第三錬成 その賢者の石、燃えます
「お招き預かり恐悦至極! ヘルメス・サギシトリマス、度重なるご愛顧に応じて、ここに参上つかまつった!」
「どの口がぬけぬけと……! かえせ! わしのホムンクルスはどこじゃ!?」
「さて、かえせと言われてもねぇ……」
俺は愛想よく笑って見せる。
いろいろと準備を整えた俺は、領主の屋敷に自ら乗り込んでいた。
正確には、血眼で俺を探していた領主の手下にわざと見つかってやったのだが、それはどうでもいい。
問題は、領主さまが怒り狂っているということだ。
そりゃあそうだろう。
これから起死回生、一発当てるための秘策にと購入したホムンクルスが、一夜にして姿を消したのだ。
惑乱しないほうがおかしい。
俺は笑みを消し、さも悲しそうな表情を浮かべると、こんなウソを口にした。
「じつは、先日売ったホムンクルス、寿命が来ていたようでな」
「寿命?」
「おう、だから消えてなくなっちまったわけなんだが」
「ふざけるな! 哲学者の卵ごとなくなっているのだぞ!?」
「フラスコごと消える。ホムンクルスを扱ううえではよくあることさ」
「よくある……」
「そう、たまによくある。それはともかく、さすがに死にぞこないのホムンクルスを売りつけたのは悪かったと、俺も反省してな。今日は商談を持ってきたのだ」
「商談……だと?」
ポンポンと進む話の展開に、ついていけず戸惑う領主へ、俺はたたみを掛けるように弁舌を重ねていく。
「そう、なんでも領主殿は、鉱山のおかげで財産を築いたとか」
「む」
「しかし、その鉱山──銅の鉱脈も、いまや枯渇寸前だと聞き及んだ」
「むむ」
「そこで、だ。そんな領主殿に、俺からこのような商品を提供したい」
俺が取り出した代物を見て、領主は「むむむ!」と唸った。
まあ、そうだろうな。
錬金術師がこういうものを見せれば、そういった反応をしないほうがおかしい。
小石。
俺がみせたのは、赤い色をした小石だった。
「それは、まさか」
領主が、震える声で訊ねてくる。
俺は鷹揚にうなずき、こう言ってやった。
「そう、これこそが錬金術の目指す至高の結晶──これが〝賢者の石〟なのだ!」
§§
鉱山でとれたという少量の銅を、賢者の石とともに炉にくべる。
すると、それはたちまち眩い炎を発し、溶け合って、取り出した時には黄金へと変じていた。
「みたか、これぞ黄金錬成! これぞ錬金術!」
「おお……まさに、奇跡……!」
領主殿は、出来立ての金を感動のまなざしで見つめ、心酔したように俺へと視線を向けてくる。
完全にシンパの目である。
この現象を目のあたりにした人間は、だいたいこういう顔をする。
「さて、このひと欠片と……そして銅の屑で、これだけの金が錬成できる。ところで領主殿、お安くしておくが……この賢者の石、いかほど要り様かな?」
「ありったけだ! ありったけくれ! か、金に糸目はつけんからな……!」
つばを飛ばし、叫ぶ彼に、
「まいどあり!」
俺は笑顔で、そう答えるのだった。
§§
「まあ、賢者の石……つっても? ありゃ真っ赤なニセモンでな。少量の金を練炭でくるんで、赤く塗っただけの代物だ。銅と一緒に燃やして溶かせば、そりゃあ十四金ぐらいにはなるって寸法でな」
『そのあとに売りつけた大量の賢者の石は、ただの石っころを赤く塗っただけなのだな。ほんとう、ご主人は悪徳に満ちているぞ』
「うっせぇ、割るぞ」
『……しくしく』
馬車に揺られながら、炭鉱の町を後にする俺とホムホムちゃん。
その横で、しっかりついてきた魔女は、吐き捨てるように呟く。
「最低……」
心底ひとを蔑んだ顔だった。
たぶん、ここが馬車の上じゃなかったら、つばを吐きかけられていただろう。
まったくもって心外である。
「なんだよー、結果オーライじゃねーかよー」
すでに破り捨てられた魔女の契約書をひらひらとさせつつ、俺は言い募るが少女は納得しない。
よほどタダ働きさせられたことを、腹に据えかねているらしい。
「違うわよ! たしかに、あんたが貸してくれたマント──」
「隠密マントな。あれを着てる限り、誰にも気配を悟られない」
「そう、それで領主の屋敷に、このホムンクルスと忍び込んだのは別にいいのよ!」
『一大スペクタクルだったぞ、ご主人? 聞くも涙、語るも涙だ』
「聞いたら金貰える?」
「もらえないわよ! それで、宝物庫からあたしを街に縛り付けてた、その契約書を奪えた。ここまでは順調だったわ。でもね、約束が違うでしょ!」
約束が違う。
それは、じつに心外な言葉だった。
俺はこれでも商売人なので、その辺はしっかりしている。
約定は、死んでも違えない。
「だったらどうして……どうして町の人たちは救ってあげなかったの……!」
魔女は、そんなことをいった。
偽物の賢者の石を大量につかまされ、そして魔女との契約をうしなった領主は、これまで以上に、出もしない鉱脈の採掘に精を出すだろう。
そんなことは目に見えている。
そうして、そうなれば少女が守ることを強いられていた住民たちは、きっと苦しむに違いない。
なるほど、この魔女っ娘は、それを批難しているわけか。
「大丈夫、大丈夫。なんとかなるなる、明日は明日の風が吹く」
「ふっざけんな! 魔法でぶっ飛ばすわよ!」
出来るもんならやってみればいい。
ただ、面倒ごとは御免だ。
俺はごろんと、その場に横になった。
「ちょっと!」
『うむ。あのな、魔女どの。これでもご主人は、約束を違えてはいないんだぞ?』
「え?」
『鉱脈はもう掘りつくされていてな、しかも有毒なガスが出ていた。だからご主人、竜によく似たキメラを作って、鉱山の中に置いてきたのだ』
「え? え?」
『あのキメラは相当手ごわいからな、もう鉱山は使えないぞ。それでももし、誰かが街を穢すっていうのなら、それはもう、住民たちの意志だぞ。魔女との契約なんて、領主以外誰も覚えていなかったんだからな』
「…………」
ホムホムちゃんめ、余計なことを言いやがって。
俺は軽く、フラスコを小突く。
ホムンクルスは、悲鳴を上げて霧状になった。
鼻を鳴らし、俺は寝返りを打つ。
少女の顔を、見上げる。
「……ともかく、魔女なんてのは時代遅れだ。錬金術師とおんなじでな。だから、あの街にはもう、おまえさんの居場所なんてなかったのさ」
「詐欺師……」
「錬金術師だ。俺は、超抜級の錬金術師ヘルメス・サギシトリマス!」
「やっぱり詐欺師じゃない」
「なんとでもいえ」
面倒になって、俺はすべてを投げ捨てた。
「自由なんだよ、魔女。世界にゃ、もうおまえさんぐらいしか魔女はいないんだ。契約だってなくなった。だから、好きなところに行けよ」
「好きなところ」
そう、好きなところだ。
「……ねぇ、ヘルメス。お願いがあるの」
「いやだね」
「まだなにも言ってない」
「金にならないこと。それから面倒ごとは、ペストより嫌いなんだ」
「ヘルメス──あたしを、魔女の楽園に連れていって」
「────」
「この世界のどこかにあるっていう、魔女のすべての知恵が眠っている、理想郷に」
……それは、夢物語だ。
かつて、錬金術師が目指したものと、同じようなものだ。
だから、俺は冗談じゃないと。
ふざけるなと、断ろうと思った。
なのに、
「──ステラよ」
こともあろうにその魔女は、こう名乗ったのである。
「あたし、ステラ・ベネディクトスっていうの。おばちゃんは死んじゃって、お父さんは顔も知らない。お母さんだって、いつの間にかいなくなっちゃった。でも、お母さんはきっと、魔女の楽園で生きている! 書置きがあったの、魔女の楽園で待っているって! だから、お願いよヘルメス。あたしを、魔女の楽園に連れて行って!」
俺は、彼女の懇願をほとんど聞いていなかった。
なにを頼まれているのかさえ、わからなかった。
その名前が、あんまりにも懐かしかったから。
あんまりにも、それが忘れがたい名前だったから。
俺はうっかり、
「ああ」
と、頷いてしまったのだ。
……自分が取り返しのつかない契約をしたと気が付いたのは、小娘が俺に、小指を絡めてきたときだった。
「ゆびきりげんまーん」
「あ、やめ」
「嘘ついたら呪い殺す! 指切った!」
そのときには、俺と彼女の契約は結ばれていた。
俺たちの左手の薬指を、薄紅色の光が結ぶ。
魔女のもっとも得意とする、契約の魔法だ。
約束を破れば、悪魔だって殺されてしまう。
「さあ、契約成立よ! あんたはヤな奴だけど、これからはよろしくねヘルメス!」
先ほどまでの深刻な表情はどこにいったのか。
大輪咲きのバラのような笑顔で、そう口にする魔女は。
魔性の女は。
「……ああ、ちくしょう」
俺はバリバリと頭を掻き、ため息をついた。
こうなってしまえば、仕方がない。
……うん、そうだ。発想の逆転だ。
いまの時代、魔女はとてつもなく希少だ。
いざとなれば売り飛ばそうと、俺は固く、固く胸の内で決心したのだった。
そのためにも、まず。
「おい、この呪いを解けよ、魔女っ子」
「ぜぇえぇぇぇったいに、いや!」
楽しそうに舌を出す少女。
辟易する俺。
かくして
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