第五錬成 はじめよう、命を懸けた遊戯の宴を

 招待された街はずれの廃城は、思ったよりも汚くなかった。

 むしろ清潔であり、隅々まで片付けが行き届いていた。

 おかげで、なぜ住民たちがあんなにも俺を厚遇したのか、その理由が理解できた。

 俺は、吸血鬼に訊ねる。


「これは、あんたが掃除してんのか?」

「いや──日中、街の者どもが我を恐れ、勝手に掃除をしていく」

「あんた吸血鬼だろ、操ってるとかじゃねーのかよ。だいぶ怖がってたぞ住民ども」

「ちょっと、ヘルメス失礼よ!」


 慌てたようにステラが袖を引いてくるが、吸血鬼ヒトデナシ相手に失礼もへったくれもない。

 この魔女っ子は、やっぱり世間知らずなお嬢ちゃんである。

 屋内でもフードをかぶりっぱなしな時点で、常識とか皆無なんだろうなとあたりをつけていたが、ここまでとは思わなかった。

 実際、吸血鬼は鼻で笑っていた。


「化け物に同情するか? 珍しい小娘だ、気に入ったぞ。しばらくここに滞在せぬか? 歓待しよう。望むのなら、贅を尽くした暮らしをさせてもやる。ワインも飲み放題だぞ」

「え、え?」

「そんなあからさまな口車に乗るなよー? 普通に考えておまえがワインになるに決まってるからなー」

「わ、わかってるわよそんなの! お断りします!」


 呆れながら忠告すると、ステラは顔を真っ赤にして否定した。

 吸血鬼は、つまらなさそうに肩をすくめる。


無聊ぶりょうの慰めになればと思ったが……やはり貴様も、太陽を選ぶのか……」

「太陽がどうとかは知らねーが、こいつは根っからの星でね、キラキラなの。ほれきらきら星ステラ、こいつを預かってろ」

「やめてよ、変なあだ名つけるの! てか、なにこれ? すっごい重いんだけど」

「石だ」

「えい」


 預けた袋を、その辺に投げ捨てるステラ。

 口紐がほどけ、袋の中身が、ごろっと転がり出る。

 それは、手のひらほどもある白い石だった。


「うぐおおおおぉぉ!?」


 吸血鬼が悲鳴を上げて飛びのいた。

 さもありなん。

 だってこれ、賢者の石の失敗作だもん。

 すべてを銀に変える、秘奥結晶だもん。


「これって……街の人たちに売り払ってたやつ? え? もっとちっちゃくなかった?」

「男の前でちっちゃいという言葉は禁物だ。いついかなる時も、絶対に」

「???」

「でっかいことはいいことなんだよ! これはな、売り払ったあれの原石だ……そうだな、この城ぐらいの質量を、ぜんぶ銀に変えられるぞ」

「そんなもの早くしまえ! 貴様ら、縊り殺されたいのか!」


 血相を変えて叫ぶ吸血鬼。

 吸血鬼といえば串刺しだろうに、風情のないヴァンパイアである。

 へいへいと応じながら、俺は石を袋に入れなおし、再びステラに渡した。

 彼女はじつに嫌そうな顔をしたが、今度は投げ捨てなかった。

 ステラが捨てらなかった。


「え? なに? ヘルメス? ごめん。いまの大声で言ってもらえる?」

「……悪かった。俺が調子に乗った」

「え? 聞こえないんだけど?」

「悪かったっつってんだろ!?」


 親父ギャグが寒いのは当たり前だが、このままでは話が進まない。

 賢者の石が見えなくなったのをいいことに、ひとり通路の先を進む吸血鬼に、俺は問いかける。


「そいで? なんで俺らを、この城に呼んだよ」

「うむ。ひとつは、その石をこれ以上ばら撒かれてはかなわんということを、通告したかったからだ」


 そりゃあな。

 ヴァンパイアの弱点は、古今変わらずに日光と銀だ。

 どちらも致命傷を、ヒトデナシには与える。


「そーいえば、ちょっと試したかったんだが。なあ、吸血鬼さんよ」

「なんだ──っつ!?」


 吸血鬼が着ている豪奢な上着の袖をまくり上げ、スポイトで吸い上げた液体をこぼす俺。

 彼の肌は、しゅうしゅうと煙を上げて真っ赤に焼けただれ、なかなか回復しない。


「なんだ!? なにをした!? 痛い、痛いぞ! 銀で焼かれたように痛い!」

「おう、水銀を垂らしてみた」

「水銀!?」

「昔からの疑問でな、ヴァンパイアに銀が効くなら、水銀はどうだろうかと常々考えていたんだ」


 それで、いま実験してみた。

 結果はごらんのとおりである。

 じつに効果的だ!


「こんの、バカあああああああああ!」

「いってぇええええ!?」


 頭に隕石が激突したような衝撃を受け倒れ伏す。

 跳ね起きながら見遣れば、ステラが俺を、よりにもよって賢者の石(白)でぶん殴っていた。

 死ぬぞ!?

 下手したら、俺じゃなきゃ死ぬぞ、それ!


「大丈夫よ、あんたヒトデナシみたいにあくどいもの」

「それは、我ら夜の民に対する侮辱である!」


 俺に新たなレッテルを張る魔女っ子。

 なぜか憤慨する吸血鬼。

 こいつら、好き勝手いいやがって……ちょっと好奇心に従っただけじゃねーかよ。


「謝って、ヘルメス早く謝って。この哀れ極まる吸血鬼さんにごめんなさいして!」

「哀れ極まる……だと!? ええい、我に対する度重なる狼藉、もはや余りある!」


 いろいろと限界だったのだろう。

 吸血鬼は音を立てて床を踏みしめ、廊下の行き止まりでマントを翻した。

 そこには、無駄に凝った造りのドアがあって。

 彼はそれを押し開きながら、大声を上げた。


「貴様らには、その命であがなってもらう!」


 扉の内側にあったのは──


「と、賭博場!?」


 そう、それはまさしく賭博場だった。

 ビリヤード、ダーツ、新式蒸気機関によるスロット。

 なによりも、トランプをプレイするための、専用のテーブル。


 廃城にはあまりに似つかわしくない、豪勢な賭博場が、金銀財宝とともに、確固としてそこに存在していたのである。


「さあ、存分に祈りPRAY 、  & 存分に遊べPLAY! これが理由のふたつ目! 我が享楽のかぎり! では客人よ──死の遊戯を、始めようではないか!」


 吸血鬼は。

 まるで舞台役者のように大仰なしぐさで、そう宣言したのだった。

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