第25話 ジェーン

 黒鋼の蒸気鎧が、フラハティの先兵を全て倒した後、船団の内の一隻が接舷できる場所を確認して、其方に赴く。砂の海を掻き分けて、慎重に接舷する様子を残り三隻が、緊張した雰囲気で見守った。ボク達は接舷する側の船に乗っているから、すぐに動ける様に皆が用意していた。


 陸地の人達の様子が肉眼でもはっきりと見えてくる。こちらに視線を向ける人たちは皆、不安そうにしているし、さっきフラハティの蒸気鎧たちを倒した黒い蒸気鎧は警戒するように此方を向いていた。船が接舷を終えれば、メイさんがレイジーとルシオを伴って、陸に上がる。緊張の一瞬だ……。


 何やら声を掛けて、生き残った人たちの中からおじさんが進み出てきた。そして話し合いが始まった。後から聞いた話だと、メイさんは『アンダーランド』の現状や、生き残っている人たちの状況なんかを聞いたんだって。それで、生き残っている人達のリーダーが出てきて説明を始めたんだそうだ。


 程なくしてから、メイさんは此方に振り向いて叫んだ。


「野郎ども! 船団を二手に分けるよ! 一方は焼け出された連中を乗せてサンドハーバーを目指す! もう一方は、陸に上がって生き残りを探すよ!」


 メイさんの指示は、すぐさまランプを使った光信号で全ての船の伝えられた。そして、ボク達やマリオン大佐ら機械兵も居りて来るようにメイさんの指示が飛べば、素直に従う。


 降り立つと、アルジャーノン型越しでも凄い匂いが周囲を漂っているのが分かる。だって、人が焼かれたんだから当然だ。こんな中、次焼かれるかもしれないってなったら、冷静さなんて残る訳がない。ボク達以外にも降りてきた屈強な船乗りたちだって、顔を顰めたり、吐き気をこらえている人までいた。


 サンドラは顔を蒼白にさせているし、エリックはぎゅっと唇をかみしめていた。こんな事をさせるフラハティは、やっぱり許せない。メイさんは、リーダーの人に遺体は埋葬させてもらうって告げたら、リーダーの人は深く頭を下げて感謝していた。そうだね、これで野ざらしなんてあまりにも、あんまりだ。


 生き残った人達が、疲れた足取りで接舷された船へと登っていく中、黒鋼の蒸気鎧がゆっくりと近づいてきた。そして、近くにまでくれば背中のハッチが開き、どう見ても10代前半の美しい少女が姿を現した。


 金色の髪を背ほどまで伸ばした少女は、しかし、少女と呼んで良いのか分からない凄みを感じた。頬に縦に走る傷、鋭いまなざし、そして先程まで見せていた蒸気鎧の扱い方、その全てが十代前半にしか見えない少女が持ち得ていることが信じられない。


「……助力、感謝するわ。」

「アタシ等は何もしていないさ、殆どやったのはアンタだろう?」


 少女らしい声、でも、その雰囲気は重たい。そんな言葉に、メイさんはからりと笑って肩を竦めて見せた。


 少女はジェーンって名乗った。名乗りながら値踏みするようにボク達を見渡して、一つ頷く。


「そこそこ場数は踏んでいるようね。……特にそこの黒髪、アンタ見てると昔の仲間を思い出すわ。或いは、『アンダーランド』を最近まで牛耳ってた奴。」

「どういう意味で受け取りゃよいのかね?」

「おっかないって事よ。」


 ジェーンの言葉はレイジーに向けられていた。レイジーは、口元を歪めて肩を竦めながら問い、ジェーンは鋭さを増す眼差しでレイジーを見た。何と言うか、異様に緊張する……。マリオン大佐が、盾になる様にレイジーの前に立とうとしたが、レイジーはそれを押しとどめて。


「まるで歴戦の戦士だな。ボクが見てきた幼い姿の歴戦の戦士ってのは、皆が年を経ていながら老いない物の姿だった。君も?」

「そうよ、私は『カラミティ』ジェーン、死の灰を撒く八人の一人。」


 緊張感は一瞬でマックスになった。死の灰を撒く八人? それじゃフラハティと一緒じゃないか! だと言うのに、レイジーは少し驚いたように目を瞠っただけで、ざわめくボク等を片手で制しながら、会話を続ける。


「フラハティとは、共闘しないのか?」

「今は人類を滅ぼしたい訳じゃないの。ギブスン・スターリングも機動を停止して久しい。私は私の意思で動きたくなった。元々、人間だからね。」

「死の灰を撒く八人は、皆そうなのか?」

「さぁ? 私が知っているのは、私の事だけ。でも、『フェイスレス』『リーパー』『ブロークン』は人類を滅ぼす事にやたら積極的だったわね。」


 そう告げながら気怠そうに髪の毛を触るジェーン。そして、片手を上げて、レイジーとの会話を止めれば、メイさんに向かって告げた。


「私を信用する必要はないわ。でも、会ってもらいたい連中がいるの。レジスタンスとして、戦い続けている連中。そこまで案内するけど、ついてくる?」

「信用するなと言いながらついて来いってのは、矛盾してないかい? まあ、良いさ。案内してもらおうじゃないか。」


 メイさんは腹を括ったのか、そう告げて頷きを返した。その様子をジェーンは少し驚いたように見てから、ちょっとだけ笑って頷きを返した。


「ようこそ、炎と死の大地と化した『アンダーランド』へ。」


 その言葉は、全く笑えなかった。



 ジェーンに連れられて、移動すること数時間。船団はネルソンさんに任せて、メイさんとボク達は『アンダーランド解放軍』の根城に来た。そこは不思議な場所で、険しい岩山が幾つも連なっているけれど、所々に洞窟の様に幾つも穴がある。そこに武装した人達が立てこもっていたんだ。


 先頭に立つジェーンの着る蒸気鎧を見た人たちは、片手を振ってジェーンを出迎えた。ジェーンは、軽く片手をあげて挨拶を返す。そして、背後に続くボク達を見た彼らは訝しそうに傍に寄ってきた。そんな彼らにジェーンは簡潔に出会いを説明した。


 程なくして『アンダーランド解放軍』のリーダーに会う事になった。マリーさんと言うおばさんだった。人懐っこい笑みを浮かべて、ボク達一人一人に抱擁してくれた。何というか、肝っ玉母さんって感じ。何だか懐かしくなって、ボクやエリック、それにサンドラまで少しだけ涙ぐんでいた。


 ボク達とマリーさん達で情報の交換が始まった。此方で主に喋るのはレイジーとサンドラ、それにメイさん。あちらでは主にマリーさんが話を聞かせてくれた。マリーさんの話を要約すると、数日前に『アンダーランド』付近を流れる川から、無数の蒸気鎧が押し寄せて、『アンダーランド』を取り囲んだ。そして、富裕層との交渉が始まったんだそうだ。


 ……川と言われて最初ピンとこなかったけど、そう言えば『ウエスト・サンドハーバー』で魚料理を食べたっけ。砂の海からどれだけ離れているか分からないけど、川が流れてたんだね。それを聞いたレイジーは兵員輸送に水運を使ったかと悔しそうに呟いていた。船なら、蒸気鎧を動かすより少ない石炭で多くの蒸気鎧を運べるからね。


 ともあれ、話を戻すと、結局交渉は決裂。富裕層は『アンダーランド』奥に立て籠もったけど、下層民は焼け出されて、散り散りになったんだ。何とか纏まろうとしたけど、碌な武器もないままにフラハティの蒸気鎧に追い回されて如何し様もなかったって、マリーさんは悔しそうに呟いた。


 一部の人達だけが、この『アンダーランド外部武器庫』に辿り着いて、反撃を開始したって訳。それだけだったら、すぐに鎮圧されたんだろうけど、この武器庫の奥に眠っていたジェーンとその蒸気鎧ペネトレイトが居たんだ。ジェーンは最初何の反応もしなかったけど、マリーさんが眠っていた容器に触ると勝手にあいて、目覚めたんだって。


「ジェーンちゃんが助けてくれて如何にか戦えるって訳。頼りっきりで情けない話だけどさ。」


 そう言って悲しそうにするマリーさんをジェーンは無言のまま、だけど優しくその背を撫でていた。


 ボク達の利害は一致している。そうなれば、共通の敵と共に戦うのに障害は無いってメイさんは断言した。そして、船団の武器を全てここに運び、連中を迎え撃とうって話になった。船に何体かある作業用の強化蒸気鎧も全て、『アンダーランド』の解放に割り当てようって。その話を聞いてマリーさんは驚いたように言った。


「アンタ商人だろう? 何で其処まで?」

「何言ってんだい! 商売相手が居なくなったら商売できないじゃないさ。まあ、アタシも何で其処までやるのかなって奴が近くにいるから、その気持ちも分るけどねぇ。」


 澄まして答えたメイさんだが、最後にレイジーを見やる。その視線を受けてレイジーは軽く肩を竦めて言った。


「普通、子供らは見捨てないだろう? それに、フラハティに取り込まれたとはいえ、倒さなきゃならん奴がいる。そんだけだよ。」

「……今はそう言う事にしといてやるさ。」


 何か含みある物言いでメイさんは肩を竦めてから、マリオン大佐を見やり。


「アンタの旦那さんなんだからしっかり見張ってなよ?」

「そ、その言い方だと少し違う意味に聞こえますが。」


 珍しく言いよどむマリオン大佐を見て、皆が可笑しげに笑い声をあげた。

 そんな中、ボクの頭の中からお爺さんの声が響く。


「確かに、ロスタイムだからなどと馬鹿な真似をしかねんからな。だが、まあ、その人形の娘が居れば大丈夫だろう。」


 そう呟くお爺さんの声は、何処か安堵しているようにも聞こえた。

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