第二十二錬成 なにをしている? 詐欺をしている!
宵越しの金なんて俺はもっていないので、先立つものは稼ぐしかない。
トリストニアで巻き上げた金も、すでに底をついていた。
あのドケチな魔女っ子はそもそも金の使い方がわからない。
というわけで、俺は食い扶持を稼ぐべく、ニヤロの街頭に立っていたのだった。
「ございとーざい! 俺は稀代の錬金術師ヘルメス・サギシトリマス! 今日は皆様だけに、錬金術の秘奥をお教えすべく、特別にこの街へやってきた。例えば錬金術とは、一般に黄金錬成を目指す学問であるが──」
べらべらと適当な錬金術の話をしていると、すこしづつ客足が増えてくる。
しかし、どうもいつもの興行とは、様子が違う。
ひどく不審そうな──俺の格好は不審者なので間違いではないのだが──それにしても奇妙に厳しい目つきで、客たちは俺のほうを睨んでくるのである。
ひそひそと内緒話する者も多かった。
俺は構わずに続ける。
とにかく、パッとした金が欲しいのだ。
「さて、そんな錬金術を、みなさまが自分で実践できるとしたら、どうするか!」
「どうって……そんなことができるのかよ?」
住民のひとりが、食いついた。
俺はしめしめと内心ではほくそ笑みつつ、表情だけは学者のように厳粛にして、頷いて見せる。
「もちろん。どんな人間にも、学ぶことは平等に許されている。正しく学ぶことさえできれば、そして根気さえあれば、人はたいてい、物事の本質程度にはたどり着けるのだ。そして、それを可能にするのが──本日ご紹介する、この教科書だ!」
『てれってっててー』
ホムホムちゃんのファンファーレに合わせて、俺は荷物から一冊の書物を取り出した。
かなり粗雑なパルプ紙を、寄り紐で束ねただけのやっつけ感満載な本。
その表紙には、俺直筆のセフィロトの樹が書かれている。
「その名も〝猿でもわかる錬金術教科書愛蔵版〟! この書物の中に書かれた暗号を、付録の解読表で毎日三ページ読み解くだけで、なんと錬金術が習得できてしまうというすごい本だ!」
実際は旅の合間に走り書きした、清書もなにもしていないメモ帳なのだが。
まあね?
俺ほどの錬金術師のメモ帳ともなればね、ほらもう、真理バリバリだから!
「というわけで、この本がたったの20ポンド! いまならおまけで錬金スターターセットが付いてくる!」
言いながら、俺はエメラルド板(塗装済み)を荷物から取り出そうとして──
その手を、誰かに掴まれた。
「待て、旅の錬金術師よ」
「あ?」
顔を上げる。
そこにいたのは、ひどく精悍な顔つきをした、妙に身なりのいい男だった。
その男は、一種の情熱のようなものを瞳の中で燃やしながら、俺をにらみつけ、言う。
「ここはナズトリアさまの領土ニヤロ。誰の許可を得て、錬金術を披露している?」
「おや、許可がいるのか? そいつは知らなかった」
「貴様……ここで、なにをするつもりだった?」
なにをしているかって?
詐欺をしているに決まってるだろうが!
……なんて、正直に言うのは物語の悪党だけだ。
俺は愛想笑いを張り付けて、へこへこと頭を下げる。
「こいつは申し訳ない。いえね、俺はただ、ちょっとした商売をやろうかと思っていただけで」
「下郎が……民草相手に詐欺を働くつもりであったな!」
「滅相もない」
両手を振って否定しつつ、周囲の様子をうかがう。
聴衆たちは、先ほどまでの不穏な様子を一切なくしていた。
この青年の到着を心待ちにしていたと言わんばかりに、安堵の表情を浮かべている。
ああ、だいたい把握した。
そういうことか。
俺はニヤッと笑って、そいつへと話しかけた。
「つまりなにか、あんたはその、ナズトリアさまとやらをパトロンにする、俺のご同輩で」
「貴様のような三流錬金術師と一緒にするな!」
男が俺を突き飛ばす。
「ヘルメス!」
それまで物陰に引っ込んでいたステラが、飛び出してきて俺の背中を支えた。
「どうした、詐欺には加担しないんじゃなかったのか?」
「こんなときは別よ! なにがあったの!?」
なにって、そりゃあ。
「ここの領主さまに仕える錬金術師が、自分の庭を荒らされるのを黙ってられねぇって、顔を出してきたのさ」
俺は不敵に笑い、その精悍な顔つきの男を見た。
男も鷹のような目つきで俺をにらみつけ、懐から短剣を抜く。
つくりは粗い。
柄にはまっている宝珠も、ろくなものではない。
つまり、三流が三流を貶しに来たわけだ。
まったく、嫉妬と夫婦喧嘩は犬だって食わないぜ。
「下がってろ、ステラ」
「で、でも」
「なーに、速攻で終わらせてやるよ」
いうなり、俺は地面を蹴った。
雷霆の速度で地面と水平に飛翔し、懐からフラスコを投げつける。
中身は爆発する水──ニトログリセリン!
少量ではあるが、奴の戦意を削ぐには十分……のはずだった。
だが、その男は、
「風よ! 轟々と唸りて、束なりて! 白き渦となって災禍を封じ込めよ!
一切のよどみのない詠唱とともに、男が魔剣を振りかざす。
すると、その場にあった大気が急速に凝縮。
密度を増して白く濁り、フラスコを閉じ込めてしまった。
そして、むなしく響く爆発音。
完全にニトロの爆破を封じられた!
「ばっかじゃねーの!?」
俺は、バックステップを踏みながら、いろんなことに毒づいた。
「三流どころか……ちゃんとした錬金術師じゃねーか!」
そう、男は一流……とはいかないまでも、腕の立つ錬金術師であったのだ。
男の手の中で、魔剣は砕け散っている。
なるほど、一回こっきりの
つくりが粗いのは、勿体ないからと──おのれの力量を隠すため!
手が込んでいる。
「逃がすか!」
男が新たな魔剣を取り出し、追撃で風と雷を放つ。
俺はさらに背後へと飛ぶ。
「ヘルメス!」
ステラの悲鳴。
ハッと振り向いた俺の視界に飛び込んできたのは、ほんの数刻前に見た、あの赤色の旅装束で──
「──かはっ」
打ち据えられる全身。
雷で神経が一時的に麻痺、風圧で肋骨が数本ぶち折れる。
「加減って……もんを、しらないのかよ……」
崩れ落ちながら、息も絶え絶えに俺はつぶやく。
「しっかりしてよ、ヘルメス!」
「いてぇから……ばか、揺するんじゃない……」
「ヘルメス!?」
涙目のステラ。
そして、コツコツ、コツ、コツと──
石畳を踏みしめながら、その男がやってくる。
男は悠然と、そして軽やかに、輝かしくローブを翻し。
まるできめ台詞のように、声を上げた。
「領民たちよ! 悪は確かに退治された! 安心して商いに励むがいい!」
歓声があがる。
住民たちが口々に、男を誉めたてる。
その男の名は──
「僕はジル。ジル・ド・ライ! 貴様のような錬金術の品位を貶める輩を、けっして許さないものだ……!」
彼──ジル・ド・ライは、俺に対して、こう告げた。
「貴様には、更生のために、三か月間まっとうな労働に従事してもらう!」
「は……ハハハ」
俺は、乾いた笑い声をあげた。
そのぐらいしか、できなかった。
「あー、油断しちまったなぁ……」
もっとも、渡りに船では、あったがな。
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