終章 詐欺師たちの賛歌 ~旅は続くよどこまでも~

最終錬成 錬金詐欺師と最後の魔女 ~その賢者の石、燃えます~

「ヘルメス・フラメルゥゥゥゥゥ!!!」


 すさまじい怒気とともに、花瓶やらバラの花束やらナイフやら、竜殺しの大剣やらが飛んでくる。


「何度言えばわかる! 私の領地で商売をするなぁあああああああ!!」

『──主もこう言っている。いい加減、造物主も女心を覚えるべきだ』

「おまえも黙れエリヤあああああああああああ!!!」


 赤面したマリア・テレジアが、さらにいろいろと投げつけてくるが、ぴたりとその手が止まった。

 彼女が手にしていたのは、つい今しがた、俺が贈りつけた一揃いの指輪だった。


「当てつけか……二度と顔を見せない約束だろうが、愛しいロクデナシよ……」


 脱兎のごとく逃げ出す俺の背中に、そんな小さなつぶやきが届いた。


§§


 トリストニアは隆盛を極めていた。

 三層構造の都市は、住民たちの努力で五層構造まで拡大。

 立ち並ぶ露店や研究施設、秘密結社のなんかやばい薬の販売などで、大いに賑わい、活気に満ちている。

 階差機関もついに完成したらしく、来年には正式リリース。

 これでまた、時代は変容していくだろう。

 今日はそんな世界でもっとも栄えた街の、一年に一回のお祭りだった。

 碩学者の卵たちや、神秘の残滓を追い求める者たちが、思い思いのマシーンを作り参加する一大イベント。

 スティール・マジック・ランのレース開催当日だったのだ。


 町中を駆け抜けていく、いくつもの車両。

 その先頭を行くのは、二台のマシーンだ。

 一台は大量のブースターを積載した、ロマンの塊のような六輪車。

 もう一台は、箒のような見た目の二輪車である。


 もはや科学なのかオカルトなのかもわからない動力で疾走する二台のマシーンの上で、ロマンスグレーの髪の紳士と、きわどい格好をした蓮っ葉な美女がこちらへと手を振る。

 歓迎してくれているのかと思ったら、次の瞬間には蒸気銃と魔術の洗礼を受けたので、どっかにいけという合図だったらしい。

 まあ、そんなもんだろう。


 商業区の外れにある工房の前まで立ち寄ったが、中には入らず、俺は立ち去った。


「ご主人様……! お茶だけでも、罵倒だけでも……!」


 なんかそんな声が聞こえたが、俺は知らんぷりで押し通した。


§§


 ニヤロの街は、祝福に満ちていた。

 なんでも美しく成長した領主が、ついにお抱えの錬金術師を婿に迎えたらしい。

 身分というものを度外視した、田舎では画期的な結婚だった。


「これは始祖錬金術師さま! じつはまだ、賢者の石は錬成できていないのです……まったくこの身は恥じ入るばかりで……ところでナズトリアさまが、子どもをたくさんほしいと言っているのですが、なにかいい薬は──」


 俺はいろいろ聞かなかったことにして、すぐに街を去った。

 たぶんだが、将来的に尻に敷かれるのは彼だろう。

 彼の行く末に、さちあれだ。


§§


 その廃城の玉座に、彼は静かに腰かけていた。

 傷も大部分が癒えて、あと百年もすれば完全に復活するだろう。


「いつぞやぶりか……またなにか、我を楽しませる遊戯を思いついたか? 財宝なら腐るほどあるぞ。また、貴様と──いや、、遊戯盤を囲みたいものだ」


 俺は苦笑し、ありえないと断言した。

 代わりに、こないだの詫びにと、ワインを一本、置き土産にする。

 ついでに、トマトジュースも手渡した。


「……つくづく……つくづく我も舐められたものよなぁッ!!」


 なぜか激昂し襲いかかってくる吸血鬼だったが、今日は戦うつもりがない。

 一目散に、は退散した。


§§


 街道を歩く。

 ひとりではない。

 孤独ではない。


「あーあ、あたしもワイン飲みたかったなぁ」

「おこちゃまにはまだ早い」

「なによ! どれだけ一緒に生きてると思ってるの!? もう素敵なレディーなんだからね、あたし!」

「ちんちくりんのくせにかぁ?」

「ムキー!」


 隣では、猿のように顔を赤くした、赤い旅装束の少女が飛び跳ねている。

 ふと頭のフードが取れて、惜しげもなく美しい銀髪が流れ出す。

 頭頂部には、きつねの耳が健在だ。


「よかったのか、それ。治さなくて」

「これは、思い出みたいなものだもん。一緒なのがいいの」


 そう言って笑う、彼女の瞳の色は、俺と同じ黄金だった。


 あの日。

 あの瞬間。

 彼女は最後の魔女であり続けることを選んだ。


 楽園を完成させるのでもなく。

 自らが真理に至るのでもなく。

 楽園を、そのまま残すことを選んだのである。


「だって、あたしが最後の魔女だなんて、まだ決まってないでしょ? ひょっとしたら、いるかもしれないじゃない、魔女の生き残りが。そんな子たちが、あそこに辿り着けないのは、すごく、すっごくかわいそうだわ」

「それはわかるが……なんでおまえまで、俺と同じになった?」


 彼女は真なる賢者の石で、俺と同じ存在になることを選んだ。

 真理の一端に触れて、その心臓を賢者の石に置換し、不老不死の存在となったのだ。

 それは、安易な選択ではなかったはずで。


「だって、可哀想じゃない」


 彼女は朗らかに、繰り返しそう言って見せる。


「ヘルメスだって、独りのままじゃ寂しかったでしょ?」

「────」

「それに、あんたが言ってくれたのよ? 好きなところに行けって」


 ここが、あたしの好きなところなの!


 言って、彼女は大きく手を広げた。

 まるで世界を包むかのように。

 あるいは愚かな誰かを、抱きしめるように。


 ……初めの綺羅星ステラよ。

 おまえの末孫は、すごいやつだ。

 俺とおまえが用意した、意地悪な試練をすべて乗り越えた。

 彼女は魔女の限界を超え。

 これからも魔女という概念を存続させていくだろう。

 おまえが望んだように、神秘が尽きた時代でも、おまえたちが生きた証を刻むために。


「ヘルメス、左手を出して」


 最後の──いや、のステラが、そんなことをいった。

 俺は首をかしげる。


「なんでだよ」

「お金あげるから」

「マジかよ!」


 俺は喜んで左手を差し出した。

 俺の小指に、彼女の小指が絡む。

 なにかに気が付いて、手を振り払うより先に、彼女は詠唱を終えていた。


「ゆびきりげんまん、ずっと一緒にいなかったら呪いこーろす、ゆびきった!」

「お──おまえなぁ!」

「あははは! 引っかかった引っかかった! やっとあたし──あんたを騙せたわ!」


 喜ぶ彼女の左手の指から。

 俺の左手の小指へと、薄紅色の契約いとが、柔らかな光とともに結ばれていく。

 けらけらと笑い続けるステラ。

 俺はどうにも困ってしまって。


 その──値千金の呪いを、抱きしめた。


 きっとこれが、あの日、山間の村を救った対価であると信じて。


§§


 これからも、俺たちの旅は続くだろう。

 俺たちはお互いを欺くだろう。

 そうして喧嘩して、殴り合って、笑いあって。

 いつまでも。

 いつまでも。

 世界を見守り続けて。


「なあ、ステラ」

「なによ、ヘルメス」


 いや、おまえってさ。


「──違うな。俺たちって」


 バカだよな?


「ええ、そう思うわ、心から」


 彼女の笑顔は、まるで星の煌きのように眩しく、魔女のように、蠱惑的だった。

 その笑顔に。

 俺の心臓は、賢者の石は、赤く、赤く燃えているのだった。


 はるか遠くに、街並みが見えた。

 封鎖された銅山の町。

 いまはワイン造りで有名な町が。


「──ただいま」

「おかえり──」


 俺たちはそう声を掛け合って。

 そしてまた、歩き出す。


 錬金詐欺師と最後の魔女の旅は、いつまでも、どこまでも続く──




 錬金詐欺師と最後の魔女 ~その賢者の石、燃えます~ 了

 Because we are not alone, it is a happy ending for us!

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錬金詐欺師と最後の魔女 ~その賢者の石、燃えます~ 雪車町地蔵 @aoi-ringo

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