第28話 生存者
レイジー達が戻って来る前にボク達は出発した。如何も後ろに何機かの蒸気運搬機が付いて来ているようだった。それが少し不安の材料。基本的に外部武器庫……じゃない、今は解放基地だ……に居る人たちは良い人だけど、上層民だったサンドラには当たりがキツイ人が居る。解放基地を構築中に助けたグループの人達なんだけどね、最初は凄く嫌な奴等だと思ったけどさ。でも、『アンダーランド』の上層民に慣れているとそうなってしまうんじゃ無いかとも、思えるようになった。
『アンダーランド』の上層民は本当に酷い。自分達の趣味の為に人を殺し合わせたりする位だから、当然だけど。でも、ボク達には到底信じられない行いをやっていたんだ。
闘技場の話はメイさんから聞いたけど、それだけじゃない。下層民を浚っては売り飛ばしたり、色々と酷い事をしている奴らが居るんだ。それが極一部じゃなくて結構な数が。『スカイスチーム』では、考えられない話ばかりだった。そういう意味では、ボク達は恵まれていたのかも知れない。
だって、『スカイスチーム』では、上層民はある種の憧れだった。そりゃ、鉱夫の中には上層民の男は青ビョウタンだとか言う人は居たけどさ。でも、頭脳労働とか会社経営者と肉体労働者、それ位しか違いが無かった筈なんだ。7年前の暴動騒ぎの前までは。だって、『スカイスチーム』は鉱夫が掘る石炭で飛ぶんだよ? 鉱夫達にへそを曲げられたら『スカイスチーム』は落ちるしかない。前にも言ったけど、その辺が他の街との差異なんだろうって言ってたレイジーの言葉は本当なんだと思う。
でも、人って言うのは自分が経験した事しか信じない所があるみたいで、そんな人達はスカイスチームの在り方が信じられないんだ。終いにはボク達が甘っちょろいんだとか何だって騒ぐの。そういう割には、基本的に働くのはそういう事言わない人達ばかりなんだよね。あんまり文句言う気もないけどさ、ちょっと……思う所はあるかな。
そんな状況だから、スカイスチームの人達が増えるとまた一悶着起きるかなって思うと、うんざりする。無事なのは嬉しいんだけど、団結が大事な時に仲間割れみたいなのはねぇ。最近は色々煩いから、サンドラはベアトリクスかリーチェの何方かと一緒にマリーさんやメイさんと今後の事を話し合っている事が多くなった。サンドラが外に行くと、敵と連絡を取り合うんじゃないかって……本当、馬鹿にしているよね!
ともかく、人が増えてくるのは良いんだけど、それで少し空気がギスギスしている。それが嫌だからと言って、生き残っている人達を助けないって話はないし、さっきのお爺さんみたいに凄い道具とか持って来る人も中にはいるんだ。
サルベージャーって言う仕事をしている人達がそう。企業の遺した迷宮化した倉庫を漁って、色々と昔の道具を引っ張り出してくるの。メイさんはネイさんの為に彼等から色々な物を買ってたから、結構砂の海に売りに来る人達が多いみたい。で、砂の海の北側に居た人たちが運悪く巻き込まれて、ボク達に助けられるって訳。
そんな人達も居るんだから助けないって話はやっぱりない。だから、生き残った人がいるのならば素直に喜ぼうと思う。これが甘いって言うなら甘くて何が悪いんだ! って、一人でちょっと怒ってたら、結構すぐに墜落した蒸気運搬機に辿り着いた。
墜落し横転しながらも原形をとどめている蒸気運搬機を見てボクが思った事は、良かった、これなら誰か生きてるかもって希望だった。運転席は完全に潰れているけど……。ともかく、アルジャーノンを纏ったボクがひしゃげて普通に開ける事が出来なくなってるコンテナの扉を持ち上げると、エリックが中を素早く確認する……。
如何だろう、誰か生きてるのかな……生きてて欲しい。頑張れ……っ! そう思うボクだけど、エリックの反応が芳しくない。ダメなのかな……。そう思った矢先にエリックがラーナを呼ぶ。
「ラーナ! 中に一人だけいる! 生きてるみたいだ!」
「ライネ、しっかり抑えているんだ。エリックは私と中に入り生存者を素早く外に出すぞ。」
ラーナはいつもの硬い口調で指示を飛ばして、すっとコンテナの中に入っていく。エリックも続いてコンテナに入れば、程なくして一人の男の人を二人は引きずり出した。担ぎ上げられるほどコンテナの扉が持ち上がらないんだ。
引きずり出された人は、眼鏡をかけた金髪のおじさんだった。何処か怪我をしているのか顔を顰めているけど、あれ、このおじさん、何処かで見た事ある様な、無いような……。おじさんを安全な場所まで運んで、怪我が無いかをラーナが確認しだすと、おじさんは意識を取り戻したように目を開いた。その双眸はサンドラと同じ瞳の色だった。
「助けて、くれたのか? だが、わ、私は、もう駄目だ。……最後に娘と会いたかったが……とんでもない物を預けてしまった……生きていてくれれば……」
うわ言の様に喋りだしたおじさんに、ボクもエリックも驚いて声を上げた。
「サンドラのお父さん?!」
「……! 娘を……知って?」
「この二人は、スカイスチームから娘さんと一緒に行動してきた仲間ですよ。貴方の娘は生きてます。生き残った人達を纏め上げる指導者の役回りを熟しつつあります。」
「君たち……ありがとう、ありがとう……。ああ、伝えなくては、伝えなくては……兄に気を許すなと。あの子の兄は、最早別人……妻を撃ち、私を撃った。フラハティが……何をしたのか……ああ、必ず伝えてくれ……。今回の騒ぎに乗じて。あれを奪いに……。」
話す言葉は色々と前後していて分かり辛いけれど、それでも懸命にサンドラのお父さんは話し続ける。でも、お兄さんに撃たれたって……何でそんな事に……。
「ギブスン・スターリングのマスターピースは……渡しては……。」
そう告げて、サンドラのお父さんはがくりと項垂れてしまう。そんな……。サンドラに何て言えば良いんだ……。そう落ち込みかけたボクにラーナが視線を向けて言った。
「ライネ、アルジャーノンから降りろ。傷を縫い合わせる。麻酔なんてないからな、暴れられては困る。エリックと確り抑えるんだ。」
いつもの硬い口調、それでもいつも以上の力強さを発揮してラーナは腰のベルトに付いているポーチから、何か透明な袋でパックされている針と糸を取り出した。
「無菌状態なんて、今の地上にはないだろうからな、仕方ない。娘に会わず死ぬよりは、娘に会って感染症で死ぬ方がましだろう。」
それは、それで如何かと思うけど……。でも、おじさんが生き残る確率があるなら、それに賭けるしかない。ボクは背面のハッチを開いてアルジャーノンから抜け出すと、ラーナの指示に従った。緊急の治療を前にエリックが一言呟いていた。
「今は乾燥してるから、菌も言うほど居ないかもね。」
それが冗談か素の一言だったのかは分からないけど、ボクは小さく笑って頷きを返した。……始まった治療は、その、控えめに言っても痛々しかった。弾は脇腹を貫通していたけど、内臓に傷がない事をラーナは傷口を開いて確かめてから、手早く縫い始める。おじさんは最初は痛みで跳ね回りそうになったけど、その内に体力を失ってぐったりしてしまった。この治療で死んでしまうんじゃないかって思うと、気が気じゃない。
おじさんの、傷を洗い、縫い、包帯を巻いて解放基地に連れ帰る事になった。無論、ぐったりはしているけど、おじさんは生きている。マリオン大佐に輸血の処置を取って貰えば大丈夫だろうとラーナは言っていた。何というか、メルラントの機械兵は凄いと言うべき何だろうか。
「死の猟犬はエリート特殊部隊だ。戦となれば兵士自身、外科処置が必要だろう?」
おじさんを背負いながらそう微かに笑い告げるラーナ。少し違った一面を見た気がした。
ボク達が、そうやって解放基地に戻ると、解放基地の様子が一変していた。人が減っている……? 如何したのかと知った顔を探していると、ジェーンが迎えに来てくれた。
「お帰り、遅かったわね。」
「何か、在ったの?」
「サンドラの兄が来て、色々と引っ掻き回して行ったわ。」
「え?」
「最終的にはサンドラが斬った。そしたら、例の連中が騒ぎだしたの。」
サンドラが、斬った? だ、誰を? お兄さんを?
「その騒いだ連中は、皆追放。フラハティの離間の計だったわけね。」
そんなジェーンの言葉にも反応できずに、ボクとエリックはしばらく呆然としていた。
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