第二章 吸血鬼の街で ~魂すらもベットして~
第四錬成 つくりすぎちゃった賢者の石(失敗作)
ステラ・ベネディクトスは、一級品の魔女である。
この数日間の旅路の中で、それは疑いようのない事実として俺の脳裏に刻まれた。
野営中に襲ってきた狼の群れを一瞬で焼き尽くし。
山賊の群れを吹き飛ばし。
森を一区画、完全に吹き飛ばして見せたのだ。
その火力は、折り紙付きといって余りあった。
だが……それ以外は、はっきり言って壊滅的だった。
家事はできず、商人との交渉もできず、ものの買い方もろくにわからず、なにより魔法の出力を絞れない。
バーゲンセールのように魔力を散財し、目につくすべてを吹き飛ばしてしまう。
はっきり言って、歩く災害にもほどがある。
破壊神といってもいいかもしれない。
その点を本人に問い詰めると、
「だって、仕方がないじゃない? お母さんも、常に全力を尽くしなさいって、いつも口を酸っぱくして言っていたんだもの」
と、すました顔で答えやがる。
たぶんそれは、そういう意味じゃねーよと教えてやりたかったが、俺がぐっと飲み込んだ。
そこまで言う義理がなかったからである。
さて、そんなステラだがお金の扱いに関しては、まったく散財をしなかった。
なので、割り切って使う俺とは、金銭面でもめることが多かった。
その日も彼女は、口うるさかった。
「は? 商売をする?」
銅山の街からさらに西。
もはや蒸気機関もないような田舎の、廃城がある街を訪れたころには、俺たちの路銀がすっかり尽きていた。
厳密にいえば、ステラは使わず、そしてもともと持っていないだけだったが、俺は
「あの領主からふんだくったお金が、いっぱいあったでしょ? いったいなにに使ったのよ?」
「うるせぇな、おまえだって持ってないだろうが」
「答えなさいよ。なにに使ったの?」
「おまえは俺の母親かよ……」
辟易としつつも、ステラが目つきの鋭さを変えないので、しぶしぶ答える。
「その……いっぱい失敗して」
「は?」
「賢者の石を量産しようとしたら失敗して、大赤字を出したんだよバーカ! 流れの錬金術師なんてこんなもんだバーカ!」
「なんであたしがバカって呼ばれなきゃいけないのよ、このバカ!」
「なんだよ、バカって言ったほうがバカなんだぞ?」
「子どもか!?」
『まったく、スーちゃんとご主人は本当仲がいいな』
「「よかない!」」
『声がよく揃う……やっぱり仲が──』
「割るぞ……?」
ミシッとフラスコを掴み、真顔でそう語りかけると、ホムンクルスはお口にチャックをするジェスチャーをして黙り込んだ。
よし、賢い子はおっさん好きだぞー。
「ていうか、スーちゃんてなに?」
「そりゃあな、工房を持たない錬金術師が賢者の石作ろうと思えば、失敗ぐらいするって。いいじゃねぇか、失敗作一個と成功作一個だぞ、普通に考えりゃ破格なんだ。賢者の石自体は錬成できてるわけだし、実質これは勝利だろ」
「等価交換、失敗してんじゃない! というか答えてよ、スーちゃんってなに!?」
「ゴ、ゴホン! ともかく、食い扶持がねぇんだ。稼がなきゃならん」
「詐欺はダメよ。あたしの目が黒いうちは、そんなことさせないんだから!」
「……こいつの目、赤いよな?」
『だから、商売していいってことじゃないのか、ご主人?』
「雷撃よ! 古の神の怒りよ! 我が契約により、この詐欺師を消し飛ばせ!
烈火のごとく怒り狂ったステラが、安易にぶっ放した魔法で、街の一区画が吹き飛びかける。
仕方がないので、なけなしの賢者の石を使い、魔法を無力化しつつ考える。
通常の賢者の石は赤い。
黒からはじまり、白になって、そして赤に至る。
その変遷を経験して、はじめて完成した賢者の石なのだ。
そして、失敗作である賢者の石は白色だった。
失敗作とはいえ、これも賢者の石。卑金属に触れればたちまち銀に変えてしまう。
だが、手持ちにはすでに卑金属すらない。
これを路銀に換えるためには、どうすればいいだろうか。
悩んだ末に、結論は出た。
俺は白い賢者の石を、小さく、小さく削って、住民どもに売り払ったのだ。
結構な高額で吹っ掛けたはずだったのだが、なぜか住民たちは涙を流して買っていき、
「ありがたや」
「救いの神じゃ」
「錬金術師さまバンザイ」
と、やたら歓迎された。
それどころか、その日の宿や、食事まで提供されたのである。
どうやら羊を一匹潰したらしく、肉汁滴るマトンのフルコースが出てきた。
……さすがの俺も、これはまずいと悟ったよ。
ステラとホムホムちゃんは、じつにのんきに楽しんでいたが、ひとの善意ってやつは無償じゃない。
必ずなにか、裏があるはずだ。
そこで、皆が寝静まったころを見計らって、俺はステラを起こした。
「う……ん……まだ、ねむい……」
寝るときもすっぽりと頭までローブでおおい隠しているこいつは、たぶん俺以上の変人なのだろうが、しかし、逆に足元は非常にお留守であった。
太もものあたりまでめくりあがった着衣は、艶めかしくも瑞々しい足を隠すことができていない。
もし、ここに飢えた男が一匹いれば、今頃彼女は犯されていただろう。
……いや、魔法でそいつが死ぬな、うん。
どーでもいい物思いを払拭すると、俺はステラの頬をたたいて、無理やりたたき起こすことにした。
「おい、起きろ、バカ」
ビビビビン!
「ぎゃ!?」
「バッカ、大声を出すな!」
慌ててその口元をふさぎ、黙らせる。
……なんかすさまじい目つきで睨まれている。
俺はため息をつき、事情を簡単に説明した。
「どうもキナ臭い。このままだと、厄介ごとに巻き込まれる気がしてならん」
「あたし、そんな気しないもん。この町の人、いいひとたちばかりだもん。ヘルメスのほうがレイプ魔っぽいもん」
「もんじゃねーんだよ、もんじゃ」
「つーん!」
あー! これだから世間知らずは嫌いだ!
もしこいつが最後の魔女じゃなくて、好事家に高値で売り飛ばせるとかじゃなかったら、この場に置いていってやりたいぐらいである。
もっとも、置いていったら俺は呪いで苦しむことになる。
仕方なく俺は、ぶつくさ文句を言い続けるステラを無理やり立たせ、その手を引いて、こっそりと宿屋から逃げ出した。
そうして、街はずれまで来た時のことだった。
俺たちは聞いたのだ、巨大な翼が羽ばたくその音を。
そして、月の光を陰らせる、その姿を見た。
「待つがいい、愚かにして短命なるものどもよ」
威厳ある甘い声音。
振り返り、空を見上げる。
そこには、煌く満月を背に負って飛翔する、巨大な翼持つ人影があった。
性別を問わず人を惑わす美貌と魔性の血を持つ、それこそ神秘の時代の残りかす。
魔法が世界を支配していたころに、ともにあった幻の種族。
正装を身にまとった──蝙蝠の羽を大きく広げたそれが、妖しく輝く瞳で俺たちを睥睨しながら、こういった。
「ちょっと我が居城まで、顔を貸してもらおうか」
吸血鬼は、招かれなければ家の中には入れないという。
そんな吸血鬼に、俺たちは招かれてしまったのだった。
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