど、部屋に籠って何かしてる。食事の時に一度、何してるのって聞いて見たら、一瞬考える様に視線を彷徨わせてからこう言ったんだ。神殿を構築してるって。良く分からないけれど、凄い真面目な顔で言ってたから、皆問いかけるのは躊躇われた。ボク達の様子に気付いたのか、少しだけ笑って自分の使う不思議な力の鍛錬の場を作るんだって教えてくれた。


 レイジーが使う魔術と言う力は、本当に分からない。だって、なんか言葉を告げるだけで風が起きたり、雨が降ったりするんだよ? それも、強化蒸気鎧を纏った大人の男を気絶させたり、体長5Mを超えるサンドワームって言う化け物(この大きさでも子供だって……)を溺死させたり……。レイジー以外が使っていたら、ボクも怖かったに違いない。でも、レイジーは何処か抜けててジョークばっかり口にする惚けた所と、凄く人を大事にする優しい所があるって知ってるから怖くない。エッチな事も口にするけど、なんだろう、酒場の酔っぱらいとか、素面でもそういう事言う男達とはどこか違う印象を受けるんだ。これはレイジーが人形好きな所為なのかな? そうなんだろうとボクは勝手に思ってる。


 けれど、如何やらエリックもサンドラもレイジーは普通の男とは何か違うって思ってることが分かったんだ。訓練を終えた二人と漸く左腕を動かせる様になって来た頃に、そんな話題で盛り上がった。当の本人は構築した神殿でメイソウするからって引きこもってる。一緒に暮らすと分かるけど、レイジーはそういう一人の時間を結構持つんだ。意外だよね。


 それはさて置いて、当人の居ない所で面白いねって盛り上がって居たら、マリオン大佐がやって来て、話に混ざったんだ。ボク達の言葉を聞き、一々頷いていたマリオン大佐だったけれど、そう感じるのは大佐達が好きな所為かなって言ったら、何か考える様に動きを止めてしまった。それで、不意に気付いた。人形さん達とボク達って自然と分けて考えていたことに。身体は作り物でも、ボク達と同じく自分で考えて行動している人たちにを自然と差別していたんじゃないかって。


「ご、ごめんね、マリオン大佐。ボク達そう言う心算じゃなかったんだ。」

「……はい? ああ、なるほど。種族と申しますか、色々違うので区別がされるのは当然ですよ。私が考えていたのは旦那様のアレは、浮世離れしているだけなのか、性欲を含めた欲望を捨てているのか悩んだだけですから。」

「区別?」

「区別と差別は別物です。例えば、あなた方の食事は木の実や動物の肉、それに穀物を加工したものが主です。ここは備蓄がたっぷりあって良かったですよ。膨らみかけた缶詰も多いですが。……それはさて置きまして、一方私たちはタールを燃料に内燃機関で動力を得ています。燃費は良い方なので同じとは言えません。時折、内部調整のために黒煙を吹き出したりしますしね。それに、生物としてはあなた方にはかないません。」


 だから、そうマリオン大佐は言いかけて、珍しく言い淀んだ。そこには大きな悩みや迷いが感じられる。そして、ボク達も何となく気付いてしまった。


「だから、私達機械兵は、従者ぐらいが……。」

「そんな事ありませんわ!」


 サンドラが大きな声を上げて、ずいっと前に身を乗り出して対面に座っていたマリオン大佐に顔を近づけた。


「悲しい事を仰らないでください! 私にとって……いいえ、ライネさんやエリックにとっても、そしてレイジーにとってもマリオンさんは大事な友人です! レイジーにとってはそれ以上かもしれません。じゃなければ、あなたを抱えてスカイスチームまで飛んできて、直したりしませんわ!」


 そう力強く告げて、マリオン大佐の綺麗な手を、レイジーが頑張って直していたその手を握った。ここでの数か月の生活の所為で、サンドラの手は以前のような嫋やかさはない。だけれど、前に進もうと足掻く彼女の手は一層美しいと思えた。それにしても、エリックはいつの間に呼び捨てに……。あ、レイジーは元からそう言う性質だから良いや。


 ボクがエリックをそっと見やると、彼は自分の手をじっと見つめていた。いつの間にか、豆が出来て潰れてを繰り返していた指先。そう言えば、以前に比べて少ししっかりして来たみたいだ。レイジーにここの技師だったオルグレンさんの技術を教わっているみたいだし。……ボクだけ取り残されているなぁ。腕が治って目の前の主治医からオッケーが出たら頑張らないと。


 その主治医ことマリオン大佐は、サンドラを見て、ボクとエリックを交互に見やって、そっと頷いた。そして、小さくありがとうって告げたんだ。それから、ボクの左腕へと視線を転じれば。


「ライネ、そろそろ真面目にリハビリをしないといけませんね。あなたには戦闘用の強強化蒸気鎧を身に着けて頂きたいのですから。」


 と、いつもの大佐殿に戻ってそう声を掛けてきた。はいっ、大佐殿って返事をしたら通りかかったベアトリクスが大笑いしながら通って行った。その様子に呆れた様に、でも少しだけ嬉しそうに大佐は口元に笑みを浮かべていた。

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