第5話 魔の手
ボク達がスカイスチームを逃げ出してから、大分月日が経った。正直に言えば今がどんな季節で、どんな時期なのか今一つはっきりしないんだ。砂漠地帯のオアシスで、しかも地下で生活しているボク等には季節感なんて全くないから。メイドさん達に戦いの仕方を教わったり、各々が必要な事を学んだりして過ごす時間はあっと言う間だった。
ボク達は正確な日付なんて数えていなかったけれど、レイジーだけは別だった。信じ難いけれど、レイジーは季節感が無くとも、今は何月何日か分るんだ。あんまり気にしなさそうなイメージだけど、実は結構、日付とか星の位置とか気にしてる。マリオン大佐に拾われた最初の一年は、必ず夜半に空を見上げに居住区から外に出て……何て言うの? ええと、星図だ! それを毎日毎日書いてたんだって。何でそんな大変な事をしたのか理由を聞いたら、レイジーの魔術って言う力には、星の位置や日付が重要なんだって教えてくれた。
「魔術って言うのは、ある種の法則だから。蒸気機関だって、石炭をぶち込むだけじゃ駄目だろう? 石炭を熱して、絶やさないことが重要だし、その熱で蒸気が発生してそいつで色々と動かす。それと同じ事なんだ。……正直、もう使えないかと腹を括りもしたんだがねぇ。」
使えたからねぇ、吃驚だ。そんな言葉を付け加えて笑っていたっけ。
そのレイジーが言うには、ボク達がスカイスチームを脱出して既に一年と二か月が経過したそうだ。長いようで短い時間かな。そう感じるのは家族が居ないボクやエリックだけだったかも知れないけれど。……サンドラの家族は多分無事な筈だとレイジーは言ってた。脱出間際に、ボクを連れてカザードさんの所に行った際、フラハティにサンドラの家族は人質として使える旨を伝えてくれって頼んできたんだって。酷い話みたいだけど、そうする事で家族の安全を買った、そうレイジーはサンドラに話していた。サンドラは、しばらくレイジーを見つめてから、ありがとうございますって礼を言ってた。ボクだったら、引っ叩いていたかも。
ええと、その一年と二か月の間にボク達の身体には結構な変化があった。サンドラはより美しく成長しているけれど、何より逞しくもなった。邪魔にならないように金色の髪は項を隠す程度に短くした。剣の扱いは巧みになり、ボクやエリックを打ち負かす事も少なくない所か、メイドさんの一人のラーナから一本取った事もある。何より彼女には、ベアトリクスから学んだ仲間をどう動かすと戦いやすくなるかを考える術がある。戦術って言う奴だね。死の猟犬と呼ばれるベアトリクス達との模擬戦でも良い勝負ができる様になって来た。そんな彼女は、嘗てお父さんから誕生日に貰ったと言うペンダントを身に着ける様になり、この間にはいずれ家族を救いに行きますわと気高く告げていた。……綺麗で格好良くて、凄いなぁって思う。
エリックは今ではボクと同じくらいに背が高くなってきた。前は頭一つボクの方が高かったんだけど。顔つきも凛々しくなって来たし、何より長い棒を使わせると凄く強いんだ。棒を使えばメイドさん達くらい強い。メイドさんの一人であるリーチェが棒術って言うの? それが得意だったんだけど、そのリーチェと引けを取らないくらい強いんだ。何でそんなに強くなったのって聞いたら、みんなを守りたいんだって。泣き虫だったのに、エリックはサンドラと出会って変わった。何だか少しだけ寂しいかな。或いはボクが甘やかしてたんだろうか……。あと、メイドさん達の整備や蒸気計算機の扱い方もレイジーから手解きを受けて覚えたみたい。凄い成長だと思う。
ボク? ボクはね、正直あんまり戦いには向いてないみたい。身を守る程度の立ち回りは出来るけれどね。でもそれは、あくまで生身の場合さ。強化蒸気鎧を身に着ければ、自分の事だから気恥ずかしいけれど、ボクはかなり強いよ。そう言えば強化蒸気鎧について、あんまり告げてなかったね。運用に必要だからと叩き込まれた知識だから、皆にも伝えて置かないとね。ふふ、これも復習さ。
蒸気鎧は人の全身を覆う鉄の塊。小型の蒸気機関を搭載した作業用のニューコメン型が最初に発明されたのは、今から百年ほど前。当初は動くには動いたけれど、稼働時間は短いし鎧の中は大分温度が高くなるしで大変だったみたい。動きもゆっくりだったらしいけれど、そのパワーは凄まじく短時間の作業には活躍してたんだ。それがワット型と言う次の強化蒸気鎧が完成すると、更に活躍の場を広げた。
ニューコメン型は蒸気機関の関係で高さが四メートルも在ったらしいけれど、平均的な大きさのワット型はその半分に縮んだんだ。勿論、幅も小さくなり、なんと重さは三分の一まで減ったんだ。ワット型の特徴は歯車やタービンの小型化したにも関わらず、その活動時間が延長されて仕事の効率がアップしたことにある。馬力は下がったみたいだけど、そこまで重い物は一体の蒸気鎧じゃ持たないからね。それに、スカイスチームなんかでは、軽いってことは正義だから。……太って良いのは上層民だけって冗談もあるくらい。話は逸れたけど、ワット型が開発されて一気に蒸気鎧の需要は伸びた。
ニューコメン型は鎧の中に入るって感じだったけど、ワット型は鎧を纏うって感じに変わった。ボクはワット型しか知らなかったけれどね。ワット型の内部は身体への負担を和らげるクッション、クッションの向こうは鉄板で覆われていて、その内部が人工筋肉と蒸気シリンダー、それに歯車。蒸気機関は左足の踵部分にあり、少量の石炭で数時間動くだけの蒸気が内部に充満する。上手く石炭を炉にくべられれば、ちょっとの休憩でさらに動くことはできるんだ。最後にまた鉄板で覆えば蒸気鎧の完成って訳。人工筋肉はゴムと合成繊維で作られていて、その有り無しがニューメコン型との一番の相違ともいわれてる
この仕組みは、戦闘用であるキュニョー型でも変わらない。戦闘用のキュニョー型はワット型の装甲を厚くしてスピードを落としたけれど、その分瞬間の馬力と頑丈さを増した物なんだ。殴り合いになったら戦闘型の強化蒸気鎧に勝てる者は居ない。だってさ、鉄の拳をすんごい勢いでぶん回せば、生身の人間じゃ勝てないし、装甲が厚い分、作業用とは一味違うよ。
そして、今ボクが使わさせて貰っているのが、アルジャーノン型。これも戦闘用なんだけど、何が凄いってその馬力なんだ。スカイスチームでは見ない形状の小型蒸気タービンを搭載していて、ワット型の三倍近い馬力が出る。だから、走る速度も速い。何より、その形状が凄いんだ。今までの蒸気鎧は、鎧って言っても角ばっていて、何方かと言えば人型の箱みたいな感じだったんだけれど、このアルジャーノン型は正に鎧って感じ。メルラントの技術の粋を集めた最初で最後の試作機だって。王様を守る特別な兵士達が身に着ける予定だったから、専用の武器まであるんだ。
……ちょっと、喋り過ぎちゃったかな……。要するにさ、強化蒸気鎧を身に着ければ、ボクだって皆に負けないんだって言いたいんだ。だって、他の二人がさ、凄く成長しているのに、ボクだけ置いて行かれている感があってね。訓練で色々と変わったけど、どうも、この性格だけは治らないみたいだ。
そんな風にボク達は自身を鍛えて過ごしてきた。では、スカイスチームは? ボク達の何れは戻るべき故郷は今どこの空を飛んでいるのだろう。その疑問はつい最近まで思い浮かべていたものだ。今は気にならないのかって言われるとね、その、嫌でもわかるって言うか。実はこの砂漠地帯の上を今飛んでいるんだ。
ここ数十年、この地帯の上を飛んだことはないとマリオン大佐は言っていた。それは、普段の航路ではないと言う事。つまり……もしかしたらボク達の存在をフラハティが嗅ぎ付けたのかも知れないと言う事だ。
「幾ら炭鉱府の最高幹部でも、スカイスチームの行先を私的な理由で変更できるとは思えませんね。炭鉱を見つけたのか、何か嘘を付いて針路を変えさせたのか。」
とはマリオン大佐の意見。確かに、決まった航路以外は燃費の関係で嫌がられていたから、その通りだろう。上空の風とかの動きで燃費が結構違うらしい。ボクは詳しい事は分からないけれど。どちらにせよ、スカイスチームが飛んでいる間はボク達は一切外を出る事は止めた。見つかってしまったら大変だからね。
スカイスチームの速度は一定じゃない。飛翔石とプロペラ、それに上空の風の影響で色々と変わる。一日殆ど同じ場所に居たり、数時間で数キロは動いたりとばらばらだ。あんな巨大なものが浮いて動くだけ奇跡だもの、そんなこと気にしても仕方ないしねと、スカイスチームに居た頃は言えたけれど。今となっては、早く行ってくれないかなぁと言う思いしかない。まだ、見つかる訳には行かないんだ。
スカイスチームが、その威圧的な巨体で太陽を覆ってから五日は経った。徐々に徐々に離れていく様子に、皆が少しだけ安堵した。でも、その日の夕食時に、レイジーの部屋から嫌な音が響いた。金属同士をこすり合わせるような不快な音。不協和音って言う奴が響いた。その途端に、レイジーは走って部屋に戻り、何かを確かめれば、急いで戻ってきてボクに向かって叫んだ。
「アルジャーノンの炉に石炭をくべて、暖めておくんだ! サンドラ、エリックは戦闘準備! マリオン大佐以下機械兵は各々の判断で敵を迎撃してくれ! 敵が来るぞ……。」
レイジーがその手にしていたのは、彼の神様だと言う像。柔らかそうな毛に覆われたカエルの様なその石造りの像は、背に蝙蝠の羽を持っていた。なんでも、レイジーが自分で石を加工して作ったらしい。微妙に可愛いのが、かえって嫌だなぁ。
皆急ぎ、レイジーの指示に従う。彼がこんなに真面目に指示を出す事は稀だ。そして、その稀な時は必ず良く無い事が起きるんだ。スカイスチームが近くにある時に襲ってくる何者か、そんなのフラハティの放った刺客しか居ない!
その予測を裏付ける様に、恐ろしい敵がバンカーに侵入を果たしていたんだ。メルラントの機械兵は、ここに残っているメイドさんだけじゃなかったし、レイジー以外に魔術を使う奴が出て来ることも予想外だった。フラハティの手は、予想よりも遥かに長かったんだ。
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