第6話 バンカー内の攻防
敵が来るとレイジーが告げれば、皆の行動は速かった。真面目な口調のレイジーの言う事は信用度が違う。普段のレイジーだったら、信用度は最低ランクだけれど、真面目な様子の時は……つまり、まったく目が笑っていない時の信用度は最高ランクだ。前にそんな事を当人に話したら、私のカブは乱高下が激しいなぁとボヤいていた。普段の言動の所為だと思うけど……。
話を襲撃時に戻すと、まず通路で迎え撃つのが良いって話になった。長い通路は戦うには狭く、大勢で来られても少ない人数で対応できるからって。ベアトリクスを先頭にラーナとリーチェ、それにエリックが通路に向かう。マリオン大佐とサンドラが幾つかこのバンカーの空気口など、外部に繋がる場所の確認をしている。ボクはアルジャーノン型の炉が温まるのを待っている状態だ。レイジーは……険しい顔で視線を彷徨わせている。何をしているのか分からないけれど、今のレイジーなら遊んでいるって事は無い筈。
ボクは炉が温まるのを待ちながら、状況にやきもきしていた。漸くアルジャーノンの内部に蒸気が回り始めるのを外部のメーターで確認して、急ぎ背面のハッチを開けるハンドルを回す。ワット型と違って背中から引きずり出され難くしてあるアルジャーノン型は、蒸気の力でハッチを開閉する仕組みまで持っていた。それは、普段であれば心強いんだろうけれど、こんな急な襲撃には不利になる。一長一短だ。
通路の方で銃声が響きだした。エリックは大丈夫だろうか。ベアトリクスやリーチェにラーナは、銃を前にしてもマリオン大佐の様に戦えるのか。不安はボクの心に忍び寄る。それを振り払うように頭を左右に振り、ハッチが開けて中へと滑り込み、両手、両足を所定の位置に差し入れる。そして、左足のつま先で備え付けられたボタンを押すとハッチが締まりだす。
「ボクも行くよっ!!」
ハッチが締まり切る前に大きな声で皆に告げれば、ボクは駆けだした。通路に付くまでの短い時間に、アルジャーノン型が既存の戦闘用強化蒸気鎧であるキュニョー型より優れている点と劣っている点を再確認する。出力と機動性はアルジャーノン型の方が高く、専用武器の存在も大きな利点だろう。一方で装甲の厚みと何よりその数がキュニョー型の強みだ。多勢に無勢となったら、流石に勝てない。そして、フラハティならば当然の様にその数を揃えて襲撃してくるはずだ。
ボクが戦闘に至る緊張に晒されながらも、通路に差し掛かった。その途端、それは起きたんだ。唯一の通路の空気口付近で、ドンッと言う大きな音が響いた。そして、鉄格子が嵌められた小さな穴から一瞬だけ炎が噴き出した。
空気口付近には誰も居なかった事が幸いしたけれど、問題は更にその後も続く。身体を震わせる地響きが鳴り、バンカーの空気をも震わせる。鉄格子の向こうからパラパラと小さな石ころが転がり落ちてきた。それが何であるのか気づく前に、空気口付近の手掘りの洞窟に亀裂が走り、あっと言う間も無く土の重さに耐えかねた様に固められた土壁は崩れ落ち、上から土砂が流れ込んできた。
「ライネっ!」
誰かの叫び声。ボクだって呆けていた訳じゃないからすぐに後ろに下がった。おかげで土砂に巻き込まれることは無かったけど……。
「分断されましたね。早急に脱出して、通路から攻めてくる奴らの背後に……?」
マリオン大佐の冷静な言葉に陰りが落ちた。何処かで、ドリルが回転する音が響いている。岩盤を貫くためだけに刃を回転させる独特の音を響かせて、ドリル音はゆっくりと近づいてきた。その音は土砂が崩れ落ちた空気口の上から近づいてくる様だった。それに気付けば、サンドラとマリオン大佐もボクの傍に来た。正確には、崩落で消えてしまった空気口付近を伺える位置に。レイジーは傍には来なかったみたいだ、強化蒸気鎧の内部は視界が制限されるから、状況が掴みにくい。
ボクはアルジャーノン型専用の武器、蒸気式のワーム撃ち銃を手放して、背中に背負ってたワーム撃ち銃専用の蒸気機関を下した。そして、腰に吊るしてあった銃剣付きの蒸気式ライフルを手にする。ワーム撃ち銃は口径が大きいから、撃ってしまえばその反動、衝撃でまた土砂が崩れてくるかもしれないから。
ボクは手にしたライフルの銃床の前の方、フォアエンドと呼ばれる部分についている蒸気循環バルブを回して蒸気を充満させる。グリップに近い位置についている蒸気メーターで充填率を確認する。蒸気を注入させるライフル用タンクは六発分……。弾は既に込めてあるから、安全装置を外してトリガーを引けば蒸気の力で弾が打ち出される。これが、一般的な銃の仕組み。
ボクの脳裏に、この一年ちょっとの間叩き込まれた知識が洪水の様に頭の中を駆け巡る。こんな状況では、やはりライフルを使うしかない。弾は……十八発。蒸気タンクは三つ。……いざとなったら、銃剣で戦うしかない。そう心の中で踏ん切りを付けていると、音の主が姿を現した。それは……マリオン大佐やベアトリクスに似て、そして異なる者だった。
両腕にドリルを付けて、土砂を描き分けて出てきたのは人形。大佐やベアトリクス達に比べて、遥かに無機質で、何と言うか工業品みたいな感じだ。土にまみれた姿で土砂を貫き現れた人形は、土砂を滑るようにして降りてきて、ボク等に相対した。そして、相対したのは一体だけじゃなかった。後から、後から滑り降りてくる。その数は十、二十と増えていき、三十で止まった。
「スカイスチームも機械兵の生産に成功していましたか。」
マリオン大佐の声が冷たく響いた。その声はいつも通り静かだったけれど、その声は不快げだった。でも、ボク達はスカイスチームであんなのを作っていたなんて聞いた事が無い。穴を掘って出てきた人形たちは一様に白い布の切れみたいなボロを纏っていた、そしてその手には……人を殺せる武器。剣や槍、弓と言った古くから伝わる戦争の道具だ。機械兵には銃器を持たせない。それがメルラントの方針だったみたいだけれど……スカイスチームでも同様だったみたい。滑り降りてきた人形たちは相対しながら動かなかった。まるで命令を待っているかのように。
「メルラントの機械兵、本物はずいぶんと人間に近い。」
不意に響いた声は、男の物だった。聞いたことはない。その男は滑るようにでは無く、ゆっくりと少しだけ中を浮いて降りてきた。そんな事が出来る力は一つしかボクは知らない。レイジーと同じ魔術師……。ボクはライフルのグリップを強く握りしめていた。ライフルがアルジャーノンの力に抗議するように少し軋みをあげた。そして、その抗議をかき消すように遠くで異様な音が響いたんだ。凄い勢いで弾を、何発も、いや何十も一気に発射されるような凄まじい音が。ボクはベアトリクスが言っていた、一分間に百の弾を撃ち出せると言う蒸気式ガトリングを自然と思い出した。バンカーには、無かった武器だ。勿論、ワーム撃ち銃と同じく生身で扱うのは難しい筈。
「始まったか。いや、お前たちには感謝している。スカイスチームでは試す事の出来ない兵器の数々の実験が、ここでは可能なのだから。フラハティさんも……さぞお喜びになるだろう。」
「サンドラは、もう必要ないと?」
「元よりガキは必要では無かった。ガキが親父から託された物だけが欲しかったのさ。しかし、そいつも必要ないかもしれねぇな。」
気取った言い回しをしていた男はレイジーの問いかけに、地を晒しながら可笑しげに笑って答えた。そして、人形たちに指示を出したんだ。
「殺せ。」
途端、人形が吹き飛んだ。三体ほどまとめて。見るまでもなく、マリオン大佐が鎖の付いた手首で発射させたのだろう。ジャラジャラと響く鎖の音がそれを物語っている。
「大佐、サンドラ、そしてライネ。君らは人形もどきを壊して楽にしてやれ。見るに堪えない。ボクはあの男を殺る。」
空気が凍り付く。レイジーはいつものレイジーではなくなっていた。いや、姿形は変わらないし、ボク達や相手の人形に対しても然程普段とは変わらない様子だ。楽にしてやれなんて言うくらいだから。でも、魔術を使う男に対しては別だった。殺意が凝る。レイジーの過去に何が在ったのか知らないけれど、これは……。
「大きく出たな。だが、俺を殺せるなどと思いあがった事を後悔させてやるっ!」
吼える男。こうして、不安を抱えたままボク達の戦いは始まった。
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