第三十錬成 選んだ道のさきと、真実と

 俺は超抜級の錬金術師だ。

 おおよそ不可能なんてない。

 だが、いきなりなんの準備もなしに、奇跡を起こすとなれば話は違ってくる。


 俺がいまの状態で用意できる抗生物質は、二十人分だけだった。


「選べステラ。二十人、救える」


 それはきっと、過酷な問いかけだっただろう。

 彼女は魔女だ。

 だが、まだ幼い少女に過ぎない。

 その少女に、命の取捨選択をしろというのは、あまりにも重く──


「はぁ? なにバカ言ってんのよ、あんたバカなの?」


 彼女は。

 いや──そいつはなんか、すごい横柄な態度で俺のすねを蹴飛ばしてきた。


「痛って!? なにすんだてめぇ!?」

「ヘルメス」


 うずくまる俺を睥睨へいげいし、そいつは言う。


「いい、よく聞きなさい? あたしは力を貸してっていったの。だったら──つべこべ言わず、全力を貸しなさいよ! なにごとも全力でやるの! 救うのよ、一人残らず、だれひとり取りこぼさずに──全員を!」

「……ああ」


 そうか、なるほど。やっと理解した。

 うすうすそうじゃないかとは思っていたが、おまえは。


「ステラ、おまえ、バカなんだな」

「は!? バカっていったほうがバカなんですけど!?」


 そうだ、俺もバカだ。

 バカ野郎だ。

 だから──


「だからよ、見せてやるぜ魔女っ子め。ヘルメス・サギシトリマスの──全力の詐欺ってやつをよ!」


§§


 投薬の結果、住民たちは一命をとりとめた。

 

 一命も欠けず、全員がだ。

 方法は単純明快。

 通常、放線菌から取り出せる抗生物質の数には限りがある。


 だから──放線菌自体を、作り替えたのだ。


 人工生命の創出は、俺の十八番だ。

 俺は放線菌のメカニズム自体を作り変え、抗生物質を大量に生み出す菌株を、その場で生み出したのだ。

 何度も言うが、錬金術の基本は等価交換だ。

 だが本来の錬金術とは、どうでもいい鉄くずから金を生み出すことに意義を持つ。


 そう、世界に対して舌を出し、欺いて利益をかすめ取る。


 まさに詐欺こそが、錬金術の本質なのである。

 これを可能にしたのは、世界に二つしかない奇跡の結晶──真なる賢者の石エメス・シナバルだった。


 そうして生み出された抗生物質によって、住民たちは一命をとりとめた。

 しかし、予断を許せる状況ではなく、ステラとジーナは、その後も看護と炊き出しに追われていた。

 さいわいだったのは、予定よりも早く決死隊が、ふもとから食材を含む物資を運んできてくれたことだった。

 その数名の決死隊は、ジーナの下で、文字通り必死に頑張ってくれた。


 だが、誰よりもよく働いたのは、ステラだった。


 昼間、彼女は病人たちのためオートミルを作り、その排便を世話し、身体をぬぐい清潔にして。

 夜は、誰もうなされていないか、怖い思いをしていないかと案じて、自主的に患者たちを見て回った。

 わずかな睡眠と、わずかな食事だけをとり、寝る間も惜しんで働く彼女に、その献身に、人々はいったいなにを見たのだろうか?

 気が付けば村人たちは、ステラに祈りを捧げていた。


 オルフォニアの天使。


 彼女はいつからか、そう呼ばれていたのだ。

 そして。

 住民たちの容体が落ち着いた日の夜。

 みなが寝静まったころを見計らったかのように──


 再びドラゴンが、天より舞い降りたのだった。


『──諦観と絶望を選ばず、貪欲なる希望を選び取った最後の魔女よ。汝には確かに、真理を求める資格がある。ゆえに我は、汝──第十三代ステラ・ベネディクトゥスを、魔女の楽園へと導こう』


 虚空より、音もたてずに姿を現したドラゴンは、その黄金の目で俺たちを見つめると、厳かな口調でそういった。


「ほんとうに? 本当に、あたし、魔女の楽園へいけるの? やったー!」


 喜ぶステラは、まるっきり子どもだった。

 天使は天使でも、天真爛漫、無垢なる天使のほうだった。

 俺はかすかに口元を緩め、ドラゴンへと問う。


「もちろん、俺も連れて行ってくれるよな?」

『────』

「なんだよ、そんなに俺が憎いのか? 

『……承知した。ヘルメス・トリスメギストス。汝も探求者として、真理の園へと導こう。これは最初で最後である』

「はん!」


 俺は鼻で笑った。

 笑い飛ばした。

 もはや俺は、探求者ではない。それでも、このドラゴンはそこに目をつぶるしかないのだ。

 なんとも話のわかる──いや、

 俺がひとり口元を歪めていると、ジーナが袖を引いてきた。


「あの! 当方も、当方もついていきたいのですが、ヘルメスさま!」

「おまえは留守番だ」

「なぜですか。ジーナはこれでも、お役に立つと確信しておりますが!」


 そりゃあ、役には立つだろう。

 しかし。


「じゃあ、誰が村人たちの看護の、指揮を執るんだよ?」

「それは……」


 彼女は口を閉ざす。

 確かにスタッフはいる。

 だが、彼ら決死隊はあくまでも有志だ。

 ジーナに押し付けるのもどうかと思うが、万が一の場合を考えて、どうしても責任者が必要になる。

 村人たちが完全に回復するまで、経過を厳格に見守るものが必要なのである。


「その点、おまえなら任せられる。なにせ正確無比な自動人形だ、百にひとつの間違いだってないだろう。信頼できる」

「…………」


 そこで。

 なぜかジーナは、うつむいて。

 そしてなぜか、左手の仕込み蒸気銃を、俺に向けてきた。


「あなたさまは、ヘルメスさまの偽物ですね!」

「偽物扱いされる心当たりが、珍しくまったくないんだが!?」

「本物のヘルメスさまなら、手酷く当方を罵倒するはずです! ジーナは、ジーナは心金が震える罵倒こそを望んでいます……!」

「なんか言い始めたぞこのポンコツオートマタ!? ひょっとして頭ん中の捩子が飛んでるんじゃないか、てめぇー!? おいこら、スクラップ、なんとか言ってみろ! ジャーンクって言ってみろ!」

「ありがとうございます! ありがとうございます……!」


 表情は変えないまま、あくまで大声を出して心臓の昂ぶりを表現する彼女は、崩れ落ちるように跪いた。

 そのまま、音が鳴るほどの勢いで額を地面にたたきつける。

 お手本にしたいような土下座だった。


「わからない。俺には欠片も、こいつが理解できない……」


 突如降って湧いた未知に、俺が戦々恐々としていると、ジーナはひょっこり顔を上げる。

 そうして、持参してきた大荷物をあさると、なにかをこちらへと手渡してきた。


「これは……?」

「当方が、創造主ジャヴィール・ハイヤンより預かってきたものです。きっとヘルメスさまは、そういったことには気が回らないだろうからと」

「……なるほど。確かにこれは──ああ、助かる」

「どうか、ご無事で。行ってらっしゃいませ──

「……ジャンクになってろ、バーカ」


 名状しがたい表情で答えれば、彼女は満足そうにうなずいてみせた。


「ヘールーメースー!」


 ステラが大声で俺を呼ぶ。


「いいから、行きましょうよ、早く! 魔女の楽園に!」

「おう、いま行く」

『ならば最後の魔女と、片割れよ。我が背中に乗るがよい』


 ドラゴンが身を屈め、俺たちの乗騎を促す。

 俺とステラは顔を見合わせ、頷きあった。

 ふたりしてドラゴンの背中に飛び乗った瞬間、


『では──こう、真理の旅路へ』


 ドラゴンは、その勇壮な翼を、羽ばたかせた。

 轟々という風を切る音が、鼓膜を揺らした。

 言葉を発する暇もなく、ドラゴンは俺たちを乗せて、はるか上空へと飛び上がったのだ。

 まるで巨大な手に押さえつけられるかのような荷重に、俺とステラはうめいた。

 毛糸の帽子が吹き飛ばされ、ステラの狐耳があらわになる。

 俺は賢者の石を、ステラは魔法を、ほとんど同時に発動し、重力を軽減する。


「ヘルメス」

「大丈夫だ」


 不安げに伸ばされた手を掴み、俺たちはドラゴンの行く先を見つめる。

 銀嶺を飛び越え。

 山並みを渡り。

 もっとも高き山頂すらも越えて。

 どれほど時間が経っただろうか。


「見えた」


 俺はつぶやいた。


「ヘルメス──まさか、あれが──」


 ステラが、驚きに目を見開く。


 霊峰の遥かな高み。

 頂のさらに上──空の彼方に、その島は存在した。

 浮遊島。

 天空の城。

 下方から見る限りは、天空に国ひとつ分もありそうな巨大な岩盤が浮いてるようにしか見えないそれ。

 さらに急加速したドラゴンが、そこへ、楽園へと降り立つ。


『さあ、ついたぞ、最後の魔女よ。こここそが──』

「……なに……これ……?」


 ドラゴンの背から降りながら、少女が茫然と呟く。

 そこにあったのは、見渡す限りの荒野。

 そして──


 天へと届かんばかりに伸びる結晶体──玉虫色の、鉱石のようななにかで形成された、幾百、幾千、無数の樹木であった。


 そう、ここが魔女の楽園。


「魔女が──真理を得るため、肉体をてる場所だ」

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