第二十四錬成 等価交換と労働の対価
「申し訳なかった……! まさかあなた様が、あのヘルメスさまだったとは露知らず……!」
「あー、そーゆーのいいから。いまの俺は、ただの旅のおっさんだから」
「しかし! 始祖錬金術師どのは──」
「めんどくせぇなぁ、おい」
手のひらを返したように、いろいろと言い募ってくるジルを、辟易しながら宥め、考える。
こいつについての評価は変わらない。
やはり有能で、有望な錬金術師だ。
錬金術師の時代など、いつ終わるともしれないが。
しかし、ひょっとすればこいつならば、賢者の石ぐらいには辿り着くかもしれないと思える。
あるいは犠牲を払うかもしれないが、それでも、可能性はゼロではない。
彼の目指す場所は賢者の石だという。
なら、その先にある真理への到達──すなわち神との邂逅までは、さすがに期待できないだろう。
俺のように、心臓が賢者の石そのものでもなければ、それはまずもって不可能な事柄なのだから。
なにせ、普段から稼いでいるお金さまを湯水のように浪費して、無数の賢者の石を生み出して、はじめてこの心臓は維持できるのだから。
「あー……俺、嘘ついたな」
じつは先ほどの錬金術、この心臓を対価にしたものだ。
つまり、意図的ではないにしろ、俺は詐欺を働いたことになる。
かっこつけていたぶん、なんか背徳感がある。
「仕方ねぇ、サービスしてやるとしよう。えっと、どこにしまったかな……」
取り戻した荷物の中から、俺はあるものを取り出す。
本物のエメラルド板。
それは手に収まるほどの小型な、わずか十二の寓話からなる、しかしこの世の真理そのものが刻まれたタブレットだった。
「全文が暗号化されているが、まあ、おまえさんなら数年で解読できるだろ」
「よ、よろしいのですか、このようなものを頂いて!? 始祖錬金術師が手ずから生み出したものとなれば、神話にも残る本物のエメラルド板なのでは!?」
「ばっか、誰がタダっつったよ!? 錬金術の基本は?」
「等価交換です!」
「おう、数日分の食料! それからこの辺一帯で商売する許可を取り付けて来い!」
「は、はい!」
「ただし──だ。これだけは約束しろ」
俺は、ジル・ド・ライの顔を正面から見つめ、低い声で告げた。
「自分の子どもを、賢者の石の犠牲になんかすんなよ」
「────」
「材料なんてもってのほかだし、錬金術師になるように縛り付けるのもよくねぇ。なんせ子どもってのは、自由なもんだからな」
「それは……」
「おまえの大好きなナズトリアさまにやろうと思えないことを、ほかの奴にやるんじゃねーよって話だ」
それが、この若者の危うさだった。
重ねて言うが、こいつは有能で有望な錬金術師だ。
だからこそ、道を踏み外すところを、俺は見たくなかったのである。
例えば、いつかの自分のように、だ。
そんな感傷的な意図が通じたのかどうか、
「委細承知!」
いくつかの迷いの末に、彼はそう断言してみせた。
そうして、俺に対して礼を尽くすと、大急ぎで領主の元へ戻っていったのである。
どうやら約束は、きちんと果たしてくれるつもりらしかった。
さてっと。
「おう、元気にしてたか、ステラ?」
「えっと……ひさしぶりね、ヘルメス」
「なんだ、妙に殊勝な態度じゃねーか」
「あんたさ……じつはすごい錬金術師だったのね?」
困惑したように、そんなことを口にする魔女っ娘。
俺は呆れたように肩をすくめた。
「いまさらわかったのか、世間知らずめ。初めから言ってるだろ? 俺は超抜級の錬金術師ヘルメス・サギシトリマスだと」
「ええ、いまになってようやく理解したわ。その点については、ごめんなさいよ」
「そうかよ……だったらこの呪い、解いてくれよ? じつはこの一か月、魔女の楽園を目指さなかったせいで腰に呪いが」
「ただの腰痛でしょ!? なんでもかんでもあたしのせいにしないで!」
「はん!」
どうやら、元気なのは嘘じゃなかったらしい。
俺は苦笑し、荷物にふれる。
「ホムホムちゃんも、お疲れなー」
『ご主人、心配したぞ。いくら怪我なんてすぐに治るからって、無理はよくないぞ? だいたい、スーちゃんにプレゼントしたいからって真面目に働くなんてらしくない──』
「わー! わー!」
俺は慌てて、フラスコを荷物の奥へと押し込む。
そういえばこいつ、万物全知だった。
「黙ってろよ、割られたくなかったら黙ってろよ!」
『もがもが』
「えっと……なんの話?」
……あー。
「まあ、隠すような話でもないか……ほらよ!」
「ふぇ?」
俺は、ついさっき買い求めてきたばかりのそれを、彼女に投げて渡した。
綺麗に包装された、紙包み。
「これ、なに?」
「あけてみればいいんじゃね?」
「…………」
言われるがまま、包みをひらいたステラは。
その赤いおめめを、丸くした。
「この……これって、あのときの!」
「欲しがってただろ、おまえ」
そう、ひと月前、あの店で売っていた赤い旅装束。
たくさんのポケットと、たくさんのベルトがあしらわれた防寒着。
頭まですっぽり隠せる、至極機能的な一品。
「年頃なんだ、おしゃれぐらいしたっていいさ」
「プレゼント、してくれるの……?」
「まー、な」
「……ヘルメス、ひょっとして」
なにかに気が付き、あっと声を上げるステラ。
俺は渋面で、そっぽを向いた。
「まさかあんた、これを買うためにわざと労働を──あたしが、汚いお金は嫌だって言ったから?」
「前々から思ってるんだが、そういうのは言わないから花があるんだぜ、ステラちゃん?」
まったく、いろいろ台無しである。
俺が盛大にため息をつくと、彼女はこらえきれなくなったように笑いだした。
そして俺も。
つられたように、笑う。
次第に笑い声は大きくなり、ふたりしてバカみたいに大笑いしてしまった。
「あー、おかし」
「そんな、泣くほどにかよ?」
「ええ、こんなにおかしなことってないわ」
俺は鼻を鳴らす。
彼女は笑う。
「ねぇ、ヘルメス!」
ステラは、言った。
「あたし、絶対、ぜぇええええったいに、あんたとの契約、解除しないから!」
「あ!? なんでそうなるよ!?」
「秘密! 乙女の秘密よ!」
ステラは。
星の名を冠する彼女は。
そういって、綺羅星のように、笑ったのだった。
§§
そうして、俺たちはニヤロの町を発った。
数十日後。
ついに、俺たちは魔女の楽園へと、辿り着く。
困難な試練が、
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