メルラントにて ~新たな出会いと特訓の日々~

第1話 レイジーとの出会い

 スカイスチーム。空を飛ぶ大地。噴煙噴き上げる幾多の煙突が立ち並び、鋼鉄を土台とした人工の大地の中央には巨大な、とてつもなく巨大なマストとプロペラ。また、四隅にも大きなマストとプロペラがある、レイジー曰く奇妙な大地。


 勿論、これだけじゃ、どれだけ重いのか分からないこの大地が、空を飛ぶ事は無い。マストの下に埋められている飛翔石が、大地を浮かせているんだ。飛翔石は、ある一定の高さまで浮かぶと、大地に引かれて宙で止まる性質の鉱物。戦争で砂漠地帯が増えていた地上を見限ったボク達の先祖は、極大の飛翔石が発見されたことで、それをコアとして空に浮かぶ大地を建設した……らしい。


 らしいと言うのは、この話が言い伝えの域を出ていないからで、本当はもっと昔から……戦争前から スカイスチームは空を飛んでいたのかもしれない。或いは、地上の大地だって緑豊かな場所だってあるかも知れない。でも、一般人には確かめようはない。地上に行けるのは炭鉱夫だけだから。


 空の上にある大地だから、造成していくと延々と大地を広げる事が出来た。鋼鉄の土台を溶接して、その上に地上から運んできた土を流し込んで、スカイスチームの大地とした。土を運ぶ蒸気運搬機は、地上で生き残っている植物ごと運び上げてたそうだ。だから、地上は一層、砂漠化が進んでいるらしい。


 我が物顔で空を飛んでいたスカイスチームだけど、ある時に下降を始めたんだ。徐々に、本当に徐々に。このままでは何れは大地に落ちる。死の大地に落ちれば、我々はお終いだ、そう思ったのは50年前の、この空飛ぶ大地が落ち始めた頃の人達。彼等は、スカイスチームのど真ん中、飛翔石が埋められた大地にマストを立て、螺旋状のプロペラを付けた。大きさは異なるけど、同様の理由で四隅にもプロペラの着いたマストが立った。


 立てたプロペラを動かすには、バベッジ級と言う最大規模の蒸気機関が三つも必要になった。

 そうなると今までの供給では石炭が足らなくなる。 だから、多くの男達が炭鉱府に徴集され、鉱夫になった。


 炭鉱が見つかれば派遣され、一心に石炭を掘る。取り尽くせば、次の場所が見つかるまでだらだら過ごす。これが、スカイスチームの男達の一般的な生活になったんだ。炭鉱が集まる炭田なんて見つかれば、すごい騒ぎになるんだけど、それは今は関係ないかな。


 ともかく、質の善し悪しは問わず、集めに集めた石炭のおかげで、プロペラは回りスカイスチームの下降は収まった。そして、仕方なく各地の偉い人達は、造成禁止の条約を結んだ。


 それから50年。スカイスチームは未だに空を飛び続けて、地上の資源を食い荒らしている。スカイスチームの維持に不可欠になった炭鉱府は、権力の拡大を目指して鉱夫達を統率しようとしているけれど、血の気の多い鉱夫達は、幾つかの派閥に分かれて暇なときは争うから上手くいっていない。暇じゃ無いときは石炭を掘るのに忙しいし。



 ボクが今更ながら、そんな事を考えたのには訳がある。その生まれ育ったスカイスチームから脱出し、その姿が遠ざかって行くのが見えたからなんだ。もう、ホームシックに掛かってしまったのかな。自然とこぼれた涙を慌てて拭きながら、あの後のことを思い出す。


 あの騒ぎからすぐに、落ち着ける場所を見つけた。ボクはそこで折れた左腕に添え木を当てられ、包帯を巻かれてマリオン大佐に応急処置をして貰った。大佐はそう言うのが得意なんだとか。


「メディック機能搭載型なので。」


 そう言って胸を反らすマリオン大佐は、表情に変化は無かったけれど、誇らしげに見えた。その脇ではレイジーがおお、デケぇとか呟いて、大佐に即座に殴られていた。レイジーのそういう所は良くないと思う。


 応急処置が終わって一段落すると、殴られた頬を擦っていたレイジーは、ボク達の今後を如何するか説明を始めた。


「スカイスチームから一旦逃げて地上に行こう。地上ならフラハティも目が届かないしね。」

「ち、地上? 化け物とか居るんでしょう?」


 不安そうにエリックは問い掛ける。その不安はボクにも分かる。世間知らずのサンドラだって理解しているだろう。ボク達が地上に行く意味、その恐怖を。


「地上は死の大地、人を食う化け物の巣窟。鉱夫はそこから命懸けで石炭を掘り出してくれる英雄。間違いじゃ無いけど、正解でも無いね。」


 レイジーが笑いながら告げると、マリオン大佐も頷いた。そして、真面目な表情でで言葉をレイジーから引き継いだ。


「化け物は襲ってくるかも知れません。でも、スカイスチームに残れば、必ずに襲われます。多勢に無勢ですし、フラハティが本気で動けば、他の人達にも迷惑が掛かりましょう。ですが、地上に逃げたとなれば話は違います。フラハティも手が出せない。」


 如何するか決めるのは君等だ。大佐の言葉の後を継いで、そう告げたレイジーはボク達の答えを待つように、黙った。結局、フラハティに歯向かった時からボク達には他に道は無かったんだ。


 それから数時間、レイジーは積極的に動いてボク達は、フラハティの、つまりは炭鉱府の蒸気運搬機を奪ってスカイスチームを脱出した。炭鉱府以外の物を奪ったら、その地区のまとめ役の所為にされちゃうからね。


 遠ざかるスカイスチームの大地。寂しさと同時に安堵したためか、この数時間で起きた出来事で疲れていた為か、ボクは蒸気運搬機の奏でるガタガタと言う音を子守歌に寝入ってしまった。そこで見た夢は、母さんの夢でもサンドラの夢でも無く、レイジーと初めて出会った日の出来事だった。



 レイジーとの出会いは、サンドラと出会ってから少し経ったある昼下がりだった。フラハティの追手を撒いて、カザード地区に逃げ込んだ時の事だ。カザード地区は、あまり裕福ではない人たちが住まう地区でボク達の家もそこに在った。治安はあんまり良くないけれど、地区を取り仕切るカザード一家のおかげで、スラムほど治安は悪くない。荷揚げ場に今後の事を考えて、強化蒸気鎧を借りに行った時の事だ。


 ボクも働いているカザード一家の荷揚げ場に、一機の蒸気運搬機がやってきた。石炭とレイジーを乗せて。蒸気運搬機が白煙を吹きながらプロペラを回して荷揚げ場に降り立つと、運転席からカザード一家の一員であるスコットさんが出てきた。1カ月前の炭鉱採掘の後、蒸気運搬機で飛び立った後、嵐に巻き込まれて行方不明になっていた人だ。仕立て屋のキャサリンさんの旦那さんでもある。その人が嬉しそうに出て来たんだ。助かった、我が家だって。一頻りその場にいた皆で喜んだ後に、運搬コンテナからこんな声がした。


「そ、そろそろ、良い、かな?」


 ボロボロのコートを着て、棺桶みたいな物を背負った黒い長髪の男がよろよろとコンテナ出てきた。皆がきょとんとしていたら、スコットさんが慌てたように。


「お客人、大丈夫ですかい! だから、運転席に来ねせぇって言ったのに……。」

「お、恩人をコンテナに入れて、じ、自分はって訳に行かないのよ、わ、わ、私は。」

「そうは言っても運搬機並みに震えてますぜ! おい、誰か! この人は俺の命の恩人だ! 暖かい物持ってきてやってくれ!」


 スカイスチームが寒い地域を飛んでいる頃だから、運転席以外は寒くてしょうがない筈だ。だから、その男はがたがたと震えながら、大事そうに棺桶みたいなものを撫でた。髭も髪も伸び放題って感じだったけれど、傍で話を聞いているだけで、何となく良い人そうだと思った。その男の人は、スコットさんとキャサリンさんの家に招かれて、一晩過ごしたらしい。その人こそレイジーだった。


 転寝から目を覚ますと、マリオン大佐以外は皆寝ていた。あの頃と違って、スカイスチームは暖かい地域を飛んでいたからコンテナ内でも過ごし易い。レイジーは運転席で燃料が続くまで飛んでみると言っていた。運転席は、下手したら熱いんじゃないかな。かまどに石炭を放り込んでプロペラ回しているんだから。そんな事を思うとクスリと笑ってしまう。そして、レイジーとスカイスチームでの日々を思い出す。



 それからのレイジーはあっと言う間に皆に溶け込んだ。ホワイトさんの所で髪を切り、髭を剃ったら結構男前の顔が出てきて皆ビックリしたらしい。ボク達はサンドラを狙うフラハティの追手を撃退するのに忙しかったから、知らなかったけれど。確かにレイジーは結構格好良い。滅多に見かけない黒い髪に、切れ長の目、整った鼻筋は高いとハンサムの条件は結構満たしているけれど、口元に浮かぶ胡散臭い笑みと妙に年寄りくさいことを口にする事、そして綺麗な等身大の人形を大事にしているって言うんで、女の人たちからは人気は出なかったみたいだ。


 いや、出るには出たのかな。男女問わずお年寄りの受けは良かった。カザード一家の古株で十数年前まではバリバリの鉱夫だったロバートさんから、部屋を借りてお年寄りの遣り辛い事を率先して手伝ったりして、何年も前からスカイスチームで生活にしていた様に生活を始めた。暇なときはコツコツと人形さん、つまりマリオン大佐を直し続けて数か月と言うわけだ。


 最初の内はボク達は殆ど接触はなかった。ボク達はサンドラの事を守るのに必死だったし、レイジーはお年寄りの手伝いをしたり、鉱夫たちに交じってダラダラしたり、大佐を直したりしていたから。でも、ある日ボク達の騒ぎにレイジーが巻き込まれた。


 サンドラがお父さんの行方を知っているって奴に誘き出された廃倉庫。慌てて駆け付けたボクとエリック。でも、そこに居たのはサンドラとレイジーと倒れた男だけだった。倒れていたのはフラハティの手下で、何度となく撃退していた男だ。何が起きたのかサンドラに聞けば、嘘で誘き出されて浚われそうになった所、男の背後ににゅっと出てきたレイジーが、男を殴り倒しれ助けてくれたと言う事だった。レイジー曰く、人形さんの部品に使えそうな物を探していたら、そんな場面に出くわしたと言う事で、つい殴ってしまったと言っていたっけ。


 サンドラは綺麗な金色の髪を腰まで伸ばした、大佐とは別の意味で人形の様に綺麗な少女。年は14、5歳位でエリックと大体同年齢。上層民らしく世間知らずだけど、その分無鉄砲な所もあるし、何より顔に似合わず頑固なんだ。エリックと二人で反対してもサンドラを止められない事も多い……。ボクは初めてサンドラを見たときから、ドキドキが止まらない……。ボクは女だからそう言うのは可笑しい事なんだけどさ。……ええとね、つまり。そんな少女を浚おうとしている男がいたら、それは無条件でレイジーと同じ行動を皆とると思うって言いたかったんだ。


 ちなみに、ボクなんて髪は長いけど、色は薄い茶色で作業の邪魔だから後ろで結ってる位だ。良く馬の尻尾とか荷揚げ場の皆からは呼ばれる。荷揚げ場で強化蒸気鎧を身に纏っている位だから、力は似た年齢の子達から比べればあるし、何よりオイルとか石炭の匂いが染み付いちゃってるから、女の子らしくない。……ガサツだし、エリックにすら女の子らしくないとか言われてる……。だから、サンドラには憧れるし、守らなきゃって思うんだ。


 ただね、ボクから言わせればエリックは男の子らしくない。そりゃボクより2歳下だけどさ……。カザード地区に住む男の子の中では、ちょっと浮いた感じなんだ。金の髪は、ボクも羨ましくなるサラサラヘアーだし、顔だちもレイジーとは違う意味で整っている。ハンサムと言うより美形なのかな? 良く分らないや。その所為か、よく他の子に虐められて泣いていて、ボクがいじめっ子を蹴散らすのが日常だった。


 うん、ボク等の事は良いよね。その後はレイジーが巻き込まれちゃいけないっていう事で、ボク等がやった事にしようと決めたんだ。レイジーはそのお礼だからと、幾つか知恵を貸してくれた。それが無かったら、もっと前の段階でボク等はフラハティに捕まっていたと思う。


 レイジーは表に出ず、知恵を貸し続けてくれた。其ればかりじゃなくて、急にきつくなった荷揚げ場のノルマについて、カザードさんと交渉してくれたりしたんだ。そのお礼も兼ねて良い部品が見つかったらボク達……これは荷揚げ場の皆と言う意味だけど、レイジーに届けたりした。交渉の際にカザードさんにも気に入られたみたいで、時々カザード邸に出向いていた。


 レイジーは、スカイスチームで居場所を作りつつあったんだ。それをボク等が巻き込んだ所為で……。そんな事を考えていたら、不意にマリオン大佐がボクの頭を軽く小突いた。


「な、何を……?」

「旦那様は大人です、ああ見えても。自分の意志で行った行動を、あなたが抱え込む必要はないのです。」


 表情を変えずにそう言った大佐は、ボクの頭をそっと抱えてくれた。柔らかな感触と温かさを感じて、ボクは驚くのと同時にまた、涙が出てきた。あの時に死んでしまった母さんを思い出して。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る