第五章 和平と祝祭の作り方 ~競走社会で売りさばき~
第十八錬成 魔術VS錬金術
魔法とは、ただ意志と魔力によってのみ、万象を可能にする奇跡だ。
たとえば、〝紙〟に〝火〟をつければ〝燃える〟。
〝火〟に〝水〟をかければ〝消える〟。
より〝強い火〟で〝水〟を熱せば〝水蒸気〟になる。
これらの工程すべてをすっ飛ばし、対価を必要とせず、不可能を可能にする神秘を、人々は魔法と呼んだ。
そんな不条理。
そんな理不尽たる魔法の、その一端を論理によって再現するもの。
それがアニーの追い求めた魔術であった。
秘匿され、選ばれた一握りの
それを限られた範囲とはいえ、万民が使えるように体系化すること。
アニーはその研究に、生涯を捧げた。
俺のようなロクデナシと取引してまで長生きして、彼女は技術の研鑽に努めたのだ。
「流れ落ちる炎!」
アニーが歌うようにそう告げれば、俺の頭上に火炎の瀑布が生じる。
「世界法理を破却! 賢者の石よ、制作者が命じる。万象の理に向きを与え、
対抗し、俺が詠唱すれば、火炎はこの身にふれるよりも早く結晶化し、金属光沢を帯びて、アニーへと殺到する
「
稲妻、竜巻、水の壁が三重に立ちふさがり、アニーを守る。
波涛の余波が、阿片屈を破壊し、寝そべった中毒者たちを吹き飛ばす。
一瞬、そちらに気を取られ、アニーの肉薄を許す。
腹をぶち抜く威力でたたき込まれた蹴りを、緊急抜剣した魔剣で受ける。
彼女が再び距離を取り、魔術を構築。
その辺に転がっていた建物の破片が、俺へと高速で飛来する。
魔術とは、前述したように彼女が産み出した技術である。
では、俺が行使する錬金術とはなにか。
それはいずれ可能となる技術の集大成だ。
この世の果てまで人間が続くという可能性だ。
魔術は、
錬金術は等価交換によって、
俺とアニーの戦いは熾烈を極めた。
なにせこちらには、ハンディーキャップがある。
これ以上賠償金の額を増やさないために、巻き添えになっている中毒者やオカルティストたちの安全を確保しなければならなかったからだ。
なにより、正直なことを言えば、俺は見惚れていた。
「氷原の滑落!」
「急速置換。石は土くれに、氷雪は水に!」
その場で発生した土石流と雪崩を、俺は瞬間的に昇華。
無毒な気体へと変換する。
ここを好機とみて、彼女がさらに、呪文を高速詠唱。
同時に懐から数枚の札を取り出し、こちらへ投擲した。
決めに来たか!
「彼方から出でよ──
札を中核として、すさまじい勢いで燃え上がる炎は、翼持つ巨鳥となって飛翔。
俺を焼き尽くさんと、破壊のかぎりをつくしながらこちらへ突撃してくる。
魔法じみた現象だが、驚くべきことにこれは魔法ではない。
ああ、なんということだ。
「────」
彼女がぺろりと、上唇を舐めた。
誘っているのは明白だ。
俺と彼女、どちらが上か、決着をつけたいのだろう。言い換えれば、おのれの技がどこまで届くか、それを知りたいのだ。
もしあの魔術が、最大威力で爆発すればこの一帯は吹き飛ぶ。
俺たちは無事でも、場合によっては死者が出る。
俺は。
楽しくって、ニヤッと笑う。
「
この世は火水気土、そして
碩学者や魔術師は、このエーテルを精密に分析しようとするが、錬金術師は違う。
その奇妙なふるまいを、ありのままに扱うのだ。
ゆえに、錬金術師は、叡智を使うものでありながら、いまだ神秘に属するものでもあるのだ。
等価交換。
たった一つ、その縛りによってのみ、錬金術師は常に奇跡を可能にする。
だが、俺が懐から取り出した黄金に輝く結晶体は、それすら超越するものだった。
それは真理に到達したものだけが手にする極限。
この世にふたつしかない、等価交換の原則すら破却する究極!
真にしてまったき賢者の石が、いま、その力の一端を解放する──
「燃焼するものよ、世界を満たすものよ、腐食させるものよ。ヘルメス・サギシトリマスの名において命じる……この場より、消え失せよ! ──全員、息を止めてろよおおおおおお!」
俺の言葉を、どれだけのものが聞くことができたか、それはわからない。
なぜならその刹那、音を伝達する媒体は消滅し。
同時に、すべてを吹き飛ばさんとしていた爆風の化身は、ろうそくの火をそうするように、掻き消えていたからだ。
絶句するアニーの瞳が、そのまま反転──白目をむく。
糸の切れた人形のように崩れ落ちる彼女を、俺はなんとか抱き留めることに成功した。
炎は、燃焼するものがなければ、燃え盛ることはできない。
音は、空間を満たすものがなければ伝播されない。
俺はその因子たる酸素を、空間中からすべて消去したのだった。
酸素がなければ、人はたやすく意識を失う。
もちろん、そんな馬鹿気た真似は軽々しくできるものではないし、そんな事実を知っているものも、そうはいない。
エメス・シナバル──賢者の石の到達形。
それだけが、この奇跡を可能にした。
「まったく、無茶しやがってよ……今回は俺の勝ちだが……しっかし、よくやったよ、おまえは」
勝利宣言をしつつ、俺は呆れたようにため息をつく。
俺の前髪、その一房が、炎によって焼き切られていたからだ。
そう、アニーの半生は、ついに俺へと届いたのである。
おめでとう、最新にして最初の魔術師よ。
おまえは魔術を、完成させたぞ?
「ざまぁみろ……ロクデナシめ……」
顔色が良くなった彼女が、気絶したままそう呟くのを、俺は苦笑とともに聞いていた。
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