激闘のアンダーランド ~孤軍奮闘の戦士~
第23話 吹き上がる炎
『アンダーランド』の入り口から炎が噴き上がる。皆、やったんだね……。これで、『スカイスチーム』を戦争時に前線基地として機能していた街『ベースキャンプ』に墜落させる誘導体は、その力を失った。後はボク達の出番だ。
「ライネ、私に合わせなさい。」
「分ってるよ、ジェーン。……来た。」
蒸気鎧あるじゃーのんの視界窓か見える数多の砂埃が、連中の到来を告げている。『アンダーランド』の入り口から吹き上げる炎は、計画の失敗を連中に告げたんだ、だから、すぐに動き出すことは予測できていた。ボクだけだったら、とてもじゃないが防げるはずがない数の強化蒸気鎧は、大地を滑るように迫って来ていた。
ジェーンの蒸気鎧が先に出る。何度見ても、その形状の美しさと禍々しさに見惚れてしまう。黒鋼の蒸気鎧ペネトレイトは、両腕部分に円形の盾を装着しており、その盾にはパイルと呼ばれる武器が付いている。格闘戦において比類なき力を見せつけるんだ。
そして、ペネトレイトを身に付けているのはジェーン。フラハティの『アンダーランド』への侵攻を、たった一人で今まで防いでいたのは彼女だ。彼女が倒した強化蒸気鎧は、100以上だろう。正直、とてつもなく強い。ボクは暫くの時間だけだけど、彼女について、蒸気鎧での戦い方を学んでいた。おかげで、簡単な連携なら出来る位にはなっている。
「皆がやったんだ、何としても守り抜く!」
「……その意気は良いわ、でも、逸っては駄目よ。『フェイスレス』なら、何かを仕込んでくるわ。必ずね。」
百戦錬磨のジェーンは、静かにそう告げた。彼女の戦闘能力は、異常と言っても差支えが無い。それもその筈で、彼女は死の灰を撒く八人の一人だった。戦争の後、色々とあり今はギブスン・スターリングの推し進めた人類絶滅作戦はおかしいと思っているんだ。レイジーは訝しげだったけど、こうしてフラハティの軍団と戦っているんだから、ある程度は信用できると思う。
遠くから銃声が響きだす。蒸気式ライフルは連射性に難はあるけど、敵影が近づくにつれて弾は点から面へと変わっていく。ぼさっとしてたら蜂の巣だ。
「……援護を。」
「了解!」
ライフルを効果的に生かすために、固まって統一運動をしてくる蒸気鎧相手なら、ガトリングが一番だ。敵陣に向かって突貫する黒鋼の蒸気鎧を横目で見ながら、肩に乗せているガトリング砲を前方に向けて、片膝をついた。そして、訓練通りにトリガーを引く。それだけで勝手にクランクが回り激しい砲声と共に弾が絶え間なく、弓なりに飛んでいく。トリガーを引いたまま砲身を右へと動かすと、射線も右に動き敵の蒸気鎧を打ち抜いていく。
ガトリングの弾を撃ち終える頃合いには、敵の陣形に乱れが生じていた。そして、その間隙をついて、ジェーンが、ペネトレイトが敵蒸気鎧に襲い掛かった。殴りつけるように拳を相手に叩き込むと同時に、円形の盾に搭載されたパイルが噴煙と共に突き出される。確実に、胸部を抉り貫くその様は、圧巻だ。
一体を屠ったと思えば、既に次の一体に拳を宛がっており、接近を許せばもう手が付けられない。圧倒的な破壊が繰り広げられるけど、ジェーンも流石に全部を一気に相手に出来るわけじゃない。無論、ボクの方にもやってくる。
ホバーと呼ばれる移動手段を得た蒸気鎧は、あっと言う間に大地を滑ってやってくる。ライフルを撃ちながら迫る数体の蒸気鎧を、ボクもホバー移動でターンを繰り返して弾を避けながら撃ち返す。最初は目が回ったけど、もう慣れた。
ホバーの原理は飛翔石、『ウエスト・サンドハーバー』を襲ったこいつらの仲間の部品をアルジャーノンに載せ替えた。無論、音響兵器も。これはネイさんが、イライラする音の周波数とかいうのを割り出して。それを相殺する音を常時出しているから、前のようなことは起こらない。
迫る蒸気鎧の一体を撃ち倒せば、さらに一体にライフル弾をお見舞いする。そろそろ、蒸気タンクを取り換えなきゃいけないけど……その時間は無いか。そう判断して、ボクは銃剣付きライフルで残った三体に向かって滑り出す。
ターンを三回行い、フェイントを織り交ぜながら迫ると見せかけ、一気に滑り込む。この辺の駆け引きも皆ジェーンに習った。そして、一体とすれ違い様に銃剣を真横に振るう。本来は突くんだけど蒸気鎧での移動時は、勢いがつくから横に振っても高い威力が出せる。
一体はその横なぎの一撃で倒れた。残りは二体……連中はライフルを捨て、ナイフを抜き放った所で、ボクは腰の蒸気式重拳銃を抜き放つと同時に二連射した。ライフルを撃つのとそう変わりが無い程の衝撃と音が響き、一体の蒸気鎧は搭乗している機械兵ごと撃ち抜かれ、倒れた。
残りの一体は腕が吹き飛んでいるがまだ動ける。これは……失敗した! ルシオに早撃ちを教えてもらって、結構頑張って訓練したのに! そう慌てふためき掛けたけど、何とか自分の心を落ち着かせて、残った拳を振り上げている相手の攻撃をすり抜けようと、ペダルを踏み込み推力の出力を片足だけ上げる。
途端にぐるりと視界が回る。回る視界に一瞬垣間見えたのは振り下ろされる拳だ。まともに食らったら、結構なダメージを負ってしまう。危なかった、そう安心する前にボクは再度拳銃を相手に向けて引き金を引く。ボクの方に向かってきた計五体の蒸気鎧は捌き切った。ジェーンは如何かなと其方に視線を向けると、驚くべき光景を見てしまったんだ。
迫っていた蒸気鎧は殆どが破壊されていた。しかし、ただ一機、見た事もない蒸気鎧が、まるで鏡の様に光沢のある銀色の蒸気鎧がゆっくりと姿を浮かび上がらせていた。何もなかったはずの場所からゆっくりと。そして、ジェーンの黒鋼の蒸気鎧ペネトレイトの前面装甲が吹き飛び、彼女の姿が見えてしまっていた。まだ、幼い姿の……十代前半にしか見えない美しい少女の姿が。
「フェイスレスっ!!」
「カラミティが人を護るか? 滑稽だぞ。」
その声に。ボクの心はざわつく。
それでも、ボクはジェーンを援護するべく彼等の方へとホバー移動を行う。フェイスレスと呼ばれた蒸気鎧は一度こちらに視線を向けて、何を思ったか機動を止めた。そして、背面部のハッチから姿を現した壮年の男は、ボクを見ながら言ったんだ。
「久しぶりだな、ライネ。我が娘よ。」
薄く笑みを浮かべながら、初めて見るフラハティと言う男がそう告げた。一瞬心が凍てついて、次に燃え滾った。ふざけるな、ふざけるなよ……。お前が母さんと父さんを殺したんだ……。お前がっ!!
「ボクの父さんは一人だけだっ!!」
絶叫と共に推力ペダルを踏み込む。ジェーンが何かを叫んでいる。フラハティは薄く笑みを浮かべている。ああ、癇に障る笑みだ……。何が我が娘だ、ふざけるな、ふざけるなよ!
「…お……け」
何処かで声がすると思った瞬間に、時間の流れがいきなり遅くなった。止まった訳じゃないけど、ほとんど止まってしまったかと思えるくらいに。何だよ、フラハティまで物凄く遠く感じる。ボクがあいつを……!
「落ち着け、小娘っ!!」
頭の中でお爺さんの声が響く。
「思い出せ、『アンダーランド』で、この地で何が起きたか! 『カラミティ』より何を学んだか! お前の父母の思いを思い出せっ!!」
頭の中でガンガンと響く声に、僅かに冷静さを取り戻す。そうだ、思い出さなきゃ……。レイジーが言ってた召喚の儀、『ベースキャンプ』にスカイスチームを落っことす計画、ジェーンとの遭遇、そして……決戦の前に聞いた父さんの話……。ああ、思い出さなきゃ……。鈍くなった時間の中、ボクの思考はそれこそとんでもない速さで過去を思い返していた。
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