第三章 女貴族は恋の病 ~故意に恋する乙女なら~

第八錬成 結婚詐欺師ヘルメス

 ヘルメス・サギシトリマスという錬金術師も、そりゃあ男なので、色恋沙汰の一つや二つはある。

 酒場で色気ムンムンのマダムを引っかけた話とか。

 貴族の婦女子に大人気だった話とか。

 素敵なレディーを巡って決闘した話だとか、まあ、そういう逸話が、ないわけではないのだ。


 しかしこういったものを武勇伝的に振りかざす男というのは、往々にして器がちんまい。

 じつにミニマムだ。

 男の前で小さいという言葉は厳禁だが、あえて言おう。小さいのだと。

 だから、俺は過去にはこだわらない。

 過去を振り返らない。干渉しない。

 とはいえ、だ。

 これだけは、断固として口にさせてもらおうと思う。


「結婚詐欺とか、やったことねーよ、バーカッ!」


 思いっきりしてやると、その身なりのいい女は瞬間的に顔を真っ赤にし、蒸気機関のように頭から湯気を吹き出すと、


「なんだとこの野郎! 女を泣かせるのが趣味の、スケコマシのくせに!」


 非常に口汚く、俺を罵ってきた。

 わーい、事実無根だー。まったくの冤罪だー。

 こいつ、ぶっころす。


「黄昏よりもなお赤き賢者の石よ、万物万象を永劫回帰の輪に取り込み安らかに眠れ。錬金術師ヘルメス・サギシトリマスが命じる、拓け、真理の扉よ!」

「わー! わー! ヘルメスそんなのだめよ!」


 目の前の存在をエーテルまで逆行させようと錬金術の構成を編んでいると、両手を振り回しながら、間にステラが割って入ってきた。

 慌てて構成を打ち消すと、彼女は無い胸をなでおろす。


「だれが絶壁ですって!?」

「女にもちんまいは禁句だったか。すまん。すまんな、ちんちくりん」

「ムキー!」


 猿のようにひっかいてくるステラをあしらいつつ、身なりのいい女のほうを見る。


「────」


 無言で、すさまじい圧力を発している全身甲冑フルプレートの騎士が、彼女を万全にかばっていた。

 俺の錬金術を防げたとは思わないが、しかし一切隙がない。

 隙がないというより、呼気の乱れが感じられない。

 いや……もっと言えば、その鎧ゆえに体格どころか、顔つきすら窺えないのだ。

 あまりに微動だにしないので、ここがあの廃城だったら、置物だと勘違いしていたかもしれない。


「────」


 と言う冗談が通じないほど、そいつは俺に向かって、戦意を投射していた。

 彼が背負っている巨大な剣──竜だって殺せそうな大得物を見れば、並大抵の使い手でないことは、一目でわかる。

 コケ脅しでないとすれば、ヒトデナシレベルの怪力のはずだ。

 そいつがあんまり圧力プレッシャーをかけてくるものだから、思わず舌打ちをしてしまう。

 

「くそ、やっぱりエーテルにまで分解してやりたい……」

「落ち着いて」

「落ち着いている、俺は落ち着いている、どう考えてもあの女が悪いだろ!」

「どうどう」

「俺は馬か!」


 だんだん俺の扱いに慣れてきやがったステラが、怒りの矛先をわざと自分に向けさせる。

 確かに、普段ならとっくに、彼女が魔法をぶちかましているタイミングだ。

 ……なるほど、OK。冷静じゃないのは俺だ。

 ひとつ頷いて見せると、ステラは俺が納得したことを理解したようで、視線を謎の女へと切り替える。

 彼女は、物おじせずに問いかけた。


「それで? あなたは、どこのだれなの?」

「……なんだ結婚詐欺師。今度はこんな小娘を、薄汚い毒牙にかけるつもりか? 汚らわしいにもほどがあるな! 害虫のようにすりつぶしてやりたい!」


 奇遇だなぁ、俺もおまえを、乳鉢ですりつぶしてやりたい。


「落ち着いてってば、大人でしょう? えっと、誰だか知らないけど、名乗るつもりがないのなら、それでもいいわ。でもそれって、あなたが後ろ暗いってことよね?」

「……む」

「あたしはステラよ。きちんと名乗る。ゆえあって、ヘルメスの旅に同行しているの。あなたの言うとおり、確かにこの男は詐欺師だわ。でも、女を泣かせるような奴じゃない」


 なんだ?

 なんでこいつの中で俺、こんな評価が高いんだ?

 金策に困ったら売り飛ばすつもりなのに?

 呪いのせいで嫌々一緒にいるのに?


「これが吊り橋効果か……」

『ご主人、それ、まだこの時代にない概念だからな』

「うるせぇ、割るぞ」

『……しくしく』


 ホムホムちゃんといつものやり取りをして、ようやっと頭に上っていた血が下りてくる。

 本格的に疑問を覚えた俺は、身なりのいい女を仔細に観察することにした。

 金色の髪に、碧玉の瞳。

 どっかのお貴族様といっても遜色のない、しかし少し険の強い顔立ち。

 そしてその隣には、無口な全身甲冑。

 無口……いや、微動だにしないその振る舞いは──


「あ」


 思い出した。

 その女に人差し指を突きつけ、俺は吃驚の声を上げる。


「まさか、おまえ──マリアか! あのマリア・テレジア!?」

「呼び捨てにするな! そうだ、私はマリア・テレジア。六年前──おまえに惚れ薬を飲まされ、置き去りにされた……哀れな娘だ!」

「おー、真理エメス……」


 あまりの驚愕に、俺はあほ面をさらしてしまった。

 なにせ彼女は、



 ──その当時、世話になっていた貴族の、一人娘だったのである。

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