第十五錬成 お金さま=契約=ルール
自動人形が経営する宿とはいえ(そして娼館だったとはいえ)、朝食はまともなものが出てきた。
焼きたてのライ麦パンにはバターが添えられており、蜂蜜もかかっている。
内地だというのに、フィッシュアンドチップスは見事な狐色で、おまけに生臭さがない。
マッシュポテトにはパセリ粉末をかけ放題で、ついでに注文すれば、アイスワインまで出てきた。
凍らせたブドウで造るアイスワインは、ずいぶんと昔に気に入って、それから愛飲している。
それがあったからだろう、俺はたいそう満足な朝食を摂ることができた。
これにはステラもご満悦……と思いきや、どうにも表情が芳しくない。
なんだよ?
結構な出費をしてるんだから、朝飯ぐらい楽しめよ。
「うん……でも、あたしがここにいると、ジーナさんたちにも迷惑がかかるし」
自動人形娼館──ホテル・オートマタ。
ここにはオートマタしかいない、というわけではない。
その整備……というよりも小間使いとして、数人の少女が住み込みで働いているのだ。
俺たちの食事や、寝所の準備を甲斐甲斐しくやってくれたのも、彼女たちだった。
短髪のジェシー。
そばかすのエマ。
無口なユノ。
聞けば、彼女たちは身寄りのない孤児だったらしい。
奇特極まるジャヴィールは、なんのつもりか少女たちを引き取って、ここで働かせているのだという。
まさかとは思うが、実験材料にしようとかじゃないだろうな……
「ご安心くださいませ、お客様。人間はオートマタにはなりません。同時にもう一つご安心ください。あの娘たちには徹底的な教育を施しております。セキュリティーは、保証いたしますよ」
ジーナはそんな風に語って見せる。
様子をうかがうかぎり、少女たちの立ち振る舞いは堂々としたもので、一流ホテルのそれにも劣らない。
俺の想像よりも、きっと手酷い修羅場をくぐってきたのだろう。
不憫ではあるが……客としては安心できる。
「だったらそちらは納得しよう。それで、ステラ。とりあえずここを拠点にするとしてだ、なんとか魔女の楽園──その情報を、俺は探したいと考えている」
「……え?」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするステラ。
なんだその、微妙な顔は。
「だ、だって。この街にいたらヘルメスも危なくて、早くどっかに逃げなきゃいけないし」
「あのなぁ、なにしに来たんだよ、この街に?」
「それは、魔女の楽園の、ごにょごにょ」
「そう、情報を手に入れるためだ。東にあるってだけじゃ、どこまで行けばいいかわからんしな」
ゴー! イーストゴー! という、なんかテンションだけで頑張れるほど、俺は若くない。
第一、魔女の楽園は場所を変えるのだ。
いまどこにあるかを知らなくては、俺ですらたどり着けない。
これはホムホムちゃんがいても、同じことだ。
「もっとも、それを知ってるやつの目星はついてる。そいつらに会えば、おまえが狙われてるっつーこの状況も、なんとかできるはずだ」
「ほんと!?」
ガバッと立ち上がった拍子に、彼女のフードが外れる。
露出した頭部では、狐耳がピコピコと動いていた。
「動くのか……高性能だな」
「ちょ、恥ずかしいし! 見ないで!」
「お客様! オプションもございます! 3000ポンドでケモノ耳ケモノ尻尾系のオプションもございますが……!」
うるさい。
こいつらうるさい。
ステラはともかく、ジーナもジーナである。
感情が表現できないからって、機械的に音量だけ上げられても困る。耳がキンキンするじゃねーか。
「しかし、なるほど把握しました。そちらのお嬢様が、ケモノ憑き。その治療のために、お客様たるお父様とこの街を訪問されたと」
「なにひとつ合ってないの、すごいな」
「しかし性欲を処理できなかったお父様は、ホテル・オートマタにご来店。情欲に狂いに狂って、おまけに娘さまにまで欲情し……理解しました。これが人間の業の深さですね」
「なにひとつ合ってないの、すごいな!?」
勝手にナニを理解したつもりになっているのだ、このポンコツは。
「そうだったの……ヘルメス……最低」
そしてこっちの
食後のお茶を口にしながら、俺は首をかしげるしかなかった。
§§
「お客様が外出されるのでしたら、このジーナ、お供いたします」
ちょっとそこまでとはいかないので、それなりの準備をしていると、ジーナがそんなことを言い出した。
詳しく聞いてみると、これも契約の一環だという。
「はい、お代を頂きましたお客様の心身をお守りいたしますのは、オートマタとして当然のつとめ。なんのためにお客様が高い金を払われたのかといえば、つまりこのためです。正当な対価が支払われる限り、当方は絶対に裏切ることのないお客様の味方なので」
「なるほど。娼館というのは表の顔で、実際は避難所なんだな、ここは。あるいはボディーガードの斡旋所──」
「いえ、ジャヴィール・ハイヤンは自らが創出した機械人形が、お客様ごときに振り回され、蹂躙されることに大変な性的倒錯──有り体に言えば劣情を催します。また、オートマタが壊れると、とてもハッスル致しますので、これは趣味の一環かと」
「……ああ、聞いた俺がバカだったわ」
既知の友人とはいえ、ジャヴィールはおかしなところがある。
すすんで会いたい相手ではないし、たぶん二度と会うこともないだろう。
とはいえ、ありがたい申し出ではあった。
俺はともかく、ステラはこの街に不慣れである。
詳しいものがいて、損はしない。
そんな風に考えていると、ジーナがおもむろに手を差し出してきた。
なるほど、これからよろしくということで
いいだろう、握手ぐらいタダだし、してやるとするか。
俺はかすかに微笑み、その手を取った。
「なにをしているのですか、お客様?」
「あ?」
「追加料金です。護衛と口利きも致しますから、一見さん割引も入れまして──400ポンドで結構です。あ、握手代金20シリングもお忘れなきよう」
「…………」
なるほど、機械的守銭奴とは、恐れ入った。
「ヘルメス……オートマタさんって、怖いね」
ステラのそんな呟きに、俺は苦い同意を返すしかなかったのだった。
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