第32話 強襲する者

 力無く俯くボクをジェーンの蒸気鎧ペネトレイトは運んでいく。マリオン大佐を失い、レイジー一人が戦っている中の逃走だからって言うのもあるけど、ボクの所為で、こんな事になってしまった。それを思うとみんなの前に顔を出す事も怖かった。そして、こんな時にこんな事を考える自分は、なんて酷い奴なんだって思うと……。


「ライネ、しっかりしなさい」


 胸部装甲がはがされて、内部が見えてしまっているペネトレイトから声がかけられた。ジェーンだ。彼女の額から血を流している事に、さっき気付くくらいにボクは周囲が見えていなかった。怪我をしてもジェーンは気丈に振舞い続け、ボクを叱咤激励する。


 ボク達の……おや、旅路はここで終わりなのかもしれない。滲む視界で背後を振り返りながら、そっと思う。マリオン大佐は、ボクを庇って死んでしまった。機械兵だから体を直せば良いってもんじゃない。メモリーギアが失われてしまえば、助かる見込みは、ない。それに、その姿を最後まで見る事はボクには出来なかったけど、レイジーがマリオン大佐の死を見届けていた。普段はふざけた言動も多いけど、絶対にアレはふざけてなんていなかった。


 ジェーンは、ボクの様子に励ます事を諦めたのか、黙々と目的地に進んで行く。みんなに会ったら、何て言えば良いんだろう……。


「ライネ、気を確り持つのだ。」


 そう語りかける頭の中のお爺さんの声にも、反応が返せないボクは、全く気付かなかった。空から迫りつつある脅威に。


 不意にジェーンがペネトレイトを急旋回させた。何が起きたのか分からないままに、視界が回るのは、結構きつい。ペネトレイトが砂煙を巻き上げた砂煙の向こうに、浮かび上がる影があった。禍々しいデザインの深緑の蒸気鎧。その両手には二本のブレードが握られている。


「あんたは……リーパー!!」

「カ、カラミティ、ぃ、か、お、俺に斬られて、し、死ね……」


 その恐ろしい深緑の蒸気鎧から響く声は、くぐもっていたが何処か震えているように聞こえた。そこに違和感を覚える暇もなく、素早い動きで二本のブレードを振るい襲ってくるリーパー。……でも、こいつ一体どこから……? そう思った矢先に、空にゆっくりと姿を現す物があった。それは、船だ。船と言っても飛行船。サンドシップよりは小型だけど、現れ出でたその姿は、異様。だって、無数の砲塔を搭載しているのが一目で分かるほどだ。まるで、ハリネズミ。


「くそ! まさか、フェイスレスの奴……! デサピアの能力をあのデカブツに!」

「そうだ! そして、神に成り代わり人々に滅びの鉄槌を下すのが、我輩ブロークンである!」

「黙れ、狂信者ブロークン……」


 空飛ぶ船から発せられた大音声。それに反応したジェーンの声はウンザリとしたものだった。


 リーパーの斬撃を如何にか躱しながら、距離を開けようとするジェーンだけど。両手には僕を抱えており、真っすぐに動けば空飛ぶ船から行動を予測されて砲弾が飛ぶ現状では、距離は縮まり、遂には背中に軽くだけど一撃貰ってしまう。このままじゃ……。


「ジェーン!! ボクは置いて――」

「黙りなさい!」


 ボクの提案は即座に却下されてしまう。でも、このままじゃ二人ともやられてしまう……! ボクは良い、ボクはここで死んでも当然の事をしてしまった。だけどジェーンをここで死なせる訳には……っ! 時々激しく回る視界の中で懸命に考えるけど、答えは全く出てこない……。


「フェイスレスは、何処!」

「危険因子であった魔術師の死を確認しにな! それに隠密蒸気鎧デサピアは使い捨てるには余りに惜しい……。だがな、カラミティよ。お前はそんな事を気にせずに神の一撃で吹き飛ぶが良い!」


 数多の砲塔が此方を向いた。リーパーは巻き添えにならない様に距離を開けだすが、それでも何かがあれば即座に動けるようにしている様だ。このままじゃ、二人とも砲弾の嵐の中で散るっ……!


 そして、何の解決策も出てこないままに時と言うのは無慈悲に流れ、数多の砲塔が火を噴いた。


「なにぃっ!」


 響き渡ったのはブロークンの驚愕の声。そう、砲塔が火を噴いた。真っ赤な火を噴き上げながら黒煙をまき散らしている。


「待たせたなっ!」


 その声に驚きを隠す事が出来なかった。声のする方を見上げると、そこに居たのはジェットパックを背負い、中折れ帽を被った黒ベストの男……ルシオが飛んでいたからだ。手には……レイジーの銃が握られている。


「フラハティめ! 遊びが過ぎた……小僧は何時までも小僧ではないと言うにな! リーパー! カラミティを殺れ! 我輩はその魔術師になった小僧を殺る!」

「おいおい、落ちて行くだけの船で何が出来るよ?! それに風は八方より吹くんだぜ」


 ルシオは空中でホバリングをしながら揶揄するように叫び返して、リーパーに向けて銃口を向ける。飛行船は火を噴きながら落下を始めているその光景に、ルシオは特に感慨も抱かずに銃を撃った! 鳴り響く銃声。けれど、リーパー目掛けて弾は飛ばなかったのか、特に何も起きない。


「ル、ルシオ?」


 慌てたように問いかけると、ルシオは微かに笑った。途端、リーパーの蒸気鎧目掛けて八方より鋭い風が降り注いだ。


「お、おおお、おおお、おおおおおっ!!」


 半ば黒く色のついた風の刃を、リーパーは二本のブレードで七つは切り落とす。だけど、最後の一陣の風に右腕を付け根から断ち切られた。


「飛行船の野郎よりはやるじゃねぇか!」

「……我輩はまだ戦って居らんぞ、小僧!」


 その声は落ちて行く飛行船から響く。まさか……蒸気鎧が! そう身構えたボクには、それから起きた出来事にはただただ唖然とするしかなかった。何と、落ちて行く飛行船は次々と砲塔やら装甲やらプロペラを落として、その姿を変えていく。折れ曲がり、立ち上がり、組み合わさって出来たのは……蒸気鎧なんかよりもなお大きい人型。昔見た、人類に鉄槌を下す神と言う題材の絵に出てきたような、歯車で出来た機械仕掛けのそれは姿を現す。


「鉄槌を下すのは我輩と蒸気神スチームゴッドである!」


 それは、正に巨人。機械仕掛けの無骨な外見の神は、歯車をカチコチ回しながらその拳を振り上げて、とんでもない速さで大地を殴りつける。大地が揺れて、大分離れていた筈のジェーンがバランスを崩しかける程の衝撃が周囲を襲った。


 ルシオは一撃を避ける事は出来たけれど、片腕を失ったリーパーの蒸気鎧が避けたルシオ目掛けて飛び上がり、ブレードを振るう。回避できないと悟ったのか、ルシオは立て続けに二発、銃弾を撃った。弾けるブレードは軌道を逸らして、空を斬った。でも、まずい! すかさず刃が翻りルシオを斬りつける!


「ぐおっ!」


 痛みに耐えかねて漏れ出た声は、ルシオの口から放たれた物だった。避けようとしたルシオのジェットパックを半ば以上切り裂き、その背も切り裂いたリーパーはその成果を確かめる間もなく大地に着地した。そして、ブロークンが神と呼ぶ巨人は、緩慢に拳を振り上げる。


 ルシオはジェットパックの出力を失い、落ちるにも似た速度で大地に降り立ち、未だに立ち上がる事が出来ていない。このままじゃ……、そう思った矢先の出来事だった。マリオン大佐とレイジーを残してきた場所で、大きな輝きが発せられた。そして、すぐに襲い来る衝撃波。


「まずい!」

「く、くる……」

「ええい、神の鉄槌を下さんと言う時に!」


 三者三様の声を聴きながらジェーンは衝撃波から背を向けて屈みこみ、自分とボクをペネトレイトで守らせた。だから、ルシオが如何なったのか衝撃波が収まるまでは伺い知れない。また……また、誰かが死んでしまうのは嫌だ……。


「……篠雨しのさめの孫よ……」


 不意に、何を感じたのか頭の中でお爺さんが呟く様な声が響いた。それと同時に、ボクにも分かる事があった。レイジーの存在が、この世界から消えてしまったと言う事に。


 不思議と悲しみを感じる事は無かった。それ所か、何処か懐かしさをも感じるのは何故だろう。


「……行くが良い。そして、己の系譜を伝えるが良い。カリドゥス・プロッケラ、アクア・ウィーペラ……我が弟子よ」


 お爺さんの声は、何処か悲しげで、そして嬉しげだった。


 不思議な感覚を覚えている間に轟々と吹き荒れる衝撃波が収まると、ボクはすぐにルシオの姿を探す。ルシオは一人立っていた。その手にはレイジーの銃と……カリドゥス・プロッケラの、レイジーが過去に戦った風の神の加護を得ていた魔術師の回転式拳銃が握られていた。


「俺の神の名はエエカトル、俺の師の名はルフス・テンペスタースとカリドゥス・プロッケラ。ならば、俺はこんな所では死ねない!」


 ルシオはジェットパックを投げ捨て、一声吼えれば、右手に持っていたレイジーの銃を真上に放り投げた。そして、すかさず衝撃波で体勢を崩していた巨人に目掛けて左手の回転式拳銃を向け、トリガーを引きっぱなしにしながら、扇を煽る様に凄い速さで右手を前後に動かす。銃声は殆ど一発分しか聞こえなかったけれど、弾は巨人目掛けて六発飛んでいく。あり得ない軌道を走り抜ける六発の弾は巨人の、足の関節部や、腕の付け根を打ち抜き破壊する。


 回転式拳銃をいつ付けたのか分からないホルスターに納めると、丁度真上に放り投げたレイジーの銃が戻って来る。それを掴み取り、一気に間合いを詰めて迫っていたリーパーの蒸気鎧に向けて連射した。片腕のリーパーはそれ以上の攻撃を断念して、潔く逃げ出した。


「フェイスレスめ……止めを刺せないばかりか、逆に討たれたか? まあ良い、ここは負けを認め引き下がろうじゃないか。だが、覚えて置くが良い。人類には必ず神の鉄槌が降るのだと!」


 崩れ落ちる巨人の胸部に接続されていたらしい、厳つい蒸気鎧が解き放たれ、ブロークンはボク等に捨て台詞の様な言葉を投げかけながら、やはりとっとと去って行った。


 これから、このブロークンとリーパーの二人との長い戦いが始まったけど、この日以来レイジーもフラハティもその姿を見ていない。

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