主人公の名前が“ヘルメス・サギシトリマス”。ああ、こういうセンスを笑える人向けの作品ということか。すまない、僕には必要ない。
そう思う君の判断は悪くない。現に私だって同じ考えだった。
だが読み始めてみると、奇跡から科学が切り離されつつある世界を背景に、散りばめられた魅力的な登場人物各々の因果が、進むにつれ絡み合い、過去を掘り起こし未来を形作ってゆく。そんな非常に繊細で丁寧な物語を十全に堪能することができた。
内に真理を秘めるが故に詐欺師を自認する男の、飄々としつつ痛快な、颯爽とした韜晦の冒険譚を。君も騙されたと思って読んでみるのも良いんじゃないか?
本作は「安心して読める良作」だ。何しろ人が死なない! 厄介なトラブルも厳しい試練も、主人公たちは時に力ずくで、時に機転で乗り越える。最後は必ずクスリとし、ニヤリとし、笑顔で旅が続いていく。これは正真正銘、愛と希望の物語なのだ。
「徹底的にストレスフリーを目指した」とは作者の言。その言葉通り、本作は楽しみながらスラスラと読める。一人称の語り口は軽妙で、難解な言い回しがほとんどない。シンプルな描写はするりと頭に入るし、会話もテンポが良く飽きさせない。
本作の最大の魅力は、何と言ってもキャラクターたちの人間臭さだろう。詐欺師ヘルメスと魔女っ子ステラの口喧嘩は見ているだけで微笑ましく、彼らの喜怒哀楽にはすんなりと感情移入できるはずだ。各章に登場するサブキャラたちも、賭博好きな吸血鬼、直情的な貴族令嬢、妖艶な女魔術師、マゾヒストの自動人形など、一筋縄ではいかないクセモノ揃い。それでいて誰もが血の通った(?)愛すべき連中であり、一人ひとりの過去と未来が気になってしまう。
センスの良い言葉遊びも健在だ。呪文詠唱のルビ振りは順当に格好良いし、賭博シーンの「存分に祈り、存分に遊べ<Pray & Play>」、「倍掛け<レイズ>! 倍掛け<スプリット>! そして倍掛け<ダブルダウン>だ!」なども勢いがある。ひねりの効いたジョークもさらっと出てくる。神をロクデナシと評する理由として、「God」と「Good」を比べるなど実に洒落が効いている。
ストーリー構成も上手い。次から次へと起こるトラブルを解決し、オチがついたと思ったらすかさず次章への「引き」が来る。次へ、次へと読み進むうちにヘルメスの素性が明かされていき、気付けば最後の試練へと収束する構造は「お見事」と言わざるを得ない。
なお、本作は同作者の「失楽園のネクロアリス ‐Garten der Rebellion‐」と合わせて読むことを強くお勧めしたい。内容的に全く繋がりのない2作だが、両者は明らかに「陰」と「陽」の関係にある。結末は正反対でも、二つの物語は間違いなく「永遠の愛」をテーマとしたものだ。
ネクロアリスの主人公とヒロインは壮絶な旅路を辿ったが、彼らが夢見たであろう明るく希望に満ちた旅は、本作が代わりに叶えたのだと感じる。
また、本作で登場した自動人形ジーナには、ネクロアリスで旅の同行者となったヘレネーの姿が重なる。どちらも珍妙キャラでありながら、主人公たちを支える重要なサポート役だ。さらには本作の旅の目的地「魔女の楽園」と、ネクロアリスの終着点となった「終末樹<メス・オリジン>」の構造にも類似点が多い。おそらく、興味深い類似点は探せばまだまだ出てくるだろう。ぜひ貴方も対比を楽しんでほしい。
最後に一言:
「よりによってアンタが錬金術で詐欺をするのかよ!」
神秘が科学に塗り替えられていく異世界。
天才錬金術師として生きていたヘルメスは、人をだます、いわゆる『詐欺』で金を稼いでいた。
『金になるのか』そうでないか、彼の行動原理はそこにあると言ってもいい。
そんな彼の物語は、最後の魔女である少女との出会いで動き出す――
博打ヴァンパイアに、恋する絶壁乙女に、ボッタクリ自動人形に、真面目な錬金術師の青年に……
個性豊かな変人どもに巻き込まれながらも、二人の『魔女の楽園』への旅路はある時をもって終わりを迎える。
『魔女の楽園』とは、『最後の魔女』とは……
真実に触れた時、少女は何を選択するのか。彼は何を受け入れるか――
豊富な語彙から紡がれる読みやすい文章に、張り巡らされた伏線、ハイテンポな展開は、読者のハートをがっちり掴む。
ご一読あれ。きっと物語の世界にどっぷりと浸かれます。