錬金詐欺師と最後の魔女 ~その賢者の石、燃えます~

雪車町地蔵

第一章 鉱山の街で ~その出逢いは運命のように~

第一錬成 稀代の錬金詐欺師、魔女と出会う

「俺の名は、その名も高きヘルメス・サギシトリマス! 大いなる錬金術の産物を、今日はなんと、この街の皆様だけに紹介させてもらおうって寸法だ」


 いくつもの屋台が立ち並ぶ雑踏。

 頭上では薄汚れた洗濯物が揺れている。

 空は蒼く晴れ渡っているが、ときおり精鉄の煙がたなびいていく。

 地面には野菜くずや犬の死骸。

 おー、末世。


 対照的に、遠くでは蒸気機関を積んだ試作列車が、文明的な汽笛を上げていた。

 いまの時代を象徴するような混沌が、この街にはあった。

 俺は、大衆たちに呼びかける。


「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! この世の真理を追究し、おおよそすべてを可能とした錬金術が大秘術! その集大成をご覧あれ!」


 無精ひげに、よろよろのローブ。

 瞳だけが珍しい金色。

 そんな怪しい風体の俺は、科学が浸透し始めた現代では不審者だ。

 大陸の西部にあるこんな片田舎でも、観客の視線がすこし厳しい。


「珍しいな、錬金術師だってよ」


 とはいえ、奇矯にあこがれるのも人間の常だ。

 錬金術師がいると聞き及んで、物珍しさから、少しずつ客が集まってくる。

 そうしていると、一台の蒸気自動車が通りかかった。

 その車内から、身なりのいいジジイが視線を向けてくる。

 車はまだまだ高級品だ。

 おそらく、ターゲットで間違いないだろう。

 俺はさらに声を張り上げ、荷物から〝それ〟を取り出した。


「さて、これなるは万物全知の大結晶! 神より賜りし命の創造──禁忌の領域──人工生命ホムンクルスで御座い!」


 手の平ほどもある哲学者の卵フラスコの中で、もぞもぞとなにかが蠢いている。

 大きさは親指の先ほど。

 人間のようでいて、霧のようでもある。

 中性的な小人とでも言えばいいのか……ようするに、それがホムンクルスのホムホムちゃんだった。


「おいおいおい。それが本当に、ホムンクルスだって証拠があるのかよ!」


 集まっていた客のひとりが、その場にいた全員に聞こえるよう、わざとらしい大声を上げる。

 俺はさも心外だとばかりに、首を振って見せた。


「おお、嘆かわしい。神の神秘を信じないのか」

「おまえは錬金術師だろ!」

「そのとおり。俺は真理を探求する者だ。だからこそ、偽りは口にしないぜ! それでも疑うっつーのなら」

「どうするっていうんだよ?」

「こいつに質問してみりゃいい。ホムンクルスは万物全知、どんなことだって知っている。今回は、もってけ泥棒、特別だ。あんたの質問に答えてやるさ。なんなら下履きの色でも、あててやろうか?」


 俺が茶目っ気たっぷりにそういうと、観衆に笑いが巻き起こった。

 どんな時代でも、下品なネタというのは受けるものだ。


「そ、そんな下らねぇことはどうでもいい! なら、ならよ──カミさんがへそくり隠してる場所、おいらに教えてくれないか!」

「ちょっと、なにを言ってるんだいあんた! あたしゃそんなことしないよ!」


 男の隣で、芯の強そうな女性が怒声を上げた。

 そうして、男の背中をバシバシと叩く。

 男は目を白黒させていたが、「たのむぜ!」と、念を押してきた。

 俺は鷹揚にうなずき、ホムンクルスへと質問をする。

 ここまでは、計画通りである。


「我が求めに応じ、真理を此処に示し給えホムンクルスよ。彼の男の妻、その隠し貯金はどこにあるか──」


 そんな、心底くだらない。

 しかし当人たちにしてみれば重要な問いかけに。

 俺の産み出した人造生命──ホムンクルスは、こう答えた。


『ご主人、この奥さんは、夫のベッドの下にへそくりを隠しているぞ。ちなみにその髪飾りは、そのお金で買ったものだ。あと内緒だけど、隣のジェームズと浮気もしてるぞ』

「なっ!」


 答えを聞いた瞬間、女が顔色を変えた。

 男もまた、色めき立った。


「そんなところに隠してたのかおまえ!? つーか、浮気までしてやがったのか!」

「やかましいわね! あんたなんて穀潰しなんだから、すこしはあたしに楽させようって気概がないのかね! この甲斐性なし!」

「なんだとー!」


 そして始まる夫婦喧嘩。

 壮絶な殴り合い。

 観衆たちは無責任に、もっとやれと騒ぎ立てる。

 はっはっは、なるほどこれは、犬も食わない。


「──あ」


 なにやら目深にローブをかぶった不審人物が、こちらの隙を窺って近づこうとしていた。

 だが、人込みに巻き込まれ、そのままどこかへと押し流されていく。


「ふむ」


 ひとつ頷き、意識を夫婦に戻すと、彼らはまだ喧嘩をしていた。

 せっかく雇っただったのだけれど、ホムホムちゃんが余計なことを言ってくれちゃったので台無しになってしまった。

 口にチャックのない万物全知も考え物だ。

 俺は営業スマイルを変えないまま、話を核心へと移すことにした。

 ようするに、商談だ。


「さあ、いまならこのホムンクルス、3万ポンドと2シリングで購入できるよ! 安いよ安いよ! この万物全知があれば、鉱山で一山あてることだって容易いよ!」

「ほ、ほしい!」

「おれもだ! もう日雇いなんてまっぴらなんだ!」

「一攫千金のチャンス! 鉱山で毒を吸わなくてもいい!」

「だけどたけぇよ! なあ、あんた、安くなんないのか?」


 安くなってたまるか。

 こっちは意図して、お高い値段にしてあるの。

 まったく、貧民は黙ってらっしゃい。


『ご主人は根っからの商売人だな』

「でっかく投資しないと、儲けはよくならないんだぜ、ホムホムちゃん」

『ほんとう、あくどいご主人だ』

「うっせぇ、フラスコ割るぞバカ」


 こそこそと、そんな内緒話をしているときだった。


「わしが買わせてもらおうか」


 あの身なりのいいジジイ──この街の領主が、歩み寄ってきながらそう言った。

 事前調査のとおりだった。やはりこいつは、鉱脈を探していたのである!

 物事が思惑通り進んだ俺は、ほくほく顔で、こう訊ねる。


「お買い上げ、まことに感謝! それで支払いは現金? それとも金銀財宝かい?」


 領主は、とっても渋い顔をした。


§§


 ホムンクルスを売りつけたその日の夜。

 俺は領主の屋敷のそばで、パイプをくゆらせながら待機していた。

 月の位置を見定めつつ、もうそろそろだろうかと思索にふける。

 するとどこからか、ゴロゴロ、ゴロゴロと、なにかを転がす音が聞こえてきた。


『ごしゅじーんー!』


 見遣れば、半べそをかいたホムホムちゃんが、自分の入ったフラスコを内側から押し転がしながら、地面をバウンドしつつ帰ってくるところだった。

 うんうん、ハムスターみたいで健気だぞ。


「おー、ちゃんと帰ってきたな! これでもうひと稼ぎできる!」

『ご主人は、吾輩のことをなんだと思っているのだ? 消耗品扱いなのか? これでも万物全知のホムンクルスなのだぞ……?』

「うるせぇ、生意気いってるとフラスコ割るぞ」

『……しくしく』


 本格的に泣き出してしまったホムンクルスを抱え上げ──なにせ、フラスコが割れれば大切な商売道具ホムンクルスは死ぬのだ──丁寧に梱包し、収納する。

 そうこうしていると、


「──なんだ、やっぱり詐欺師なんじゃない」


 背後から、ありありとした失望の声を、投げかけられた。

 ……ずっと様子を窺っているからなにかと思えば、どうやらくだらない要件だったらしい。

 俺は鼻で笑いつつ振り返る。

 すっぽりと、頭からフードをかぶった小柄な体格の人物が、まるで闇に溶けるようにしてそこにいた。

 はーん?


「誰だい、おまえさん? 町中からつけてきたみたいだけど?」

「とっくに気づいてたわけね……あんた錬金術師なの? それとも三流の詐欺師?」

「どっちでもあって、どちらでもない」

「ふざけないで」

「同じさ! 錬金術師も詐欺師も、金を生み出す職業だ」

「口の回るペテン師め……!」

「そのペテン師に要り様なら都合してやろう。こそこそ隠れるのが好きみたいだし、隠蔽マントかな? 誰にも見つからず、監獄にだって潜り込めちまう。ただし値段は三割増しの使い捨てだ!」

「なんで三割増しなのよ!? 高くなってるじゃない!」

「はっはっは。まず吹っ掛けるってのが、商売の基本でね──」


 言いながら俺が一歩、そいつに近づいたときだった。


 ばっと、炎がはじけた。


 右手を掲げたそいつは、短く、しかし鋭く呪文を唱えたのだ。


「炎よ! この者を灰燼と帰せ!」


 迸るのは、夜を赤々と染め上げる炎の大奔流。

 あっという間に、俺の身体はそれに飲み込まれて──


「大丈夫よ。勢いで灰燼と帰せとか言っちゃったけど、死にはしないわ。せいぜい一か月……いえ、二か月ぐらい、やけどで苦しむだけだから──」

「いんや、そいつは杞憂ってやつでね」

「!?」


 服についた煤をはたきつつ、無傷な俺が姿を現すと、そいつは度肝を浮かれたようにのけぞった。

 俺は、まだ周囲でちりちりと燃えている炎をパイプに吸い込みつつニヤッと笑う。

 面食らった不審者のローブが、わずかにずれ、その顔だけが闇から覗く。

 月光を束ねたような銀髪と、紅玉のように赤い瞳。

 まだ、幼い少女だった。


「なん、なんで」

「なんで魔法を無効化できるかって? それは、真理を探究した錬金術が、魔法と見わけのつかない神秘だからさ」

「なんであたしが魔女だってわかるのよ!?」

「そっちかよ……魔法使えるんだから魔女だろ。バカかおまえ?」

「……ッ」

「いやぁ、最近はめっきり見なくなったが、魔女ってまだ生き残ってたんだなぁ。ひょっとするとおまえが最後か? おっさん感動しちゃうわ」


 魔女といえば、錬金術師以前の大遺物だ。

 ご同輩のようなものだし、そりゃあ親近感も湧く。

 だというのに、彼女は目を丸くして。

 それから、まるで意を決したかのように、こう言い放ったのだ。


「魔法をこうも軽々いなすなんて……さぞや名のある錬金術師と見込んだわ。ねぇ、お願い──あたしをこの街から、連れ出して!」

「やだね」


 俺は即答し、少女は絶句した。

 いや、だってさぁ……


「それ、になるわけ?」


 俺は親指と人差し指を丸くくっ付けて、金をよこせのジェスチャーをしたのだった。

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