第27話 老いた賢者

 ボク達がスカイスチームを見つけたのは、とあるお爺さんが率いる生き残りの一団を保護した時の事だった。『アンダーランド外部武器庫』は名前を『アンダーランド解放基地』に名前を勝手に変えて、生き残りの人達を保護していたからだ。


 何でも、サンドハーバーの襲撃をやり過ごしたと言う数十人の一団を見つけて、解放軍基地に連れてきた時に、西の、遠くの空に浮かんでいたのがスカイスチームだった。ボク達の記憶にある姿と違うのは、黒煙を立ち昇らせている事だ。アレは蒸気機関の放つ煙じゃない! 石炭じゃない何かが燃えているような……火事やその様な物を思い起こさせた。


 それに、その移動速度は目を瞠る物があったんだ。普段のスカイスチームならば1日で数キロ移動するかどうか、風とか条件が合えば十数キロ進むと言う感じなんだけど、今はまるで違う。すべての蒸気機関をフル稼働させているのか、ずんずんとその大きさを大きくしている。


 そのスカイスチームからパラパラと破片の様な物が散らばって、此方に向かってくる。最初、それが何か分からなかったけれど、それが蒸気運搬機じゃないかって誰かが口にしたんだ。無数に散らばる破片の様に、何人もの人を乗せたであろう蒸気運搬機が飛んでいる……。


 一体、スカイスチームは如何なっているんだろう。カザード地区の皆は無事なのかな……。狭い世界しか知らないボク達ですら、気に掛かる人の顔は無数に浮かぶ。交友関係が広ければ広いほど、心配な相手は増えていく。ルシオなんかは眉根を寄せて、じっとスカイスチームを見据えていた。


「見ろっ!」


 誰かの声が響いた。見れば、無数に散らばる蒸気運搬機の内、数機が不意に火を噴いて落っこちていく! え、何? 何なの! 慌てふためくボクだけど、その理由は程なく分かった。スカイスチームから誰かが攻撃を加えているんだって事が。何とか逃げ出した人達目掛けて、ガトリングとか撃っているんだって……。でも、ボク達にはどうする事も出来ない。遠い空での出来事を地べたで見ているしかできなかった。


「……全員、穴倉に戻れ。万が一にでも、この場所がバレると不味い。」

「何を言ってるんだよ、レイジー! 場所がバレてるのは分かり切ってるだろ! 何度連中を撃退した思ってるんだ! それより助けないと!」


 エリックが噛みつくように反論したが、レイジーはそのエリックを睨んで言った。


「では、聞くぞエリック。誰があそこまで飛んでいけるんだ? この場の火器では届きやしない! あまりに遠すぎるんだ!」


 その強い言葉にエリックは一瞬顔を伏せた、けれどすぐに顔を上げて強い口調で言い返した。


「だからって見捨てるのかよ! 何だよ、レイジーらしくないじゃないか! 魔術師なんだろう? 何か、何かできないのかよ!」


 空では、また一機、蒸気運搬機が火を噴いて落ちていくのが見える。レイジーは口元を引き締めて、何も言わずにエリックから視線を外した。何か出来るのならば、レイジーは既にやっている筈だ。でも、如何しようもないから、せめて危険を避けようとしたんだろう。そんな事はエリックだって、ボクだって分かっているけど……!


「落ち着きなされ。少年も青年も落ち着きなされ。」


 そこに、先程助けたお爺さんが声を掛けてきた。少しだけ苛立たしげにレイジーが答えようとした鼻先に、銀色の輝くヘンテコな物をお爺さんは差し出した。


「昔、人が空を征こうとしたことがある。生身でな。それはその計画の産物じゃ。ターボファンエンジン。航続距離は300キロじゃが、この距離ならば飛んで戻って来る事は可能じゃろう。」


 え? 何を言ってるんだろう、このお爺さん。いや、それどころじゃ……!


「まさか、ジェットパックか!」

「さよう、加速に耐えられる者が居れば、あそこまで飛んでいけるぞ?」

「……あんた、何者だ?」

「そうさの、嘗ては『ワイズマン』と呼ばれていた。」


 レイジーは無言でお爺さんを見つめていたが、一つ息を吐き出して。


「幾つあるんだ、ジェットパックは?」

「三つじゃな、完動品は。」

「何処で手に入れた?」

「一緒に助けてくれた連中に聞いておくれ。ワシは鑑定しただけじゃ。……確か、カマモトだかカマタリだかと言う名の企業の倉庫だったと聞いているがの。」


 レイジーはそれだけ聞けば、そのジェットパックとか言うのを背負ってしまった。


「機械兵に行かせるかと思たがのぉ。」

「実験台にはボクがなる。……離れてろよ、こいつが爆発しないとも限らない。」


 ボクとエリックに告げてレイジーは歩き出す。そして、背負った物から伸びるコード、その先端にあるボタンをチェックしてから振り返った。


「エリック、魔術師が何をできるか見ておくと良い。……ああ、ルシオにはやらせるなよ、あれはまだ半人前だ。ボクが上手く行ったらマリオン大佐とベアトリクスにジェットパックを渡してくれ!」

 

 言うだけ言うと、ボタンを押してしまった。途端、背負っている物からごうって音が響き、衝撃が周囲に走った。一瞬、風にあおられてバランスを崩し、立ち直った頃にはレイジーの身体は大分小さくなっていた。あ、今凄いぐるぐる回ったけど大丈夫かな……。


「いやぁ、余程堪えてたんだじゃなぁ。若いと言う事は素晴らしいわい。」


 そう言うとお爺さんは、残りのジェットパックを持ってくるよと言って去って行った。……あんな物があるなんて知らなかった。お爺さんとすれ違ったジェーンが、立ち止まってお爺さんを振り返って見ていたけど、頭を左右に振って此方にやって来て、ボクやエリックを見上げながら言った。


「魔術師、飛んでったのね。お人よしではあるけど、それを通り越して自暴自棄でもあるわね、あれ。」

「俺が如何にも出来ない苛立ちのままに怒ったからかな……?」

「いいえ、違うわ。あれは死に場所を探している戦士よ。戦争中は良く見かけたわ。」


 そう言われて、レイジーを見ると……結構、動きが良くなってる。あ、宙返りした。ノリノリで戦っているように見えたけど……。


「と、思ったんだけど、違うみたいね、あいつ。」


 ジェーンがすぐに前言を撤回した。程なくして、マリオン大佐やベアトリクスも飛び立てば、攻撃を繰り返していた一角は沈黙した。あの三人に襲われたらスカイスチームの機械兵じゃ太刀打ちできないだろうからね。残った蒸気運搬機も無事に飛んでいくし、まずは一安心かな。


 勿論、レイジーたちが飛ぶ前には何機も落とされてしまったけど。それでも、多くの人を助けられたことを今は喜びたい。それに……それに撃ち落された蒸気運搬機だって、墜落した訳じゃないんだ。無事な人だっているかもしれない。


「エリック、ライネ! すまないが、ここから三キロほど離れた地点に堕ちた蒸気運搬機を確かめに行くぞ。」


 ラーナがボク達に声を掛けてきた。その場合は、ジェーンはこの場の守備だ。了解と答えを返してから、ジェーンに振り向き、質問をぶつけてみた。


「何で、あのお爺さんを見てたの?」

「昔の知り合いに似てたのよ。まあ、あんな老人の義体なんて有る筈ないから違うんでしょうけど。」


 私達に老化はないし、そう呟くジェーンの姿はどこか寂しそうだった。その背後で、レイジー達が悠々とジェットパックの推進力で戻って来るのが垣間見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る