第十四錬成 人形娼女ジーナ
「コースはどれにいたしますか? お手々でございましたら200ポンド、口でございましたら600ポンド、股座であれば800ポンド。そしてそして、スペシャルコース。この絡繰りの仕組みで搾り取られたいとのたまうお客様には、特別に1000ポンドで応対しております」
機械的な表情で。
機械的な抑揚のない声音で。
機械的な身体を示しながら、女は言う。
トリストニアは黄金と暗黒の街だとは聞いていた。
しかしまさか、ここまで業の深い代物を取り揃えているとは思ってもみなかった。
まさか──
「どこの工房の出身だい、女将さん?」
「お客様は詳しい方なのですか。安心安全のジャヴィール・ハイヤン工房出身でございます。お客様のような殿方、特にナイスミドルを悦ばせます方法に、当方は秀でております」
わーい、聞き覚えがある工房だー。
控えめに言って、最悪である。
「変人はすべて、一度はこの街にやってくるからなぁ……いるとは思ってたが、工房まで構えてんのか……」
「ヘルメス? えっと……よくわかんないんだけど、このひとは?」
「見てわからないか? ステラ、こいつは人間じゃない。これも、錬金術の産物だ」
俺は、腹の中の臓物──その代わりに蠢く
ステラは、いまさら気が付いたように目を丸くして。
それから、感心したようにつぶやく。
「錬金術って、なんでもできるのね……」
「魔法のほうがなんでもできるだろ……」
「でも、とても興味がわいてきたわ」
「おう、なんだ? 教えてやらんでもないぞ? いまなら初回割引で──」
「あの、お客様」
作り物めいて美しい、黒髪のオートマタが。
その歯車の透ける瞳を器用に瞬きさせながら、俺たちの会話へと割って入ってきた。
「もしやお客様は、お客様ではないのですか?」
「ん? ああ……すくなくとも、おまえさんで楽しみに来たわけじゃねーな」
「では、即時お引き取りを。当方も、暇ではございませんので」
言いながら、機械人形はこちらへと左手を向ける。
ひじのあたりからぽっきと折れた腕のなか。
そこから、
なんたる剣呑。あの変態が喜びそうなギミックである。
俺は、おどけたように両手を上げた。
ステラがまたぞろ、魔法を使おうとするのを制しつつ、告げる。
「客ではないが──しかし、安全に寝泊りできる場所を探してはいる。どうだろう、既定の料金は払う。だから、ここにかくまっちゃくれないか?」
「…………」
俺の問いかけに、オートマタはしばらく静止していた。
表情は変わらないが、その瞳の奥で、歯車がせわしなく動いている。
やがて、なにかを理解したかのように、彼女はスチーム・ガンを収納した。
そうして、椅子に掛けてあった服を羽織り、身なりを整えると、
「ようこそお客様! 当店ただいま出血大サービス中でございまして、なんと300ポンドからご宿泊いただけます……!」
無表情に、無機質に。声の音量だけを大きくして。
揉み手という、無駄に高性能で芸の細かいそぶりを見せながら、売り子の真似をしてきたのだった。
こいつ、けっこう商魂たくましいな……
§§
「当方の名前はジーナと申します。ファミリーネームはありません。自動人形のジーナです」
機械ましましなお腹の部分に、かなりきついコルセットを巻き、ステラには存在しない豊満な北半球をこれでもかと強調した彼女は、あらためてそう名乗った。
俺は頷き、いま一度要件を告げる。
「ジーナ。俺たちは安全な宿を求めている。用立てることができるか?」
「もちろんでございます、お客様。当店は明朗会計。支払いがなされる限り、完璧なサービスをご提供いたします。下のお世話からお食事まで。お口を開けるところからお口を開けさせるところまで。はい、この
「……俺たちみたいな客、ひょっとして多いのか?」
「訳ありのお客様が、この街で普通のホテルに泊まることはまずありえません。なにせ、あちらかそちらが、牛耳っておりますので」
そういって、彼女は作り物の細い指を、俺たちが入ってきた窓の外へとむける。
そっと身を隠し、窓際からアゾット剣を突き出し、外の景色を反射させる。
すると、階下の街並みを、黒服の男たちと三角赤ずきんの男たちが駆け抜けていくところだった。
……なるほど、よくできた街だ。
「あんたらは、どっちかには属していないのか?」
「当方の産みの親、ジャヴィール・ハイヤンは変わり者でございます。変態でございます。奇人でございます」
「言ってやるな……事実だが言ってやるな……」
「それゆえ、実利を最優先とし、彼らとは手を結びませんでした。中立であることが、もっとも利潤につながったからです。オンリーワンはそれだけで特別ということです」
「はーん」
ひとり納得していると、誰かが俺のローブを引っ張った。
誰かというか、ステラだった。
彼女はどこか、不安そうな顔をしていた。
「なんだ、俺が美女と話しているのが気に食わないのか?」
「つーん!」
プイっとそっぽを向くステラ。
いや、本気でどうした。
「冗談だ、わかってる。こいつが信用できるかってことだろ? 大丈夫だ、信頼できる」
「なんで? というかね、ヘルメスが一番信用できない」
こいつ、やっぱり口が悪いな。
まあこの際、俺のことは置いておこう。
「ステラ、おまえは自動人形にふれるの、初めてか?」
「……だって、あんな小さな町にずっといたんだもん」
だろうな。
なら、知る由はない。
俺は、彼女にきっぱり教えてやることにした。
そもそもオートマタとは。
「
「なにそれ……まるで、悪魔みたいね」
ピンときていない様子で、ステラは首をかしげる。
確かに自動人形と悪魔は、契約に縛られるという意味では似たようなものだ。
だが、オートマタは、人間の業欲が作り出した産物である。
ステラはそのことを、翌日になって思い知ることになるのだった。
俺たちをさがす怒声と、蒸気の音だけが、夜を徹して響いていく。
トリストニアの夜が、更けていく──
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