第十七錬成 オカルティストとの夕食
バーベスと取り決めた約定はこうだ。
まず、ステラをつけ狙うオカルティストを黙らせる。
その後、本人が希望するならばケモノ憑き……すなわち獣化病の治療を受ける。
オカルティストを黙らせることができなかった場合、ステラの安全を考え、バーベスの研究所が、彼女の身柄を預かる。
その場合、タワーの修繕費は俺が払う。
ようするに、お互いにいろいろと行き違いがあった……と言うことなのだろう。
修繕費云々は業腹だが、ほかは仕方がない。
異論なしと、俺は答えた。
だが、ステラは不安そうだった。
……そりゃあ、まあ、そうだ。
なにせ、いままで呪いだと思っていたものがただの病気で、おまけに治せると知ったのだから、戸惑いもするだろう。
くわえて万が一、俺がオカルティストの首魁に話をつけられなければ、彼女はモルモットのように扱われ、研究対象としてこの街で暮らすことになってしまうのだ。
不安になるなというほうが、無理な話だった。
気の利いた言葉のひとつでも投げてやるべきなのだろうが、うまく思いつかない。きっとお金さまに繋がらないせいだ。
そうやって思案している間にタワーを出てしまう。
助け船は、意外な方向から出た。
ジーナだった。
「お客様のお嬢様」
「違うわ。私はステラ。ヘルメスとはビジネスライクな関係よ」
「つまり、体だけの関係と……」
「変な解釈しないでくれる!?」
顔を真っ赤にしてアワアワと否定するステラを前にしても、ジーナは鉄仮面のような無表情を崩さない。
かわりに、すこしだけ口元を隠して、
「すくなくとも、大嫌いではないと?」
そう問うた。
「き、嫌いよ! 大嫌い! でも……頼りにはなるわ。そして、たぶん、今回だってなんとかしてくれる」
ステラの言葉は、俺には荷が勝ち過ぎていた。
しかし、だからと言って無碍にできるものではない。
誰がなんと言おうが、この街に彼女を連れてきたのは俺である。
ならば、最低限の責任は取らなくてはいけない。
いや……契約の呪いが怖いわけではないのだ。
噂では死ぬよりひどい痛みが全身を襲うというが、別に怖いわけではない。
本当だ、本当だぞ!?
「というか」
じつのところ、しっかり勝算があるのだ。そして、たぶんここが儲け時なのだ。
俺の本分は詐欺師。
人を懐柔し、説得するのは誰よりも得意なのである。
「おいステラ、帰ったら三十七年物のアイスワイン奢れよ」
「は? なんであたしがあんたにお酌しなきゃいけないのよ?」
「誰も酌をしろとは言っとらんが……まあ、それも悪くないか」
「!」
なぜ驚く。
なぜ頬を染める。
「さて、ジーナ。次は貧民街にある阿片窟に行きたい。バスはあるか?」
「もちろんでございます。ですが」
ですが、なんだよ?
「あちらの皆さんにお連れいただいたほうが、比較的早いのではないかと思いますが……お客様、どうでしょう」
彼女が指さすさき、そこには。
尖った赤ずきんをかぶった不審人物たちが、徒党をくんで俺たちを待ち受けていた。
§§
阿片窟は、相も変わらずひどい臭いに支配されていた。
不自然に甘ったるく、気力という気力をそぐような、独特の臭気。
ある意味で、それらはまったく似ていないにもかかわらず、水銀を
単純に、人体へ有害だという一点で。
『ご主人。ご主人。水銀が有害だって、錬金術師が言ってもいいのか?』
「時と場合によるが、事実だからな。そして、いまや科学の時代さ」
俺がホムホムちゃんにそんなことを答えていると、隣を歩いていた赤ずきんが、いきなり脇腹を蹴ってきた。
たやすく受け止めて、ひねり投げると、今度は周囲の奴らがククリナイフやらホウキやら、紫キャベツの煮汁が入った瓶やらを掲げる。
まったく、喧嘩っ早いにもほどがあるな、こいつらは。
あのあと、俺はこいつらにされるがまま、この阿片屈まで連行されてきた。
ステラも招待されているが、俺とは別行動である。
万が一を考えて、彼女にはジーナをつけてあるが……誤って魔法がぶっ放されないことを祈る限りだ。
さて、実力的には遥かに格下の三角頭巾ちゃんズに、なぜ俺が唯々諾々と従っているかといえば、それはある人物に会うためだった。
この阿片屈は会員制であり、先ほどまでいたN&B総合研究所より警備がかたい。
不要な面倒ごとを避けつつその人物に会うために、俺はわざわざ言いなりになっていたのだった。
かなり奥まで来たときだった。
ゴザを引き、死んだように横になって、よだれを垂らし続ける目の焦点が合ってない人々。
彼らを掻き分けすすんだ先に、そいつはいた。
彼女の姿を見て、俺は非常に驚いた。
珍しく、口笛を吹いて見せたぐらいだ。
「なんだよ、変わらないな!」
四つん這いになった、半裸の筋肉ダルマな赤ずきん。
その上に悠然と腰かけ、骨付き肉をクチャリクチャリと噛んでいる女がいた。
艶やかな黒髪に、琥珀色の瞳、泣きほくろ。
唇はぷっくりと厚く、肉汁によってグロスをまとっている。
垂れ目がちで、しかし抑えきれない攻撃性を発散する、踊り子のような服装の女。
アニースター・エレイリーが、数十年前と変わらぬ姿で、そこにいたのだ。
彼女はシニカルな笑みを浮かべると、俺へと軽蔑の言葉を投げかける。
「ハッ! おかげさまでねぇ……あんたも憎たらしいぐらい、若々しいままじゃないかい?」
「さてね。しかし、その見た目ってことは、どうやら件のオカルティズム、完成させたようだな?」
「チッ……忌々しいね、それこそあんたのおかげじゃないか……そうだろう、近代最高の魔導書翻訳者ジョン・ディー?」
「いや。俺はいま、ヘルメスと名乗っている」
「ヘルメス? まさか……
冷笑する彼女に、俺は首を振って見せた。
「いいや、ヘルメス・サギシトリマスさ」
「──ふ、ふはははははははははははは!」
おかしくてたまらないと言った様子で吹きだすアニー。
彼女は唐突に、足元の男を蹴りつけた。
「ぷぎー!」
「おだまり子豚! いま客人と話してるだろ!」
「いや、蹴ったのおまえだし……」
「すまないねぇ、ジョン……いや、ヘルメスだったかい? わざわざあたしを訪ねてきてくれたってのに」
「別にお前に会いたかったわけじゃねーよ」
「つれないねぇ……古馴染みの仲じゃないか。それで、どうしてたんだい? 天使の次は、神様に会ったのかい?」
「神とかいうロクデナシの話はやめろ。奴は人間が罪を犯すように仕向けた立派さの欠片もないやつだ。なにせ、ものの起源たるゼロが足りない」
「Goodってか? 違いない!」
そういって、また笑う彼女。
アニーはその辺に置いてあったブランデーを瓶ごとひっつかむと、そのままラッパ飲みし始めた。
そうして、半分ほど一息に飲み干すと、俺へそれを突き出して、
「飲むかい?」
と、訊ねる。
俺は苦笑して首を振る。
「遠慮しとくさ。先約があってな」
「じゃあ、夕食ならどうだい? 積もる話もいっぱいあるさ。それに、頼みたいこともある」
「いや、こっちにも用事があってな。優先してほしい」
「なら──」
ニヤリ──と。
彼女は肉食獣のような笑みを、浮かべて見せた。
「わかりやすく、術比べをしようじゃないか。あんたの錬金術とあたしの魔術、どっちが勝ったかで、優先順位を決めようや!」
次の瞬間、俺の眼前で火花が爆ぜた。
無詠唱、かつ超高速での爆破魔術!
アニースター・エレイリー。
ステラが最後の魔女であるのならば、彼女は。
彼女は近代最初の──神秘に頼らない本物の魔術師であった。
十年前未完成だった魔術を完成させたアニーが、凶暴な笑みとともに叫んだ。
「
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