第二十錬成 第一回チキチキ碩学・オカルトマシーン猛レース
世紀のイベントに、街中が沸き立っていた。
「
審判を買って出たホテル・オートマタの面々が、厳正なまなざしで告げる。
バーベス・オヴィナは、N&B総合研究所が総力を挙げて組み立てた最新鋭蒸気式内燃機関搭載自動車──通称〝スチーム・ライザー〟に乗り込み。
アニースター・エレイリーは、オカルティストたちが阿片で儲けた金を総動員した魔導二輪車──その名も〝エイジ・メーカー〟にまたがって、やる気十分の表情を覗かせている。
彼らは貧民街の端。
そこに設置されたスタート地点に陣取り、アクセルをふかしながら、今か今かと発車の
このレースのルールは簡単だ。
外縁部──つまり貧民街である第三層からスタートした両者は、セントラルブレインを目指してひた走る。
妨害、攻撃、なんでもアリ。
とにかく先についたほうが勝ちという、シンプル極まりないレース。
この勝負に勝ったほうが、これから一年間、この街で最大の発言権を有するようになる。
つまり、バーベスが勝てば、オカルティストは黙るしかなく。
アニーが勝てば、科学者たちは口を閉ざすしかない。
それが、このしょうもない争いを解決するために俺が提案した、詐欺の手段だった。
この街で起こっていたのは、端的に言えば利権をめぐるマフィアの抗争だった。
科学を妄信する碩学者の卵たち。
そしてオカルトを崇拝する探索者のひよっこたち。
彼らはどちらが優位であるか……などというくだらない事のために、争いを繰り返していたのである。
科学とは、オカルトのうち理論が証明できたものでしかない。
オカルトとは、まだ科学では論理が示せないものでしかない。
本来、そこに優劣などないのだ。
だが、抗争は現実に起こってしまった。
ならばなんとかするしかない。
くだらなさを吹き飛ばすような、バカバカしい手段で!
どちらが秀でているか示したいのなら、その持てる技術のすべてを詰め込めばいい。
俺がそう煽った結果、両陣営はレースの開催を承諾した。
その際に、どちらが勝利しても、ステラの身の上は本人の意思を尊重すると、きっちり取り決めたのだ。
俺、すっげー優秀である。
ちなみに住民たちを扇動して、バーベスが勝つかアニーが勝つかの賭けも、抜け目なく行っている。
オッズは内緒だが、確実に俺は儲かる。
やはり俺は優秀なのでは?
「よーい──スタート!」
内心ではそんなことを考えつつ、主審である俺はレースの開始を宣言する。
同時に、娼館の小間使いエマが、勢いよくスタートフラッグを振り下ろした。
バーベスが、年甲斐もない表情でアクセルを踏み込む。
アニーも、狂気的な笑みでスタートを切る。
同時に飛び出す車体。
それは解き放たれた矢のような速度で、トリストニアの街並みを爆走していく。
マシーンの轟音。
観客たちの歓声。
セントラルブレイン前の会場には、
街中の人々が、熱狂に狂う。
即席の実況席に座るステラとジーナは、レースの解説を行っていた。
「さあ、順調にスタートした一大レース! 実況はあたし、ステラ・ベネディクトゥスと」
「ホテル・オートマタ支配人形のジーナでお送り致します」
「それで、ジーナさん。ほぼ横並びのスタートだけど、これってぶっちゃけどうなの?」
「初速が同じでも、マシーンの性能が同じとは限りません。オートマタも、役割によって形状は様々……事実、見てくださいお客様のお嬢様」
「あたしの名前はステラよ! って、なにこれ!?」
トリストニアの道はとにかく狭い。隘路と路地ばかりだ。
なので、その辺はバーベスとアニーに了承を貰い、俺が賢者の石で適当なインフラを錬成した。
例えば──この、動力機関破りの坂である。
「おっとー! 順調に加速していた二台の前に直角!? と錯覚しちゃいそうな坂が立ちふさがる! 解説のジーナさん、あれはいったい?」
「急増された動力機関破りの丘。傾斜は二十三度。はっきり言って、従来の蒸気機関では、登りきる馬力が足りません」
「つまり、バーベスさんが不利?」
「そうでもないようですよ、お客様のお嬢さん」
「だからステラだって!」
「見てください、あの煙を」
ジーナが指摘する通り、この急角度は、既存の内燃機関ではとても踏破できない。
だが、バーベスは違う。
坂を前にして、臆すどころか速度を上げる。
全力で回される
スチーム・ライザーの背面部に装着された、四本の円筒が火を噴いた。
液体火薬を利用した加速装置──ロケットブースターである。
「すごいわ! これはすごい! スチーム・ライザー、ぐんぐんと坂を上っていく! はやい、まるで牛のような力強さだわ!」
「エイジ・メーカーも負けてはいませんね。仕組みはわかりませんが、あの
アニーの駆る魔導二輪には、すこしばかり俺がてごころを加えた。
魔術を完成させたご祝儀のようなものだ。
いま急加速に使われているのは、
錬金術の副産物だが、まあ、魔術でも作れる。
なに、高度に真理を追究した錬金術は、魔法と変わらないのだから、魔術とも互換性があるだろう。結果オーライである。
「登り切った! 二台とも登り切ったぁあああ!」
「ややスチーム・ライザー有利ですね。さて、次は連続するヘアピンカーブです」
ジーナが言うとおり、次に彼らの前に立ち塞がったのは、急カーブの連続だった。
魔術と碩学は、ありったけの知識と技術を使って、正面から張り合った。
ときには急峻な崖を飛び越え。
ときには荒れ狂う鉄砲水をかき分け。
時には降り注ぐ魔法の炎(熱中したステラが無意識にぶっ放した)を躱しつつ。
砲弾と火炎と雷撃と蒸気をまき散らしながら、ゴールへと突き進んだ。
観客たちもデッドヒートだった。
「勝つのは我らがボス、アニースター様だ!」
「ふざけるな、碩学に敗北はない!」
「バーベス殿に勝利の方程式を! アニースターに牛の糞を!」
「おい、いまアニースター様の悪口言ったやつ前に出ろ。ぶん殴ってやる!」
やいのやいのと騒ぎ立て、ついには殴り合いに発展するオカルティストと碩学者の卵たち。
「こらー! ケンカしちゃダメー!」
上空に向かって一発、巨大な炸裂魔法を放ったステラ。
その一喝によって、彼らは一瞬止まったが、すぐに殴り合いを再開した。
倒れる者が続出し、ステラとホテル・オートマタの面々は、彼らの看護もやらなくてはいけなかった。
紆余曲折。
番外劇までたくさんあって。
そして──
「いま──ゴォォォォォルッ!!」
ステラが叫ぶ。
直前に短髪のジェシーが、チェッカーフラッグを大きく振っていた。
巻き起こる大歓声。
「「どっちだ!?」」
もつれこむようにしてゴールした車体。
それから飛び降りながら、アニーとバーベスが、年甲斐もなく熱狂した顔で審判──つまり俺へと詰め寄ってくる。
確かに、ゴールはほぼ同時に見えた。
「オレが先だった!」
「いや、あたしだったね!」
「なんだと? やるかね、ろくでなし神秘主義者め!」
「あ? かかってきなよ頑迷似非紳士が!」
「どうどう」
「「馬じゃない!」」
うーむ、やっぱりそういう感想になるよな。
「安心しろ。最新式の写真判定を行う」
「おお」
「結果は明後日だ」
「ああん!?」
まだ即座に現像されるようなカメラは完成していない。
とはいえ、それじゃあ誰も納得しない。
俺はひとつ頷き、映写機から賢者の石を取り出した。
賢者の石は、時に記録媒体にもなる。すべてを溶かす溶媒とは、そう言った意味も含まれているのだ。
賢者の石から、ゴールの瞬間が映像としてスクリーンに投射される。
その結果は──
「な、なんだってー!?」
俺は。
観客全員が悲鳴のような声を上げるのを、確かに聞いた。
審判として、告げる。
「一切同着──引き分けだ!」
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