第30話 時は戻り、今

 戦いの前日に、ボクはエリックと共にサンドラが来るのを待っていた。明日は決戦の時だ。考えたくはないけど、明日が最後になるかもしれないから、三人で色々と話そうって事になった。


 サンドラが来るまでの間、エリックとエリックのお父さんの話になった。エリックのお父さんは、元炭鉱府の事務員で、色々とあって上層民から下層民になってしまった人だったけど、優しくて温和な人だった。だから、荒くれ達の中では特に目立っていたけど、鉱夫達は何故かエリックのお父さんには一目置いていたようだった。何か、改革を行ったかららしい。でも、その所為で炭鉱府を追われもしたんだと後から知った。


 ボクの母さんと、バレリアノさん……つまり、お父さんが出会ったのもエリックのお父さんをバレリアノさんが尋ねて来た際に出会ったらしい。これはエリックから今、初めて聞いたんだけど、それで納得した。だって、普通、下層民と上層民には出会いなんてないからね。


 そのエリックのお父さんも、暴動が起きた際に亡くなっている。泣き虫だったエリックはすっかりしょげ返っていたけど、それはボクも同じだった。二人揃って大事な家族を亡くしてしまったんだ。それでも、ボク達が生きていけたのは、カザード地区の皆に助けられ、仕事を与えられたからだ。


 ボク達が知る世界は狭いけれど、それでも多くの思い出がスカイスチームにはある。そのスカイスチームは今、フラハティに乗っ取られている。何とか取り戻さないと……。ボク達の街が、住んでいた生活の場が、何処かの街を破壊する大規模な兵器になってしまう……!


 これは、ジェットパックのお爺さん、『ワイズマン』と呼ばれていたと言うあのお爺さんからの言葉だ。お爺さんは、自分の蒸気鎧の部品をメイさんの妹、ネイさんやそのお手伝いをしている機械兵のレイチェル、そしてレイジーにも公開した。疑うのは当然だからって。


 そしてその部品の索敵、探索能力のデータをジェーンの蒸気鎧や武器庫におかれていた蒸気計算機にインプットして割り出した答えがそれだった。あと三日後に、スカイスチームは流星の様にある街に落っこちるって試算が出たんだ。


 『アンダーランド』の最奥に置かれた嘗ての超蒸気計算機ギブスン・スターリングの主要計算回路が、『スカイスチーム』を誘導し、『ベースキャンプ』と呼ばれる人類が滅びに抵抗する為に使っていた街に突っ込ませるつもりだと分った。


 上層民が閉じ籠った『アンダーランド』を何で攻めずに、逃げた下層民ばかりを襲うのか、これで分った。フラハティは取引を持ちかけたんだろう。閉じ籠ってくれれば攻撃はしないよと。その約束を守る気はきっとないだろうけれど、事が終わるまでは手出しをしないのは考えられた。


 ボク達は上層民の抵抗を掻い潜り、迫るフラハティの放つ蒸気鎧群を撃退し、主要計算回路を破壊することで、『ベースキャンプ』に設置されているであろう誘導体の機能を喪失させる。そんな作戦内容をエリックと二人で確認した。


 そんな事務的な会話をしていたら、少し眠くなって欠伸を零すと、エリックも同じように欠伸した。うん、サンドラ遅いなぁ。ボクがそう呟き伸びをするとエリックもそうだねぇと同調した。そして、少しだけ悩みながらこんな言葉を口にした。


「ずっと言おうか迷ってたけどさ。言わずに済ますのは嫌だから言うけど……。俺が小さいころ、親父を訪ねてきた人がいる。バレリアノ・サンターナって言うおじさん。親父は線が細い人だったけど、バレリアノさんはがっしりした男って感じだった。」


 それは、ボクのお父さんの話だった。血の繋がらない、母さんとボクを家族に迎えようとしていたお父さん。


「ライネは如何したら心を開いてくれるだろうか、エリック君は何か知らないかい? そう聞かれたよ、何回もさ。あんなに男らしい人が困ったように笑いながら言うんだ。ちょっと面白かった。親父もなんだか楽しそうに、ああでもない、こうでもないって話してたっけ。」


 エリックが語るのは、ボクの知らないバレリアノさんの姿。まだ十にも満たないエリックにお伺いを立てる姿を想像して、少しだけ可笑しくなってしまった。


「バレリアノさんは言ってた。必ずルイネさん……ライネのお母さんだね。ルイネさんとライネを幸せにするって。そんで親父を炭鉱府に戻すって。」


 僕はついでかい? って、親父は笑っていたけど。そう言いながらエリックは小さく息を吐き出す。あの頃のエリックのお父さんは、大分肺の病気が進んでいた。バレリアノさんなら、無理やりにでも病院に連れて行きそうなものだけど……。


「親父が戻るのは無理だったろうね、何か罪を犯したことになってたらしいから。」


 え? それは初耳だ。驚いたように目を瞠ったボクを見て、エリックは肩を竦めた。


「炭鉱府の方針に逆らっただけの筈なのに、何でかね。きっと、あの頃からフラハティが色々とやってたんだろうね。」


 また、その名前が出てきた。まるで全ての元凶であるかのように、最近全てその名前に結び付く。それこそ、神や悪魔じゃないんだから、全ての元凶にはならない筈だけど。ボク等の回りにはフラハティの所為で多くを失ってしまった人が多い。


 サンドラの家族だってそうだ。お父さんの怪我は順調に回復傾向にある。二、三言なら会話できたみたいだけど。お兄さんは未だに眠り続けている。それも、フラハティさえ倒せばきっと目を覚ますに違いない。


 ……でも、何で言うのを躊躇っていたんだろうか? ボクだってエリックのお父さんが犯罪者じゃない事くらい分かる。そう問いかけようとしたら、ボクの意図に気付いたのかエリックは一つ肩を竦めて、話し出した。何だかレイジーに似てきたな……。


「俺は知ってたからね。ライネが本当は、あの日の1週間後には、バレリアノさんと家族になっていたのを。暫くカザード地区でバレリアノさんが暮らして、機を見て上層街に二人を連れて行くつもりだったんだ。」

「何で、知ってるの?」

「親父に言ってたのを聞いたから。お前にも良い医者を紹介してやるってさ。でも、あの日が全てをぶち壊した。俺の親父も、ライネの家族も奪っていった。」


 自分の身体に立て掛けてあるエリックの武器である棒をぎゅっと握りしめて、エリックは呟いていた。そこに込められた感情は……。






「憎悪だった」


 小さく呟く。長い回想の旅は、現実にはほんの一瞬。そして、改めて思うんだ。奴が居ると。目の前にはその大元、元凶である男が生身を晒している。皆の仇が其処に居るんだ! 自分の中の何かが制御出来なくなっていく……。


「肝心の召喚に対する説明が……っ! 奴を見ろ! よく見ろ! あの全てを嘲笑うかのようでありながら、正確にお主を計っておる! 顔では嗤って見せながら、まるで笑わぬ目で!」


 頭の中のお爺さんお声も段々を薄れていく。ざりざりとしたノイズの様になり……そして……。


「我が元に来い、娘よ!」


 不意にフラハティの言葉が頭の中に直接叩きこまれたように響いた。ああ、なんて不愉快……。ボクの手には……違う! 握っているのはアルジャーノンを通してだ!

 そう警告を発したのは、頭の中のお爺さんだったのか、ジェーンの叫びだったのか……或いはボクの理性だったのか。


 一つ頭を振って、叫び声を上げながらボクの手に握られた銃剣付きのライフルをフラハティに突き付け、滑るように突貫した。フラハティに近づくごとに風景が変化していく。ボクは確かに蒸気鎧に乗っていた筈なのに、フラハティに近づくと生身で銃剣を構えている。周囲は血のように赤く染まり、フラハティは、あいつ自身が操る蒸気鎧の上にいた筈なのに、今は積み重なった数多の死体を踏みしめてボクを見ている。


 ああ、あの死体の中に、お母さんが居る。バレリアノさんが居る。エリックのお父さんも居るし、まだ見ぬサンドラのお母さんも居る。苦しげな表情で、ボクに訴えかける。仇を討ってと。そうだ、ボクは今なら仇を討てるんだ!


 哄笑するフラハティに銃剣を突き立てる。嫌な感触にハッとすると、周囲の風景は元に戻っていた。がっくりと項垂れたフラハティ。倒した……いや、殺した? そう思い少し怖気づいた瞬間に、フラハティは満面の笑みを浮かべて顔を上げて告げた。


「我が義体、そしてサングイン・ネブラの魂を糧に……来たれ、アポピス! 贄は憎悪に染まった処女ぞ!」


 ボクは恐怖を覚えて銃剣を引き抜き逃げ出そうとしたが、遅かった。フラハティはケラケラと壊れた人形のように笑いながら、自壊していく。フラハティの壊れた傷口から無数の黒い光があふれだし、ボクの……アルジャーノンの四肢を縛った。


「奴め! 人形の身体とサングイン・ネブラの魂を消費して神を呼びおったか! ライネ! 呪圏スペルバウンドより逃げ出さねばならん! 意識を集中させろ!」

「あ……ああ……」

「ライネ!」


 無数の黒い光には意思がある。暗黒の蛇の如き意思がある。そう気付いてしまったボクは頭の中のお爺さんお声にも反応が出来ずに戦慄いていた。もう駄目だ……そう覚悟して諦めた瞬間に、凄まじい衝撃を感じて、アルジャーノンは横っ飛びに吹き飛ぶ。ごろごろと回る視界の中、垣間見えた物にボクは言葉を失った。


 銀色に輝いていたジェットパック。銀色の長い髪は、すっかり解けてしまっていた。紺色のメイド服は大分汚れていた気がする。そして、ボクを助けた代りに囚われた彼女は、嘯くように、挑発するように言った。


「憎悪に染まって居らず処女でもない……ましてや命無き機械人形では、生贄になりますか?」


 それが、マリオン大佐の最後の言葉だった。

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