第六錬成 ブラックジャックでよろしく

「ここに二十枚の金貨がある。ポンドやシリングより古い通貨だ」

「数日は遊んで暮らせるな」

「どんな豪遊するつもりよ、あんた……」


 そりゃあおまえ、お姉ちゃんたちとだな。


「不潔! 不潔よ不潔! そんなだから男って……ネズミと、おんなじよ、殺菌しなきゃ!」

「ばっかおまえ、男から酒と金と女とったらなにが残るんだよ!?」

「うすっぺらい! 男の人嫌い!」


 勝手に嫌ってればいいだろうが。うぶすぎるぞ、魔女っ子め。


「……話を、続けてもいいか?」


 戸惑った様子で訊ねてくる吸血鬼に、俺はどうぞどうぞと先を促す。

 彼はコホンと咳払いし、また仰々しく語り始めた。


「この二十枚の金貨は、すなわち我と、貴様らの魂の通貨だ。我が十枚、錬金術師、貴様が十枚。これを賭けあって、雌雄を決しようというのだ」

「へー、あんた博徒ばくとだったのか」

「長く生きていれば刺激に餓える。そして吸血鬼ともなれば、もっとも強い刺激、死は遥かに遠い。ならば賭け事こそ、この冷たい血をたぎらせるに足る遊戯である!」

「ほーん」

「ヘルメス……お願いだから迷惑かけた人にぐらい、誠意を見せて。どんなにつまらない話でも、しっかり聞いてあげて」

「いや、こいつヒトデナシだし」


 つーか、つまらん話って……なにげに辛辣だな、魔女っ子め。

 女の子はよくわからんね。


「そいで? なんなりと遊戯をして、金貨を賭ける。だったら、金貨がなくなったほうは、どうなる?」

「むろん、死ぬ」

「降りた。俺にメリットがねーや」

「待て待て待てーい! 話は最後まで聞け!」

「なんだよー、聞いたって金貨が増えるわけじゃないんだろー?」

「わかった、そちらの意見をひとつだけ、あとで飲もう。だから、頼むので最後まで聞いてくれ……」

「ヘルメス……あたし、このひとのこと可哀想になってきた……」


 おう、おまえの頭と同じぐらい可哀想だぞ。


「死ぬといっても、ゲーム上の話だ。ようするに敗者になるのだ。その場合は、我の望みをひとつ聞いてもらう」

「その望みってのは?」

「さっさと街から出ていけ。白い賢者の石を回収してな」

「俺が勝った場合はどうしてくれる?」

「我が持つもののうち、望むものをくれてやろう」

「なんでも?」

「なんでもとは言っていない。我が持っているものだけだ。知識、財宝、吸血鬼の血……錬金術師であれば、無益なものではあるまい」


 なるほど、確かにそうだ。

 俺は頷き、答えた。


「乗った」

「そうこなくては。ならば、どんな遊戯がいい? 肉体面では、我がはるかに有利ではあるが」

「カードゲームにしようぜ。賭け事といえば、カードと相場が決まってる」

「ポーカーか、バカラか……」

「もっと決着が早いもんがいい。そうだな……」


 俺は、ざっくりと周囲を見渡し、言った。


「ブラックジャックにしてくれ」


 あれが一番、儲けがいいんだ。


§§


 新品のカードデックを使いたいと言ったのは吸血鬼だが。

 俺は、間髪入れずそれを拒否した。


「どうしてよ? 新品ならイカサマできないでしょ?」

「新品がいちばんイカサマしやすいんだよ。順番通りに並んでるからな。すぐ入れ替えられる」

「あ、なるほど」

「こいつを使え、吸血鬼。古びちゃいるが、なんの仕掛けもないトランプだ」


 俺が投げてよこしたデックを受け取り、彼は隅々まであらためる。

 仕掛けは本当にない。

 確認し終えて、吸血鬼が薄く笑った。


「このカードを使うのは許可しよう。だが、それでは我が、いささか不利ではないか?」

「だったらおまえが、胴元をやればいいだろう」

「ブラックジャックの胴元だぞ? 不正し放題ではないか」

「そりゃそーだ」


 ブラックジャックは簡単な遊戯だ。

 はじめに二枚カードを配り、追加でカードを受け取り、最終的に数字の合計が21になるように競うゲームだ。

 10、ジャッククイーンキングはすべて10と同じ扱い。

 Aエースだけは、11扱いになる。

 スートがスペードのAとJを合わせたときのみ、真のブラックジャックとして掛け金の倍率を上げるルールもある。面白そうなのでこれは採用した。

 プレイヤーは何枚でもカードを引いていいが、21を超えたらご破算バースト──則ち、その時点で敗北が決定する。


 ここで問題になるのが、胴元の扱いである。

 胴元は、カードを配る役目を持つプレイヤーだ。

 胴元は、配られた二枚のカードの合計が17以上にならない限り、必ずカードを引かなければならない。

 イカサマはやり放題だが、リスクも高い。バーストしやすいのだ。

 俺たちはお互いにそれを嫌った。

 結果として、妥協案を俺が提示する。


「ステラ、おまえカードを配れ」

「はぁ!? なんであたしが」

「ひとりだけ無関係決め込んでるのが気に食わねーからだよ」


 実際、なんで俺だけ頑張らなきゃいけないのかさっぱりわからん。

 おまえも、少しは労働しろ。

 そういうわけで、俺と吸血鬼はどちらもプレイヤー。

 ステラは参加しない胴元という、かなり邪道なルールでプレイすることになった。


 そして一度目のゲームが開始され……


初手投了アーリーサレンダアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「今回のハウスルールに、そのようなものはない」

「うがあああ!」


 開始早々、俺は頭を抱え絶叫した。

 ステラが申し訳なさそうな顔で、俺の掛け金である二枚の金貨を、吸血鬼のほうへ押しやった。

 掛け金の最低値は金貨一枚だ。

 しかし吸血鬼の野郎は、ダイヤのAとクローバーのKで、いきなりブラックジャック──初手で21ブラックジャックになった場合、ナチュラルブラックジャックという──を決めやがったのだ。

 当然、俺は敗北。

 ナチュラルブラックジャックでは、配当は二倍になるので、俺は二枚の金貨を失ってしまった。

 吸血鬼が勝ち誇る。


「うむ、好調であるな。娘、なかなかのカードさばきであるぞ?」

「え、その……ありがとう……」


 なんでおまえは、見つめられて頬を赤くしてるんだよ。

 そりゃあ吸血鬼だ。見た目は美男子だろうがよ!

 赤いお目めがぐるぐるしてるぞ!


「おい、俺の味方をしろステラ! いいカード、こっちに配れ!」

「そんな技術あたしにはないわよ! バーカ!」


 その程度もできないのか……

 やっぱり、早目に売り払うべきだったな……


「さあ、楽しい二戦目だ。我の金貨は十二枚」

「俺は八枚だが……Qが二枚で値は20! よしレイズ! 掛け金を二枚にアップだ!」

「当然ベット。加えてレイズ。金貨を三枚にしておこう。もちろんカードは一枚もらう」


 奴の手札はハートのQとクローバーの3。

 確かに一枚引くべき数字である。

 ステラはどこかポーっとした様子で、吸血鬼にカードを配る。

 不気味に笑った吸血鬼は、さらに掛け金を上乗せレイズ。四枚に増やす。

 くわえてテーブルを指でタップしてみせた。

 それは、もう一枚カードをよこせという合図。

 俺は驚愕する。


「またかよ!?」


 奴の手札は、21ブラックジャックになっていた。

 四枚の金貨が奪われ、俺の残り金貨ライフは四枚……


「なあ、カードは本当に混ざってるか? おまえ、イカサマしてない?」

「我がカードに触れたのは、初めの一度だけだ。それ以降は小娘の領分であろうが」

「シャッフルさせて?」

「小娘がやる分には構わんが」

「そーいやさ」

「なんだ」

「俺の提案、ひとつだけ聞いてくれる約束だったよな?」

「……うむ。二言はない」

「じゃあステラ、これ、首から下げてろ」


 俺は、とあるものを彼女に投げ渡した。

 それは、小さな剣のレリーフが刻まれた、ネックレスであった。


「稀代の錬金術師、ヘルメス・サギシトリマス特性の魔除けだ」

「……これを、あたしが身につければいいの?」


 そうだと頷くと、ステラは異常なほど素直に、それを身に着けた。

 吸血鬼の表情は、変わらずに微笑みだ。

 なるほど、ポーカーフェイスがお上手で。


「ステラ、カードをシャッフルしてくれ」

「え?」

「なんだ、聞いてなかったのか? ダメな奴だなぁ。ダメ魔女だなぁ」

「だ、誰がダメ魔女よ!? 混ぜればいいんでしょう!」


 そういって、お世辞にも熟達しているとは言えない、不器用な手つきでシャッフルをはじめるステラ。

 うーん、カードが混ぜるたびにばらけるの、すごく素人っぽい。


「混ぜたわよ」

「もうちょっと」

「……これでいいでしょ!」

「満足したか……人間?」

「ああ、これで勝負ができる。それじゃあ、賭けろよ吸血鬼」


 奴の手持ちの金貨は十六枚。

 こちらは四枚。

 確実に俺を飛ばすには、あちらも四枚をかける必要がある。

 だが、吸血鬼は慎重だった。

 掛け金は一枚だったのだ。


「いいのか? 俺を倒す格好のチャンスだぜ?」

「……夜の民は、気が長くてな。もっと楽しみたいのである」

「なるほどな!」


 俺は笑った。

 奴も笑った。

 ステラがカードを配る。

 奴の手札は、スペードの10とダイヤの9──合計の値は19。

 どんなギャンブラーでも、この数字でカードを引くやつはいない。

 事実、奴は掛け金の上乗せをせず、俺へと手番を回した。


 俺の手札はスペードのJとハートのK。

 合わせて20。

 この時点で、俺の勝利はほぼ決まっていたが──


「そいじゃ、いっちょ稼ぎますか!」


 俺は、大声で宣言した。


倍掛けレイズ! 倍掛けスプリット! そして倍掛けだダブルダウン!」


 残っていた金貨をすべてを、俺は場に叩きつけた。

 吸血鬼が、目を丸くして。

 そして、こらえきれないように大笑した。


「気が狂ったようだな、錬金術師! 貴様の負けだ!」

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