第26話 特訓のライネ

 船から物資を運び込み、ここ『アンダーランド外部武器庫』を要塞化する事が決まった。そうと決まったらメイさんの動きは早い。船員たちに号令をかけてテキパキともって来る物、人員の配置など進めるんだ。


 ボク等は荷物運搬の護衛をしたり、周囲の状況を知るべく偵察したり……生き残っている人達を助けたりと、何かと忙しかった。忙しかったんだけど、途中でアルジャーノンの足回りを改造しようって話になった。ジェーンの蒸気鎧ペネトレイトにせよ、フラハティの蒸気鎧達にせよ、飛翔石を用いてホバリングしているから、動きが全然違う。


 頑張って走って、走って、走っても全然追いつかないし、まともに戦うには今のままじゃちょっと辛い。船から降りて、『アンダーランド外部武器庫』に来ていたネイさんとレイチェルに相談したら、『ウエスト・サンドハーバー』で拾ったあの蒸気鎧の足回りの装置が規格に合いそうだって言うんだ。あの、地下に眠るメモリーギアが搭載されていた奴ね。フラハティの蒸気鎧達は、作りが雑だから無理だとも言ってた。まるで使い捨てだからって。


 そして、装置をくみ上げて、脚部と合わせて、さあ動くぞってなったんだけど……。ボクは上手く動けなくなった。バランスをとるのが難しいって言うか……。だから、ボクはジェーン頼み込んだ。走り方を教えてくれないかって。ジェーンのようには戦えなくてもサポートは出来る筈だからって。


 最初は、面倒がっていたジェーンだけど、根負けしたように最後には頷いてくれた。そして、特訓が開始されたんだ。どう動けば空気抵抗を減らして動けるとか。どのタイミングで推力出力を片足だけ上げれば、上手くターンできるか。ホバー移動しながら蒸気式ライフルを撃ち、どのタイミングで銃剣の攻撃に切り替えるのかとか。


 毎日、仕事をこなした後はそうやって色々と教えてもらったんだ。


 色々と教えてもらう事になったのはジェーンだけじゃない。ルシオにも銃の扱い方を習った。これは生身の話だけど、生身で扱い方を覚えておけば、蒸気鎧を纏っても感覚的には使える。何で、急にそんな事になったのかと言えば、ルシオも銃の扱い方を再訓練始めたからなんだ。


 レイジーに弟子入りしたルシオに求められているのは、レイジーの様に戦える事。蒸気鎧を纏わないただの人間の筈のレイジーやルシオは、油断を誘い撃破しやすいから。……そうなんだ、フラハティの送ってくる機械兵たちは、何時しか感情を芽生えさせていた。それは、本来良い事の筈だけど……。スカイスチームの機械兵が持つ感情は強者の愉悦、人間への苛立ち、そして破壊の喜びなどだ。


 ルシオがレイジーに撃たれて撤退した際に、手当てした機械兵がフラハティの手で破壊されたのは、そんな労りや慈愛なんて持って貰っては困ると言う事だったんだろう。そんな理由で壊されてしまった名前も知らない機械兵に、ルシオは礼も述べていなかったと悔やみ、銃を上手く扱えるように、風が銃弾に乗る様にって訓練を始めた。


 それに、ボクも便乗したって訳。やっぱり、拳銃も咄嗟の武器として使えないといけないって思ったんだ。ボクは皆の様なこれと言った特技が無いから。だから、何でもやってやろうって気持ちで頑張った。


 そんなボクの様子をマリオン大佐やサンドラは気に掛けてくれたけど、大丈夫って言ってボクは訓練を続けて……疲れからか熱を出してしまった。最初は何とか誤魔化そうとしたんだけど、ジェーンに怒られて、レイジーに怒られて、最後にはマリオン大佐にきつく叱られた。


「ライネ、体調管理も大事な義務です。でも、それ以上に自分の体調を誤魔化してはいけません。頑張るのは良い事ですけど、自分の事も労わってあげないと。」


 最後にそう言って、マリオン大佐はボクを何時かの様に抱きしめてくれた。柔らかな胸に抱かれると昔、母さんに抱かれていた時の事を思い出した。……そんなボクを遠くからレイジーが羨ましそうに見ていたと後でエリックに聞いたけど……如何言う事なのかな、レイジー?


 それはさて置き。皆に叱られたボクは、早く体調を直すように宛がわれたベッドに横になっていた。熱に浮かされながらも、うとうととし始めたボクは、また変な夢を見る事になった。


 それは炎の夢だった。空には一杯の大きな鉄の鳥。けたたましく鳴り響くのはサイレン。鉄の鳥が連なって落とすのは、砲弾? それが違う事はすぐに分かる。それは落ちれば周囲を焼いた。木の家ばかりのその街が容易に燃え出す。人々の悲鳴、恐怖。巻き起こる炎が全てを飲み込んでいく……。


 それは閃光の夢だった。鉄の鳥が落とした一個の鉄の塊が引き起こした惨事を、ボクは語る術を持たない。衝撃で多くの家が崩れたけど、それすらあの閃光が……死の光がもたらす被害に較べれば、軽微と言うしかなかった。火傷の所為か、喉の渇きを訴え死んでいく人達、死体に湧く虫。生き残った人たちを襲う奇妙な症状。ああ、あれは本当に死の光だ。


 また場面が変わった。夢の中とは言え、ボクはほっとしていた。熱の所為ばかりじゃない嫌な汗をかいているのが分かる。今度の場面は、幾人かの人が集まって話し合っている。


「これがアカシャ年代記に記された未来視の結果だ。」

「帝国の興亡は元より、数多の臣民がその様な惨い仕打ちを受けるとは。」

「軍の権限を弱め、諸外国の敵意を逸らすには、これしかないかと。」

「……本国以外の統治権を返還するか。」


 何やら話をしている人達の顔は皆厳しい表情だった。


 そして、また場面が変わる。それはいつか見た建物の中の夢だった。あのガラス張りの建物。机を前に椅子に座る視線の主が呟く。


「戦を回避したツケがこれか? 捻じ曲げた歴史の修正力だとでも? 荒廃の力がここまで強くなるとは……。彼の地で炎と死の追儺ついなを行うより無いのか?」


 呟く視線の主がモニターを見た。そこには、八つの頭を持つ大きな蛇が小さな街を襲っているのが見える。それを食い止めようと足掻いているのは……皆、魔術師の様だった。


「神代の獣が蘇る程に、儂の行いは間違っていたのか? あの惨い死が……数百万の死がこの繁栄の礎に無ければ、それは歪みだとでも!」


 遂には、激高したように怒鳴りつけた声をボクは知っている。頭の中に響くお爺さんの声だった。


「そう、これは儂の過去だ。未来を垣間見、未来を変えたその先で、尋常ならざる脅威が蘇る。儂は、儂の行いの結果を受け入れる事が出来ず、生贄を求めた。荒廃の力を鎮めるために、な。」


 そして、真っ暗になり何も見えない状態で、お爺さんの声が木霊した。その声に込められている感情を、何と言えば良いのかボクには語る事は出来ない。後悔、怒り、悲しみ、諦め。そんな感情が入り混じっていた。でも、その声の調子が少しだけ変わった。


「その結果、儂は悪党になり、討たれた訳だ。……ライネや、異界の少女や。儂はレイジーやサングイン・ネブラがこの地にやってきたその時から、お主の中に居る。……事を成すのに神祖と化した事で中々死に辛くなった結果なのだがな。」


 その言葉にボクは目を丸くした。全然そんな感じは無かったし、あのバンカーの襲撃時まで誰かがボクの中に居るなんて思いもしなかった。当たり前だけどさ。


「儂は死に逝く身、余計な事をするまいと意識を閉ざして滅びを待っておった。だが、お主はレイジーと出会い、サングイン・ネブラの霊とも出会った。それからは、何が起きるか、お主を通して見て、考え、感じてきた。お主もそうだが、サンドラやエリックは良くやっておる。困難に立ち向かい、助けを借りながらでも如何にか超えてきた。」


 今、頭に響く声は優しい。何だか孫に話しかけているお爺ちゃんって感じがする。


「それを見て、儂は自惚れて居ったのかもしれんと気付いた。儂は祖国が戦をするのを回避した。あらゆる手段を使ってな。その為、本来ある筈の歴史を歪曲した為、異常な出来事が起こり始めた。儂は、その際にただ結果を受け止めて、後世に託すべきだったのだ。魔術師であろうとも人間一人の力に何ができるか、とな。」


 もしかしたら、お爺さんは本来こう言う声で話をして、穏やかに魔術とか教えていた人なのかもしれない。良く分からないけど、でっかい蛇とかが出てきてしまった事とあの恐ろしい光景を回避した事を結び付けて、悩んで悩んだ挙句にレイジー達とは別の道を行ったんだろうって、思えた。だって、そうじゃなきゃ、レイジーと一騎打ちをしていたおじさんとか、従ってないと思うんだ。その、サングイン・ネブラは知らないけどさ。


「……恐れるべきはフラハティよ。サングイン・ネブラは狡知に長けた男だったが、魔術師としての腕は悪くなかった。強固なエゴがあったからな。だが、フラハティはそれすら飲み込んだ。奴に対抗するためにな、ライネよ。儂がお主に初歩的な魔術を教えよう。お守り代わりにしかならんが、無いよりはマシだ。」

「へ?」

「不服でも、学んでもらうぞ。毎晩夢枕に立ってやるわい。そうすることで、お主ら三人の生き残る率が高まるならばな。……全て終わる頃には、儂は消えるだろうから、興味があればその後はレイジーにでも教えてもらえ。」


 ちょ、ちょっと、性急すぎるよ! 大体、魔術なんてそう簡単に使える物じゃないでしょう? そう慌てるボクの意識に笑い声だけ残してお爺さんの声は消えてしまった。……そして、翌日にはすっかり元気になったんだ。


 それから? うん、まあ、そうだね。ジェーンに蒸気鎧の動かし方を学んで、レイジーに修行を付けてもらって、無駄に燃えてるルシオに銃の撃ち方を学んで、夢の中ではお爺さんに魔術を学んだ。……本当に、大変だったよ。


 でも、そのおかげでボクはジェーンよりは劣るけど、敵の蒸気鎧を撃破できるようになったし、何となく敵がどっちから来るかもわかるようになった。危険予測って言うらしい。ボクが活躍しだすと、エリックもサンドラも頑張って色々勉強するみたいで、三人で功績を張り合ってみたりした。


 そんな時間が数カ月も過ぎると、スカイスチームで大変な事が起きていると言う情報が寄せられたんだ。何でも多くの人が蒸気運搬機で逃げ出していて、各地で助けを求めているって言うんだ。如何言う事なんだろうって話し合っていたら、誰かが空を指差して叫んだ。


「スカイスチームだっ!」


 って。


 フラハティが、遂にスカイスチームを空飛ぶ要塞に仕立て上げたんだと皆が考えた矢先、ジェーンはまだ遠くを飛ぶスカイスチームを見ながら言った。


「フェイスレスなら……どこかの街に落とす気よ。」

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