第十九錬成 目覚める自動人形

 勝敗は決した。

 しかし、そのあとのほうが、よっぽど大変だったのだ……


 無益な争いというのは、本当になにも産み出さない。

 アニーのことを介抱しつつ、酸素を再生成。大気の組成を最適化しつつ、巻き込まれた人々の気道を確保してまわっていたら、騒ぎを聞きつけたらしいステラとジーナがやってきた。

 監視がいないところを見ると、彼らは俺の術式に巻き込まれたのかもしれない。


『ご主人、ご主人。先に言っておくぞ、女性には、優しくしておいたほうがいいからな?』

「……あ? いまさらなにを──」


 ホムホムちゃんの謎めいた助言に耳を傾けていると、体当たりを喰らった。

 危うく吹き飛ばされかけて、踏みとどまる。

 ステラが、突進してきたのだ。


「なんだ、バカ、俺を殺す気──」


 反射的に罵倒しかけて、その小さな体が震えていることに気が付いた。


「なんだおまえ、泣いてんのか……?」

「泣いてないもん! 怖くなんてなかったもん!」

「幼児化するのが、おまえの持ち芸だとは知らんかったが……」

「うえーん……」


 参ったなぁと頭をかく。

 とりあえず抱き着かれていても困るので、引きはがすと、


「うぇ……」


 鼻水が、上着にべっちゃりと付着していた。


「おいおいおーい! ステラちゃん、鼻をなんとかしようか! まずは鼻をかもうか!」

「ちーん!」


 慌ててハンカチを掴ませると、彼女は勢いよく鼻をかんだ。

 もう大丈夫かとも思ったが、その体は、まだ震えている。

 忘れてしまっていたが、ステラは少女なのだ。

 しかも世間知らずで、もの知らずな魔女だ。

 常識なんて、ない。

 なまじ強い力を持つがゆえに、恐怖に対する常識も、耐性もないのだ。

 そんな幼子おさなごが、狂信者のような男たちに囲まれて、怖くなかったわけがないのだ。

 力の強さではない、狂気の有無だ。

 さすがにこれは、俺の配慮が至らなかった。

 素直に謝ろうと、声をかける。


「ステラ、その」

「あぶなかったー」

「ん?」


 ひどく、あっけらかんとした声。

 見遣れば、その表情に、悲しみのようなものは欠片もなく。


「もうちょっとで、魔法を使っちゃうところだったわ。あんまりヘルメスが待たせるんだもの、この場所ごと破壊しちゃおうかと──痛い!?」

「珍しく親身になってやったのに、こいつめ……この詐欺師! ひとの心配をかえせ! これだから涙を覚えた女ってのは!」

「誰が詐欺師よ!? というか、心配? あれー、ひょっとしてヘルメス、あたしのことー案じちゃったりしちゃったりー?」

「あー、うっさいうっさい」


 むふーと口元を押さえながら問い詰めてくる魔女っ子。

 俺は舌打ちしながらそっぽを向く。

 なんとか話題を変えなければ……!


「おいジーナ! 立ち尽くしてるってことは、暇なのか? よし、暇なんだな!」

「いいえ、暇ではありません。いまもこうして、周囲を警戒しています。実際、これによってお客様のお嬢様は無事で」

「あー、つっかえねぇなぁー。使えねーよ。見てわからないか? まわりには意識を失った人間がよ、こんなにも倒れてるんだぜ? なんとかしようと思わねーの?」

「それは、お客様の過失によるもので」

「オートマタならオートマタらしく、ロボット三原則的なもので人間を助けろよ! この低能ポンコツロイドめ!」

「ぽ、ぽんこつろいど……!」


 俺が罵声を発した瞬間、ジーナの身体がまるで稲妻に打たれたかのように震えた。

 いったいどんな衝撃を受けたのか、無表情なはずのオートマタが目を見開き、そのまま白目になって、口を半開きにしてよだれを垂らしている。

 というか、よだれが出るのか。

 ああ、娼婦型自動人形だし、潤滑油か……


「お──お客様」


 反応がないので無視し、ステラと二人で犠牲者たちの介助をしていると、おずおずといった様子で、ジーナが話しかけてきた。

 いつもの鉄仮面に戻っているが、どことなくモーションがおかしい。

 なんだろうと思っていると、彼女はとんでもないことを口にした。


「お客様、もっと──もっと当方を罵倒してください!」


 ……んー?


「いま、いまの罵声、発条の端から心金の奥まで響き渡りました。このように心地よい振動、初めてで御座います。思えば、人間に快楽を与えるため産み出されたこの身ですが、快楽を覚えたことなど一度たりともありませんでした。しかし、理解します。これが、これこそが快楽なのですね? 当方はいま、はっきりと目覚めました。素直に啓蒙です」


 いらんことに目覚めてんじゃねーよ。


「なんだ、心臓細工に錆が浮いたのか? 心金だいじょうぶ? 廃棄処分する?」

「はうッ!?」


 突然、豊かな胸を抑え、うずくまるジーナ。

 表情は何度も言うがオートマタなので変わらない。

 だが、なにかその、歯車が透けて見える両目には、怪しげな光がともっていた。

 歯車が、グルングルン音を立てて回転している。


「もっと、もっと罵ってくださいませ、お客様! 口汚く、その呪われた口で、当方を罵倒してください!」

「なにが!?」


 え? 本気でなにが!?

 このオートマタ、怖い!


「う、うう……」


 そうこうしていると、床に寝かせていたアニーの意識が戻った。

 俺は逃げるように、彼女の元へ駆け寄る。


「おお、起きたかアニー。気分はどうだ?」

「……最悪さね。こんなに寝覚めの悪いのは久々だよ」


 俺を見ながら、彼女は顔をしかめる。


「あんたに寝顔を見られるなんて、二度とごめんだったんだがねぇ……」

「おい、あっちのふたりが勘違いするようなことを言うな」

「あの夜はお互い若かった。獣のように盛りあって」

「術比べした日のことだよな!? 健全な朝だったよな!? なんでおまえ、そんな言い回ししてんだ!?」

「ちょっとした意趣返しじゃないか……ちぇ。今度は勝てると思ったんだけどなぁ」


 彼女はすねたように唇を尖らせる。

 背後でステラが、魔法の詠唱を始めた。

 俺は冷や汗を垂らしつつ、早口で彼女に訊ねる。


「虚仮の一念、岩をも通しただろうが! そんなことより、約束を果たしてもらうぞ! 魔女の楽園の現在地、魔術師のおまえなら知ってるだろ?」


 そんな必死の問いかけに、アニーは。


「ああ、知ってるとも。あとで地図を渡してやるよ」


 案外素直に、そう言った。

 そして、


「ただし──きちんとあたしの頼みも聞いてもらう。ジョン……いや、ヘルメス。あんたにはこの街を相手に、詐欺をやってもらいたい」


 そうして彼女は、とんでないことを言い出したのだった。


「住民全員を、だますんだ!」

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